裏の裏は裏
「好きです」
突然の告白に、俺は驚きの表情を隠せず、たぶん人生で一番間抜けな顔をしてしまった。
目の前にいるユウコは俯いてしまい、前髪で表情が見えない。同じように、俺のことも見えていないだろう。
「え、なんだって?」
俺が咄嗟に口にしたのは、そんな言葉だった。
最低だということはわかってる。だけど、沈黙を続けるよりはマシに思えた。
「……だから、好きです」
うん、聞き間違いではないようだ。
お互いの両親の関係で、言葉を話せる前からの付き合いである俺たちだけど、ユウコが俺に対して好きだと言ったのは初めてのことだ。
それだけは間違いない。
俺はユウコのことがずっと好きだったのだ。だから一度でもユウコから言われたら、絶対に忘れない自信があった。
ユウコに好きだと言われ、俺は飛び上がりたいほど嬉しかった。
しかし、なぜだろう……、なにか落とし穴があるような気がしていた。
ユウコは嘘をつくような奴じゃない。むしろ正直者で、思ったことを口にするタイプだ。この告白を、素直に受け取ってもいいはず……。
だがなんだ、この不安は。
「……返事は?」
ユウコの声に、胸が跳ねる。
そうだ、ユウコは勇気を振り絞って俺に告白してきたんじゃないか。
なにを不安がることがある俺。
言うんだ。
たった六文字の言葉だろう!
渇いた唇を噛み、声を出そうとする。
しかしそのとき、ユウコの背後にある目覚まし時計が見えた。俺の部屋にある唯一の時計。そのデジタル時計は、親切にも月日まで表示している。
四月一日。
俺はその日付を見て、不安の正体がわかった。
ユウコはイベントが大好きだ。
ハロウィン然り、クリスマス然り、
そしてもちろん、
エイプリルフールもだ。
そうだ、毎年ユウコの嘘に騙され続けてきたじゃないか。
正直者の彼女も、たった一日だけは嘘つきになる。
ああ、そうか、これも嘘なんだ。
「もしかして疑ってる?」
「え?」
ユウコが四つん這いで近づいてくる。
「この気持ちは本当だよ。嘘なんかじゃない」
俺はユウコに押し倒され、床に仰向けになった。
彼女の赤く染まった頬がよく見える。
そしてぷっくりとした唇も……。
「私の気持ちが本当だってところ、見せてあげる」
ユウコの顔が徐々に近づいてくる。
俺は必至に考える。
もちろん、これが本当かどうかをだ。
今日のユウコが正直者なのか、嘘つきなのか。
もしこんなところで目を瞑りでもすれば、すぐあとに「やーい、ひっかかったー」とユウコは俺を嘲笑うに違いない。本当に学習しないね、と。
だからこの場面で目を瞑ってはいけない。
きっとユウコも瞑らないはずだ。
俺の決定的な瞬間を見逃さないために……。
俺はユウコの思惑を捉えるがごとく、彼女の目を見た。
なに!?
目を瞑っているだと……!!
おいおい、ということはマジなのか? 本気でキ、キスをしようとしているのか?
告白も本当で、ただの俺の思い過ごしの勘違いなのか?
ユウコが告白したのが、たまたま四月一日だっただけ。
もしくは決心したのが三月三十一日だっただけ。
もしかしたらそうなのかもしれない。
……いや、でも待て、目を瞑っていてキスができるのか?
唇と唇を重ねることができるのか?
俺の知っているかぎりでは、ユウコにキスの経験はないはずだ。俺の持つあらゆるネットワークを駆使して、調べた結果だ。
つまり、これはフェイク!!
俺が目を瞑るまで、時間をかける気だ。
考えてみれば、近づいてくるスピードは遅い。
これは心理戦。
心理戦なのだ!!
そうとわかれば、余計に目を瞑るわけにはいかない。
キスをしてしまうべきだ。
ここまできた以上、後戻りはできない。
引くに引けないはず。
ユウコの野望も、水泡と帰す。
今年は俺の勝ちのようだな、ユウコ。
さあ、こい!
ひと泡吹かせてやる!!
※
そう、これは心理戦だ。
この日、つまり四月一日のエイプリルフールに私が告白をすれば、シンヤは必ず疑うはずだ。去年、一昨年、そしてそれ以前もずっと私に騙され続けたのだから、それは必然。騙されまいと、思考をフル回転させる。
しかし、それこそが私のしかけた罠だ!!
ずっとシンヤのことが好きだったけれど、これまで気持ちを伝えられなかった私の数年越しの作戦。
正直者として、イベント好きとして認識されるまで三年はかかった。
年に一度だけ嘘をつく日がある、と周囲に思い込ませた。
私の持つあらゆるネットワークを駆使して手に入れたシンヤの情報をもとに、彼好みの女になってみせた。
そしてついにこの日がきた!
ただの幼馴染を終わらせる日が!!
ふふっ……。
きっと押しに弱いシンヤのことだから、抵抗なんて考えてないんだろうなぁ。
私を押しのけるなんて考えずに、目を瞑らないことだけに必死になってるんだろうなぁ。
可愛いんだから。
動かない的に矢を射るのは簡単なのよ。
これで既成事実の完成……。
あとはあの六文字の言葉を言わせるだけ。