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短編集・話

成功した話

作者: 陽田城寺

死人が出ます。

 少年は人見知りだった。

 別に気が弱いわけでも肉体的精神的にも常人から劣ったことはない。

 ただ他人に話しかけることや話しかけられたりすると妙に驚き、正常な反応ができず、つい外部との接触をとることができなくなってしまうのだ。

 その具合によっては一種の精神疾患や障害とすることもあるが、少年のそれはそういった判断は下されず、しかし日常に支障をきたす程度の厄介なものだった。

 進級や入学という行事は彼に大きな負担を与える。理由は記す必要もないほど明確だ。

 式も行う前の、ただ待機を命じられただけの時間。

 入学前の健康診断の待ち時間。

 始業式などで隣り合う見知らぬ隣人。

 こういった場合には少年だけでなく皆が静寂を気まずそうに堪えている。

 その気まずさの原因は少年とは違う者も多々いる。早く誰かと話したい、黙っていることが苦痛、そういった人間だ。

 少年は、たくさん人間がいるのに誰も何も話さない様子が苦痛だった。

 まるで人間が会話という機能を失ってしまったかのような、誰もが自分のように誰かと話すことが苦痛なのではないかと錯覚すら陥る。

 苦痛で苦痛で仕方がない。

 それを解決する方法は簡単だ。ただ隣の者に話しかければ良い。

 どんな状況であろうと、ただ待つ時間に一切の会話が厳禁である状況などそうはない。

 ほんの小さな声で、小さな確認をすればいいだけ。

 内容はなんだっていい。退屈だね、どうやって来たの、出身は、一般的な会話も良い。

 少年には確かにコンプレックスがあったが、それを露見させる必要はない。ちょっとした会話を行う程度、極端な話殺人鬼にだって簡単に出来る。

 けれどできない。

 話す内容だって考えるし、どんな切り返しを受けても大丈夫だと自分に言い聞かせるが、言葉を発する段階でなぜか停止してしまう。

 それは初対面の段階だけではすまない。

 行事が住み、一般的な状況になってもそれが続き、結局孤独の中で生活を続ける。

 生活を続ければ一人では到底回避できない不測の事態も起こる。誰かの助けが必要な時もある。

 そんなひどく心を痛める状況でも少年は動けない。

 ただただ苦痛に胸を痛めながら堪え続け、孤独に身を切られながら堪え続け、鬱憤を溜め込み続ける生活。

 恒常的な絶望にますます人見知りという名のそれは少年を蝕んでいった。

 だがそれはいたちごっこでは終わらなかった。

 きっかけは劇的にして些細である。

 少年の登校途中、道で人が倒れていた。

 青い野球帽を被った、運動に適した服装ではあるが四十代ほどの男性だった。

 少年は起こそうと声をかけようとし、止めた。

 勇気とか度胸とかそれ以前の何かが少年の邪魔をしたのだ。

 声をかけなくても良いと考え、揺さぶるだけでもと考えたが腕は触れる直前で硬直したように動かなくなる。

 これまでの自分では駄目だ、今は自分だけではすまない緊急事態なんだ、人命が関わっているかもしれないんだ。

 そんな前向きの言葉は最初だけだった。

 倒れているだけで死ぬとは限らない、誰かがすぐに通って起こしてくれる助けてくれる。

 逆に起こしたらただ寝ていただけで怒られるかもしれない、関係のない自分が何かをしたと疑われるかもしれない。

 見なかったことにすればいい。自分が来た時にはまだここに倒れていなかったことにすればばれるはずがない。

 そして少年は今まで通りのように行動した。

 後日、学校の連絡では男性は後から来た人に介抱されたが命を落としたという。

 少年は激しく悔やんだ。

 自分がしっかりしていれば、見捨てなければ、勇気を出していたら。

 だがすぐに胸に浮かぶ言葉は入れ替わる。

 自分が助けを呼んでも助からなかったに違いない、そうに違いない。

 けれど今度は堪えられなかった。

 苦痛が強すぎた。少年は命の重さを失ってから強く実感したのだ。

 他人、見知らぬ、名前も知らぬ他人なのに、うつぶせに倒れていたのに、男性の後頭部の野球帽の姿が頭に焼き付いて離れない。

 何をしても気が紛れない。

 家族にも誰にも何も言えない。

 その秘密を打ち明けることができれば少年はまだ気を紛らわすことができたかもしれないが、もはや秘密において少年は他人と家族の区別がなかった。

 死にたい。

 その一言はもはや軽々しく放たれる言葉になりつつあるが、少年が使った時、少年の体には電流が走ったかのような衝撃が走った。

 死、死の重み。

 自分が死なせてしまったという感覚が強く強く残った。どれだけ自分自身を慰めても、少年は思い込みが強く悲観的だった。

 どれだけ自分を安心させようとしても、少年は自分が殺したも同然とまで考えるようになりつつあった。

 胸や腹を服ごと掻き毟り、筆記用具で手を突いた。

 泣いた。苦痛によるものではなく、自らの人生を反省する涙であった。

 部屋の隅の玩具箱から凧を揚げる糸を見つけると、強度と細さでうってつけだと考えた。

 まず遺書を書いた。

 少年の拙い字で、罪の告白と両親への謝罪、自分の今までの悩みをつらつらと綴った。

 それが済むと勉強机の引き出しにしまい、凧糸をたくさん伸ばした。

 止まらない涙をこらえながら、糸を首にかける。


 結果的に少年は死ななかった。

 少年は自殺の方法も首吊りの方法もよく知らなかった。

 ただ思い切り引っ張っただけで、少年の非力では自分の首を締め切ることはできなかったし、気付かないところで手加減もしてしまっただろう。

 次の日、家内で誰よりも早く目を覚ました彼は自分が生きていることに奇妙な感覚を覚えて、次に歓喜した。

 一度死を決意して、それを実行までしていまだ命が残っていることに少年はまた涙した。

 もう捨てることができない。どれだけ少年が罪深くとも、気が弱くとも、少年はもう命を失うことで逃げるより、自分の命を守ることに勇気を持って行動することができるようになったのだ。


 少年は医者になった。

 いまだ人と話すことに緊張はするが、言葉はなくとも命を守る誠意は皆に伝わった。

 今でも自分がかつて書いた遺書をたまに読み、当時を思い出し命を守る決意を深めているという。


 少年は、命を救えず自らも命を失うようなことをしなかった。

 男性が少年の臆病によって命を失ったことは確かな損失であり見逃すなど許されない。

 それでも少年のこれからの行動はその贖罪として、彼の命が失われるまで続けられるだろう。


適当な作品ですので、気分を害した方、申し訳ございません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 映画を観ているようだった。 [気になる点] 無いです。
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