表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

僕の家

 二人で留守番をしていなさい、お母さんはそう言って家を出た。ケンカばかり、わあわあ繰り返す僕ら兄弟に愛想をつかしたのがそのため息でわかった。

 弟は泣きながらお母さんの足にしがみついたけれど、いつもの嘘に騙された。

 『いい子にしていたら、好きな怪獣のおもちゃを買ってきてあげる』

 お母さんは、子どもは三十分もすればそんな話は忘れると思っているんだ。たとえいい子にしていたって、何かが渡されることや頭をなでられることはない。

 いい子じゃなかったのかと、落ち込む弟の頭をなでるのは僕の役割だった。

 お母さんの言うことは、ほとんどが嘘だよ。何度言っても信じないのだからしょうがない。


 僕らは二人兄弟だ。

 僕は零騎ないと、弟は有音あると

 僕は小学四年生で、弟は小学一年生。

 お父さんは居ない。

 お母さんは、保育士さん。

 自分の子の面倒は見ない癖に、ほかの家の子の面倒はよく見るのね、っておばあちゃんは言う。お母さんはそれを聞くと、とても恐い顔になる。

 僕は、お母さんの悪口を言うおばあちゃんは嫌いだ。

 弟は好きみたいだけれど……。


 僕と弟はピアノを習っている。

 お母さんはピアノが弾ける男の人はカッコイイって、よく言っている。

 でも、家で練習する時間は考えないといけない。上手じゃないピアノをお母さんは好きじゃない。うるさいからやめなさいって言われちゃう。だから、弟はよく練習をさぼって先生に怒られる。

 その日も、実はピアノ教室の日だった。お母さんは忘れていたと思うんだけど。

 午後四時から始まるレッスンに間に合うように、僕たちは家を出た。弟が自転車に乗れるようになってからは、五分前に家を出ればよかった。

 「お兄ちゃん、まってー」

 入学祝いにおばあちゃんに買ってもらった弟の自転車は、少し大きくて走らせるまで手こずっちゃうみたいだ。

 「いやだよ、先に行くぞ」

 振り返ることもしないで、僕は横断歩道を渡って先生の家のチャイムを押した。

 「あら、ナイ君一人なの?」

 「アルは後から来るはずだよ、先に来ちゃった」

 先生の奥さんに挨拶をして、靴を脱いだ。

 僕らの前にレッスンをしている子は幼稚園に通うヒメちゃん。いつも、待合室に入るとかすかに聞こえるのは、『チューリップ』とか、『ちょうちょ』とか。

 でも、その日は違った。

 低音が響く、僕の苦手なへ音記号の曲だと思った。音符をすごい速度でさらっていく。

 「ねえ、ユミさん。これって……」

 「ああ、おばさんたちの子どもが弾いているのよ。きょうはヒメちゃん熱を出したって言うから」

 少し困ったように笑って、先生を呼んでくると奥さんは階段をのぼっていった。

 先生たちの子どもの話なんて初めて聞いた。

 先生たちはお母さんよりもけっこう歳をとっているように見えるから、高校生くらいかな?

 僕はレッスンバッグを膝の上に置いて、自分の楽譜をひろげることにした。

 ふと、とちゅうで曲が終わって当たり散らすようにレッスン室のドアが開いた。びっくりして、目を上げると僕と同い年くらいの女の子。

 「なによっ! 」

 スカートめくりをしたわけでも、髪をひっぱったわけでもないのに、その子は僕に怒鳴った。

 「あんたのレッスンの時間なんでしょ?! 」

 ドスドスと床に穴をあけてやるくらいの勢いで、足を踏みならしている。僕らの住む団地でやったら、お母さんに叱られるだけじゃすまない行動だ。

 「バイエルなんって、へったくそー」

 あっけにとられる僕に捨て台詞を残して、女の子は待合室を出て行った。

 「お兄ちゃーん、おいてくなんてひどいよー」

 入れ替わるように入ってきた弟は弟で、泣きべそをかきながら僕をせめる。

 「うっさい! 」

 そこで、弟のほっぺたをひっぱったのが悪かった。

 弟はむくれてレッスンどころではないし、僕は僕でだんだん腹が立ってきてミスタッチが続いた。

 先生は両手を上げて、先週の課題を今週も練習してきなさいとそう言った。


 弟は二週間同じ課題なんて珍しくない。僕は初めてだった。

 それが悔しくて、お母さんに次の曲をもらったと言えないことが嫌で、お母さんが帰ってくる時間までケンカが長引いてしまった。

 お母さんは、仕事で疲れているから僕たちの相手をする暇なんてない。

 おばあちゃんから、そう言われている。

 僕はお兄ちゃんだから、お母さんの邪魔をしちゃいけない。


 深呼吸をしてお風呂場に向かった。

 「お兄ちゃん? 」

 玄関で膝をついていた弟がハイハイするように這ってきて、僕の様子をうかがう。

 「お母さんが帰ってきたときに、お風呂がわいていたら喜ぶ」

 僕のことばを聞いた弟は目を輝かせた。

 僕もやると風呂用洗剤を手にした。僕はブラシで弟が散らした洗剤をこする。

 「アル、次はちゃんと待っていてやるよ」

 弟はきょとんとしていたけれどすぐに気づいて、大きく、うん、とうなずいた。


 お母さんがコンビニのお弁当を片手に帰ってきた。

 僕らは宿題をして、お風呂に入って、明日の支度をしている最中だった。

 ケンカはしていない。

 「お母さんっ! 」

 弟は素直にお母さんに抱きついて、いい子にしていたと主張する。

 お母さんは早くご飯食べちゃってと、二人分のお弁当を僕に渡した。


 弟が待っていたおもちゃは、なかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ