第6話「静寂と暴風と、ユノの知的探究」
ギルドの依頼掲示板をひと通り眺め、俺は軽く首を振った。
「……昇格試験までは、あと三日。中途半端な日程だな」
「じゃあ、私ちょっと……勉強、したいです」
「ほう。魔導訓練か?」
「いえ、座学のほうで。ちゃんと精霊について調べたくて……その……また怒らせないように……」
その言葉には珍しく真剣さがにじんでいた。
あの精霊暴走事件、本人なりに反省しているらしい。
「……よし。じゃあ図書館だな。調べ物にはちょうどいい」
「えっ、付き添ってくださるんですか!?」
「参考資料は専門用語が多い。独学じゃ誤解も多いからな」
「ありがとうございますっ!」
◆ ◆ ◆
──王都中央図書館。
冷たい石造りの階段をのぼり、扉をくぐった瞬間、凛とした沈黙に包まれる。
膨大な蔵書の匂いと、かすかな羽ペンの走る音。これぞ知の殿堂。
「し……しずかですね……」
「図書館だからな。騒げば即退場だ。覚えておけよ」
「は、はいっ……!」
ユノは目をきらきらさせながら閲覧ホールを見回し、まるで宝物を見つけた子どものように駆け出しかけ──
「走るな。というか騒ぐな。というか息がうるさい」
「うぅ……知の重圧が……!」
「耐えろ。おまえが来たいって言ったんだからな」
そんなやりとりを交わしながら、精霊関連の魔導書コーナーへ。
古びた革表紙の本が整然と並ぶ棚の前で、ユノはそわそわと本を探し──
「あっ! これです! 『風精霊との共鳴と交信』! 読んだことないけど、タイトルだけで内容がわかります!」
「いや読んでないならわからんだろ。とりあえず座れ」
「はいっ!」
◆ ◆ ◆
数時間後。
ユノは魔導書を前に半分魂を抜かれたような顔で座っていた。
「えっと……クロス・スピリト……レゾナンス……って、なんですか……?」
「精霊との交信に必要な共鳴振動の一致状態だ。魔力の波形を合わせることで──」
「まってくださいもうちょっとやさしく……波形ってなんですか……?」
「おまえ、精霊と話してたんだよな?」
「はい……気合で……!」
「知ってたけど、雑すぎる」
一方その頃、図書館の司書に俺は目で睨まれていた。
原因はもちろん、隣で「ひぃ~」とか「むぅ~!」とか「えっ、そんな理論あったの!?」とか、小声のつもりで割と大きな声を出しているユノだ。
「……おい、そろそろ静かにしろ」
「はい……でも精霊言語の擬音体系、かわいくて……あっ、風の“うれしい”は“シュフシュフ”なんですね!」
「声がでかい。あと“かわいい”とかで分類するな」
「しゅふしゅふ~……」
「やめろと言ってる」
最終的に、ユノは三冊分の資料を読み終えたかどうかのタイミングで、半分とろけた顔で机に伏した。
「しぐさーん……もう無理です……脳が飽和してます……」
「それを“知恵熱”というんだ。まあ、多少は理解できたか?」
「なんとなく……“ちゃんと呼ぶときは敬意を持て”ってことは、わかりました……」
「うむ。それがすべてだ。おまえの場合はまず“呼びつける前に準備しろ”だがな」
「うぅぅ……痛いところを突かれた……」
◆ ◆ ◆
帰り道。
夕暮れの風が静かに吹いていた。
「……今度、また精霊が来てくれたら、ちゃんと迎えたいです」
「ならまず、今日読んだ本の内容を要約してみろ。五行以内で」
「ええぇぇ……!? もうちょっと……せめて十行……!」
「三行でいい」
「つ、つらいぃぃ……!」