第1話「追放された俺は、地味魔法で飯を食う」
「貴族の宴に、おまえの魔法は地味すぎる──」
それが俺の追放理由だった。
戦場で敵の大砲を止めたのも、地下遺跡の暴走装置を封じたのも、誰だと思ってる?
……そう、この俺。シグ=ノクスだ。
だが、評価はこれだ。地味、分かりづらい、派手さがない。
貴族たちにとって、俺の時間魔法は「ドカンと爆発して場が盛り上がる」ものではなかった。
そして本日──
「……王都に着いた。俺は、今日から自由だ」
俺は荷馬車から降り、肩を軽く回す。
背中には魔術道具と旅用の荷物を詰め込んだ地味なカバン。服装も同様、余計な装飾を削ぎ落とした機能特化型。黒髪短髪の地味男が、今日からこの都市で生きていく。
そして、俺の唯一にして最大の武器は──
「時間属性魔法。火力ゼロ、見栄えゼロ、でも応用性は無限大」
地味に金を稼いで、地味に地位を上げて、あの貴族どもを“実利”で見返してやる。
◆ ◆ ◆
王都・冒険者ギルド。
「正式名称は【王立冒険者育成組合】──通称“ギルド”」
そう看板に書いてあるが、誰もそんな長い名で呼んでいない。
ガチャリ、と扉を開けると、中はざわついていた。冒険者たちが報酬を受け取ったり、任務の相談をしたり。武器の音と怒声が混ざるこの空気、俺は嫌いじゃない。
「新規登録を頼みたい。魔術職で」
受付嬢に書類を渡すと、彼女は事務的に手続きを進めた。
「職種は?」
「解析・封印系。時間属性魔法を扱える」
その言葉に、一瞬、彼女の目が光った。
「……時間、ですか?」
おそらく、最初に浮かんだのは「強そう」というイメージだろう。
だがすぐに、それは「地味魔法」のラベルに置き換わる。
「ええと……時間属性って、例のアレですよね。補助系で、発動にクセがあるってやつ」
「正解。火力ゼロ、見栄えゼロ。でも状況制御にはそこそこ強い。“器用貧乏の権化”ってやつさ」
「……じゃあ“特殊魔法”で登録しておきますね」
手慣れた様子で記入する彼女を見て、俺の魔法の評価がこの都市でも変わらないことを察した。
「魔力計測、お願いします」
手をかざすと、魔力球が淡く灰色に光る。
「うわ……ほんとに地味、じゃなくて、非属性系ですね」
「いつもの反応だ。驚くことじゃない」
軽く笑って受け流す。
こういうのには、もう慣れている。
◆ ◆ ◆
仮登録が済み、胸に初心者冒険者のバッジをつけて振り返ると、名前を呼ばれた。
「ユノ=フェルメリアさん? 新規登録の同行者です」
現れたのは、明るい栗色のツインテールを揺らしながら、背中に巨大な杖を背負った少女。
ひらひらしたローブが目立つし、何より装備の端々が軽く焦げている。
「えっ、えっと……わ、わたし、ユノ! 初心者です!」
やや挙動不審ながら、元気に名乗ってきた。
「シグ=ノクス。解析屋だ。よろしくな」
見上げるように視線を合わせてくるユノの背は、俺の胸元あたりしかない。
「時、時間属性……!? す、すごそうですね!」
「いや、全然。派手さゼロの、地味魔法だ」
「あ、あれ? そうなんですか? なんか“時間”って、チートっぽい響きなのに……」
「名前詐欺だな。見て強そうな火とか雷のほうが、ずっと人気者さ」
「な、なるほど……わたし、まだよく知らなくて……」
少し落ち込んだ様子だが、素直で憎めない性格なのが分かる。
「まあ、こっちは地味にやるから。君は君で派手に暴れてくれ」
「えっ、は、派手に!? わ、わたし、そんなつもりは──!」
「冗談だよ。たぶんな」
──このときはまだ、“風属性でスカートめくり地雷”の異名をとる彼女の片鱗すら知らなかった。