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テストステロン

 小学校の高学年頃からだったと思う。僕は頭の中、つまり、脳に何かが染み込んでいるような感覚を味わうようになった。冷たいけど、本当には熱い。そんな何か。そして、その感覚は僕が歳を経るに従って、徐々に強くなっていった。

 僕はそれが他の皆にも同じ様にあるのだと、しばらくの間は勘違いしていた。けど、どうやらそれは違っていたらしい。勇気を出して、何度か尋ねてみたけど、誰もそれを体験していなかったんだ。

 僕はそれが何なのか分かっていなかった。どうして、そんなものが存在するのか。

 でも。

 中学になったある日の事だった。僕は友達と喧嘩をしたのだ。なんとか僕は勝てたのだけど、その時に脳に何かが染み込む、例のあの感覚が僕を襲った。

 冷たく熱い、脳のシャワー。

 その時は特に気にしなかったのだけど、その後に僕は、自分に起こった異変に気が付いた。誰かを殴るのを、僕は少しだけ躊躇しなくなっていたんだ。闘争の感覚は気持ち良かったし、勝利の興奮は僕を誇らしげな気分にさせた。でも、それはそれだけじゃない気がした。もっと根本的な部分で、僕の脳の仕組みが変わっている気がしたんだ。そして、僕は例の脳のシャワーを思い出した。冷たく熱い、脳のシャワーを。もしかしたら、あれが僕を作り変えたのかもしれない。そして、これからも作り変えようとしているのかもしれない。

 僕はそれに、少しの不安を感じた。

 ある日、僕はまた友達と喧嘩になった。興奮して、拳を振り上げる。でも、その手はそこで止まった。あの脳のシャワーを思い出したからだ。あのシャワーを浴び続けたら、僕はどうなってしまうのだろう? そして、その一瞬の隙の所為で、僕は喧嘩に負けてしまった。屈辱を感じたけど、どこかで安心もしていた。もちろん、あの脳のシャワーは感じなかった。

 それからしばらくが経ってから、僕はテストステロンという男性ホルモンの存在を知った。そのホルモンは闘争や性に関わっているのだという。テストステロンを抑制された雄鶏は闘争を止め、再びテストステロンを注射すると闘争を始める。

 僕は当然、僕の感じる脳のシャワーは、テストステロンの分泌なのじゃないかとそう考えた。しかし、おかしい点もある。あの脳のシャワーは闘争前には感じなかったし、闘争していても負けた時には感じなかった。本当に、単純に“闘争”を促すのだろうか? 人間を暴力行動に駆り立てる原因なのだろうか?

 ある日に、僕はテストで高得点を獲得した。僕が喧嘩で負けた相手よりも、僕の点数の方が上だった。そして、その時に、例のあの脳のシャワーを感じた。

 勝利の快感。冷たく熱い、脳のシャワー。

 その体験で、僕は更に疑い始めたんだ。本当に、テストステロンは闘争を促すホルモンなのだろうか?

 もちろん、僕の感じる脳のシャワーが、テストステロンの分泌だとは限らないのだけど。


 高校生に上がった頃、僕はテストステロンに関する、通説を覆す記事を読んだ。テストステロンは、攻撃性を促したりはしない。いや、正確には関与する場合もあるのだけど、それはその人物がどんな行動を学習するかに関わっている。

 それは、勉強で良い成績を収める事かもしれないし、スポーツで勝利する事かもしれない、また、暴力で誰かを叩きのめした事かもしれない。

 僕はその記事を読んで納得したんだ。そして少し怖くもなった。もし、僕があの時に、相手を殴る事を躊躇しなくて、そして、喧嘩に勝利し快感を感じてしまっていたなら、一体僕はどんな人間になっていたのだろう?

 更に、こう思いもした。

 人は単純な分かり易い結論を求めたがる。テストステロンに関する誤った通説は、それを物語っている。

 これも中々に怖い事実だ。


 もちろん、僕の感じる脳のシャワーが、テストステロンの分泌だとは限らないのだけど。

誤解を受け易いホルモンらしいです。

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