ストレス
気楽に読んで
ストレス
時計の針が午後八時(20時)を回る頃、神無月の運転する車のフロントガラスの向こうは、すっかり夜の帳に包まれていた
日頃、家にいる時間が長かった神無月にとって、夜の街道を走って向かう「夜の買い物」は、胸のねじを心地よく緩めてくれる最高の気分転換――のはずだった
お店のからくりレジ(セルフレジ)の前に立つと、神無月の物欲の引き出しが突如として大爆走を始めた
「おや、この最新の多ボタン型コントローラーは素晴らしいな。おや、あっちの特攻服レディースの歴史書も、こっちの Big-A のどら焼きの山も、全部カートに入れたまえ」
本来ならば、家計簿を記入して厳格に「節約」をしなければならない立場である
しかし、最新のAIスマート駐車場システムのごとく、次から次へと画面に現れる魅力的なお宝を前に、神無月の指は止まらない
「妥協は一切お断りだ。これぞ、大人の無酸素運動的ストレス発散法である」
カチッ、ピッ、ピッ、と全問パーフェクトな手際でバーコードを読み込ませ、お守りのクレジットカードを何度も滑らせる
お買い物は無事に大成功を収め、両手いっぱいの紙袋を抱えて二十一時(21時)に意気揚々と帰宅した
しかし、リビングのソファに腰掛け、戦利品を「もぐもぐ」と眺めていた神無月の背後に、いつの間にか内面も外見も凛とした母・水無月が、静かに、そして恐ろしく冷徹な無表情で立ち尽くしていた
水無月は、湯気の立つジャスミン茶を机にドンと置くと、神無月の目をまっすぐ見つめ、優しく、しかし心にくぎを刺すような極めてクールな声音で、それとなく、核心を突く大きなパンチを放った
「神無月さん、お買い物、とっても楽しそうね。……ところで、そのお財布の中のおかねは、一体だれが額に汗して稼いだものかしら?」
「えっ……」
神無月は眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げたまま、間の一切抜けた声を漏らしてフリーズした。
お買い物の高揚感で頭のねじが緩んでいた彼は、自分がまだ「就職率ほぼゼロに近いマグロ漁船」の研究中であり、今夜の豪快な買いまくりの軍資金が、すべて水無月の温かいセーフティーネット(お小遣い)から出ていたという冷徹な因果応報(現実)を、今この瞬間に思い出したのである
完全に固まった神無月のカタブツな様子を見た瞬間、お祝いに駆けつけていた旧友の文月が床をドンドン叩きながら、お部屋じゅうが震えるほどの豪快な笑い声を上げた
「わっはっはっ! 神無月、お前は本当に何を見ても楽しい強者だな! 人のお金で妥協なきストレス発散なんて、まるでバットボーイズの夜遊びじゃないか! ガハハ!」
「本当ね! 次からはお店のチャイムの音が聞こえる前に、お財布と相談して真っ直ぐに帰ってこなくちゃ、夜遊びドライブは永久に『禁止令』よ、ウフフ!」
水無月と清子も大爆笑。お部屋の中は「わっはっはっ!」と笑いの絶えない最高の幸福感で満たされるのだった
夜が更け、我が家で一番清潔に保たれた湯殿で新湯のシュシュという水音に浸かり、電気毛布でひだまりのように温められた寝具にもぐり込む頃、窓の外には驚くほど大きくて綺麗な満月がぽっかりと浮かび上がり、節約を深く反省しながら明日へのワクワクを胸に眠る神無月の未来を、いつまでもぽかぽかと温かく照らし続けるのであった
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