第2話「風が吹けば新人が飛ぶ」後編
「……これ、抜け道じゃないか?」
シグは壁際の不自然な風紋を指差した。
淡く光る“流風”の痕跡――空気の流れが違う。
「ユノ、そこの風をもう一度使ってみてくれ。少しだけ、軽くでいい」
「か、軽く……軽く……よし、やってみます!」
ユノは慎重に杖を構え、さっきの吹っ飛び事件の教訓を生かして息を整えた。
「《ヴェント・ブリーズ(風微動)》!」
ふわりと風が吹くと、隠し扉の縁がわずかに揺れた。風の流れで、構造の甘さが露見した形だ。
「当たりだな。ここから先は“模擬トラップエリア”。落とし穴、迷路、あと、魔力干渉の仕掛けもあるはずだ」
「うう、なんか名前だけで胃が痛くなってきました……」
「派手に突っ込むと全部作動する。ここからは俺が前に出る。君は風の感知に集中してくれ」
「はいっ!」
◆ ◆ ◆
ダンジョン後半、難易度は一段階上がった。
床の魔力陣がかすかに光り、誤って踏み込めば“模擬毒霧”が部屋に充満する。
そこでシグは《クロノ・フェーズ(時相転写)》を発動。
床の魔力発動を“3秒前の状態”に巻き戻し、無効化する。
「すご……! 本当に地味だけど、地味にすごい……!」
「評価が褒めてるのか下げてるのか分からんが、まあいい」
さらにギミック迷路では、時間魔法で“開いた状態”の扉の情報を記録・再現し、通常なら10分はかかる通路をショートカット。
だが、そんな中でも──
「えっ、えっ!? なんで!? また風が勝手に!? きゃああああっ!」
突然の暴風で、隣の通路から飛んできたユノ。
「……またか」
「ち、ちがうんですっ! 今のは、たぶん、風の精霊が……くしゃみ、みたいな……?」
「風の精霊がくしゃみ?」
「なんか……そんな感じの魔力の反応が……ひゅるって……」
「……説明はできてないが、まあいい。無事なら」
◆ ◆ ◆
そして、最奥部。
模擬トラップのラストは、風圧と幻惑魔法の複合式。
「来るぞ。視界がゆがむ。ユノ、正面注意!」
「わ、わかりました! ヴェント──」
だが、ユノの杖の先に魔力が溜まる前に、幻影が動いた。
彼女の足元に、魔力反応付きの仕掛けが浮かぶ。
(まずい、踏む……!)
シグは反射的に魔法を発動。
「《クロノ・ディレイ(遅延結界)》──!」
時間を0.5秒遅延させた結界がユノの足元に発動。トラップ発動の寸前で“時を留める”。
「うわっ……!? ふ、踏んでた……!?」
「もう一歩後ろだ。いま、ずらす」
シグが手をかざし、《クロノ・シフト(時空移動)》を行使。
ユノの身体を“ほんの1秒前の位置”に戻す──それだけで、罠の発動は回避された。
「……ふう、冷や汗が出た」
「わ、わたし……ほんとにダメダメですね……」
「いや、動きは悪くなかった。方向感覚と風圧制御が、惜しいだけだ」
「それ……つまりほぼ全部じゃ……?」
「伸びしろがあるってことだろ」
「むぅ……でも、ありがとうです、シグさん」
──最後は無事、全クリア。
探索報告を終えると、受付の人は「へえ、君たち意外といいコンビなのね」と笑っていた。
「……え、コンビ、ですか?」
「え?」
「ち、ちがっ、ちがいますよ!? そ、そんな、いきなり、まだ、ぜんぜん……!」
「いや、俺もびっくりした」
「シグさんまで!?」
◆ ◆ ◆
こうして、俺とユノの冒険者ライフが本格的にスタートした。
地味魔法と風地雷──噛み合っているのかいないのか微妙な二人組。
それでも、最初の一歩は、思ったより悪くなかった。