ダンジョン跡地、利回り12%
魔王が倒されて三年。
王国の北に口を開けたままのダンジョンは、いまや誰も近づかない負債だった。
「冒険者が死に、街道が荒れ、管理費だけがかかる穴」
不動産鑑定士だった俺は、現地を見て思った。
――これは、掘り出し物だ。
入口は石造り。壁厚は一メートル以上。地下は年中一定温度。魔物はもういない。
王都から半日、街道沿い。なのに値段は畑以下だった。
「本当に買うのか?」
役人は何度も念を押した。
「買います。跡地ごと」
契約書に署名した瞬間、周囲の視線が変わった。
勇者でも賢者でもなく、穴を買った変人を見る目だ。
俺はまず、酒造組合に声をかけた。
「天然の冷蔵庫が欲しくないか」
次に商人ギルド。
「盗賊に破られない倉庫がある」
最後に王都の評議会。
「戦争時の避難所として、貸します」
ダンジョンは三つに区切られ、満室になった。
利回りは、計算通り十二パーセント。
誰も祝ってくれなかったが、帳簿は正直だった。
ある夜、見回りの途中で気づいた。最奥の区画に、契約していない灯りがある。
「……誰だ?」
返事はなかった。ただ、静かな気配だけがあった。
翌朝、入口に老騎士が立っていた。
「ここに、泊めてもらえると聞いた」
話を聞くと、彼は魔王戦争で部隊を失い、帰る場所をなくした人間だった。
「地上は、明るすぎる」
俺は帳簿を閉じた。
「家賃はいらない。ただし条件がある」
「条件?」
「ここを、守ってほしい」
それからだ。
ダンジョンには、帰れない者が集まるようになった。
元冒険者、傷病兵、名前を失った魔族。
誰も争わない。
地下は、静かだった。
王都の役人が視察に来たとき、言った。
「ここは、もうダンジョンではありませんね」
「ええ」
俺は答えた。
「ただの集合住宅です」
帳簿の最後のページに、俺はこう書いた。
――最大の価値は、地上では住めない者のための場所であること。
利回りは、少し下がった。
だが空室は、永遠にゼロだった。




