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School

独りぼっちの貴方と独りぼっちだった私

作者: 虹彩霊音



「……えぇ、もう朝なの? さっきまで夜だったじゃん」


アラームを止めて、ベッドから身体起こして、着替えて、朝ごはん食べて……


「行ってきます」


私の名前は黄泉 幻。なんの変哲もないただの騒霊ちゃんです。学校が始まってしばらく、段々とクラスメイトと仲良くなっていく時期。ま、私はぼっちだけど。



学校について、自分の教室に入るや否や、不穏な空気を感じ取った。


「おい、ジャバウォックを返せ!!」


虐めだった。それもびっくり、私の真横の席。


「ジャバウォックだって!! ぬいぐるみに名前つけてるとかマジ気持ち悪いんだけど!!」


「止めろ」


「は? 何お前」


「……なんか冷めたわ。行こう」


「そうだね」


そうして、いじめっ子二人は教室から出て行った。私はさっきまでいじめられていた子に視線を移す。


「大丈夫?」


「……ジャバウォック……あぁ、腕が……帰ったら直してあげるからね……」


「えっと……」


……そっとしておいた方がよさそう。私は自分の席に座ってため息をつく。


彼女の名前はファントムちゃん。ジャバウォック、というのはファントムちゃんがいつも連れているウサギのぬいぐるみの名前みたい。ファントムちゃんはジャバウォックとしか話さないから、いじめっ子はそれを狙って虐めている、といったところだろうか。私は彼女の隣の席であるからか、その彼女の虐めを止める役割を任されている。なんとかしてあげたいのは本当なんだけど、ジャバウォックのことばかりで今まで一度も返事してくれたことないや。


始業のチャイムが鳴る。また、今日が始まる……


「今日も一日がんばるぞい、と」



―――――――――――――――――



「ふぅ、やっと終わった」


待ちに待ったお昼休憩。クラスのほとんどは学食か外に行くから、この時間の教室はガラガラ。


「お弁当お弁当……っと。いただきまー……ん?」


「………」


視線を感じたので隣を見る。


「………何」


「……ご飯は? 食べないの?」


「………お腹空いてない」


「……そうなの」


いやお腹空いてなかったら私のお弁当そんなにまじまじ見ないよね? 絶対お腹空いてるよね??? 


(今朝お弁当ひっくり返されてよな……)


だから、ファントムちゃんは食べるお弁当が手元にない。私はお弁当のおかずを食べるためにお箸で一つまみする。


「………」


……うん、とても食べづらい。お願いだからそんな羨ましそうにこちらを見ないで。


「……ほら、お弁当半分こ。ご飯食べないと午後の分の力入らないよ」


「……うぅ」


「今あいつら居ないから、食べちゃえ食べちゃえ」


「………もぐ。……美味しい」


「良かった。……私、貴方の助けになりたいから……助けが欲しかったら、言ってね?」


「………わかった」


よし、少しは進展したな。この調子だ。



―――――――――――――――――



今日もまた一日が始まろうとしていた。


ファントムちゃんへの虐めはというと、明らかにエスカレートしていった。


「おい!! 返せって言ってるだろ!!!」


「うるさい」


「ぅぐ!!」


「!」


あいつ、ついにファントムちゃんを殴りやがった!


「おい、お前らいい加減に……!?」


「!!?」


「そんなに言うならこのブサイクなウサギ返してやるわ、ただしバラバラな状態で」


そう言って、いじめっ子はジャバウォックをはさみで切り刻んだ。ジョキ、ジョキとファントムちゃんの目の前でジャバウォックの四肢が切り落とされていく。


「あ………ああ………!!!」


「おい、いくらなんでもやりすぎだぞ!!!」


私は思わずいじめっ子の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけていた。だというのに、いじめっ子は冷ました顔で


「お前関係ないじゃん、なんで割り込んでくるの?」


「は?」


「そういうの偽善者って言うのよ、知らないの? 気持ち悪い」


「偽善者だとしても、ファントムちゃんを虐めるお前らなんかより断然マシだ!!!」


「私たちはただこいつで遊んでいるだけ。何が悪いの?」


「こいつと喋っても時間の無駄だよ。さっさと行こう」


「そうだね」


そうしてまた、いじめっ子二人は去っていった。


「くそが……」


「ジャバウォック……ジャバウォック……あああああ………」


ファントムちゃんはバラバラになったジャバウォックを抱えて、ただ泣いていた。


「ファントムちゃん、ちょっとジャバウォック貸してくれる?」


「………何するつもりだよ」


「大丈夫、ジャバウォックを助けたいだけだから」


そうして私は裁縫セットを取り出す。針に糸を通して、ジャバウォックの千切れた腕と足を繋いでいく。


「……よし、これで元通り」


ジャバウォックをファントムちゃんに返す。ファントムちゃんは愛おしそうにジャバウォックを抱きしめた。


「………あいつらに色々言われてたみたいだけど、大丈夫なの?」


「そうだね……私のやってることは偽善かもしれないけどさ。それでも他人を虐めて優越感に浸るより何倍もマシだよ。それとも、貴方にとっておせっかいかな?」


「………そんなことは、ない、けど」


「……まぁ、ファントムちゃんも頑張って。私が言えるのはそれだけ」


そうして私は席に戻る。


わかる、もちろんわかる。見て見ぬフリをしたい気持ちは。自分にも被害が及ぶかもしれない、それを恐れる気持ちは。でも、だったら……誰も、ファントムちゃんを助けないというのなら、私がやる。そうでもしなきゃ、この虐めは終わらない。



お昼休み。お弁当の蓋を開ける、と同時に隣から感じる視線。


「……はい」


空っぽのファントムちゃんのお弁当に、からあげや卵焼きなどを移していく。


「………ん、ありが、とう。いただきます………美味しい」


「良かった。……もしかして、毎回お弁当やられてる?」


「………うん」


「じゃあ、私が貴方の分、作るよ」


「………良いの?」


「毎回お弁当半分食べられてたら私もエネルギー持たないしね。まぁ、貴方が決めてよ」


「………お願い、します」


「お願いされましたー」


そうして、私はお弁当を二人分作ることになりましたとさ。



―――――――――――――――――



「なんてこったい、課題を学校に忘れてしまうだなんて」


という理由で夕方、私は急いで学校に戻ってきた。


「えっと、確かここに………ん?」


気配を感じた。私の横でファントムちゃんが眠っていた。もしかして、放課後ずっと寝てたの?


「……ん」


「お、おはよう、でいいのかな?」


「なんでここに居るんだよ」


「わ、忘れ物取りに来ただけだよ!」


「ふーん」


「なんで寝てたの?」


「……色々と疲れてたんじゃない? じゃ、私やることあるから。気をつけて帰りなよ」


ファントムちゃんは教室を出て行った。


「……夕方、か。ずっと寝てたのにその用事に間に合うのかな」


……待てよ、デジャヴを感じる。


この状況……私が一番よく知っている!!!


私は勢いよく教室を出て、ファントムちゃんを追いかけた。





「ねぇ、ジャバウォック。私、もう疲れちゃったんだ」


見晴らしの良い景色、心地よい風が吹いている屋上に、彼女は居た。


「ファントムちゃん!!!」


「………なんで来るのかなぁ」


「なんていうか、嫌な予感がしたっていうか、デジャヴを感じたっていうか?」


「それで、君はどうやって私を止めるつもり? もうフェンス乗り越えちゃったよ?」


「それは、その………」


「君の名前は……幻、だっけ? ジャバウォックをお願いしていいかな。私の道連れにするわけにはいかないから」


ファントムちゃんはジャバウォックをこちら側へと置いた。


「待って!! 飛び降りる前に少し私の話を聞いて!!!」


「……その話は、私を説得できるに値するものなのかな?」


「それは、わからないけど……すぅ……ふぅ」



昔、いじめられていた女の子が居ました。


相手は一人、二人などではなく、学校全てが敵でした。


最初は、よくあるような虐めでした。


しかし、日が経つにつれてその虐めはエスカレートしていったのです。


学校に居る生徒全てが、女の子のことを嫌いました。


先生たちはそれを見て見ぬフリをしました。


ついに耐えられなくなった女の子は、思い切って自殺を試みたのです。



「……私、生まれてきた意味あったのかなぁ」


「意味があるから生きてるんじゃない?」


「……誰?」


「ごめんね? 驚かせちゃったね」


「……先輩?」


「多分そう」


「……私の死に様を嘲笑いに来たわけ?」


「そんなことしないし、できないよ。ただ貴方に言いたいことがあったから。生まれてきた意味がない、ってさっき言ったね?」


「……うん」


「でも、私はこうして貴方と話せているだけで充分嬉しいよ? 生きることに意味や理由なんて必要ないかもよ、ただブラブラとマイペースに、自分のペースで生きていけば良いんだ」


「………」


「ずっと、貴方のことは見ていたよ。虐められても、拒絶されても、貴方はずっと一人で頑張っていたね。貴方はすごいよ、えらいえらい」


「………ふざけるなよ……私のこと、見ていたくせに……私が、苦しかったこと、辛かったこと、知ってるくせに……今まで助けてくれなかったくせに……なんで……なんで今更助けようとするんだよ!!!」


「うん、確かに貴方の言うとおりだ。それは謝るよ。貴方を助けるには遅すぎた。私も怖かったんだ、みんなから拒絶されるんじゃないかって。でも、それ以上に、貴方を助けたいって思ったんだ」


「………」


「私は貴方から感謝されたいのかもしれない、私のやっていることは偽善なのかもしれない。でも、生きていく限り手を取り合わなきゃいけないじゃん? だからさ、これから頑張っていこうよ。自分のために」




「ファントムちゃんだけじゃない、みんなこうやって支えあってきたんだ」


「それが何? 私には関係ないね」


「………私は、貴方の支えにはなれてなかったってことかな」


「…………それは」


「ジャバウォックも、貴方の支えにはなれてなかったのかな」


「…………」


「あとは……ライトさんとか?」


「!? なんでライト姉さんのことを知ってるの!?」


「だって、さっきの話私とライトさんのことだし」


私は、ライトさんにファントムちゃんの支えになってほしいと任されていた。


「私は、ライトさんに救われた。ライトさんが居なかったら、今の私は居ない。こうしてファントムちゃんと出会っても居なかった。そして、今度は私の番。私が、誰かを……貴方を、助ける番。私が虐められたって別に良い。だから、お願いだから……死なないでよ……」


「…………わかった、ごめん」


「ほら、謝るのは私だけじゃないでしょ」


「……うん。ジャバウォックもごめんね」



―――――――――――――――――



また、相変わらず、性懲りも無く、一日が始まる。あれも、また始まろうとしている。でも、今日は違った。


「さっきから無視してんじゃないわよ!」


「ブスのくせに、生意気な態度とってんじゃないわよ!」


「ねー、聞いた? ジャバウォック。私のことブスだってー。じゃあこいつらは蛙のおしっこよりもゲスだよねー」


「………チッ、もういいわ。行きましょ」


「そこの二人、話がある。職員室に来なさい」


流石に先生もこの状況を看過できなくなったか。それにしたって今更すぎるけど。


「行っちゃったね」


「そーだね」


これでファントムちゃんへの虐めがなくなると良いけど。あの時、ファントムちゃんを止められて本当に良かったと思う。


「……どうしたの、ぼーっとして」


「いや、虐めってこんなにも長いのに、終わるのはあっけないんだな〜って。なんでこんなに簡単なこと思いつかなかったんだろう、過去に戻って過去の自分に教えてあげたい」


「しょうがないことだよ。まぁ、終わってよかったじゃん?」


「………そうだね」



―――――――――――――――――



「おいし! おいしおいし!!」


「よく食べるなぁ」


ファントムちゃんはもぐもぐと、私の作ったお弁当を次々に口の中に放っている。


「君、料理上手いの? やり方教えてよ」


「上手いってそんな、普通だよ普通。まぁ、知りたいなら今度教えるけど」


「え、今日じゃないの?」


「そうは言ってないよ!?」


「けちー。ジャバウォックもそう思うよねぇ?」


「わかった、わかったよ! 今日教えるから!」


「いえーい!」


まぁ、いじめも終わってファントムちゃんが自分でお弁当を作れるようにかれば万々歳か。



―――――――――――――――――



放課後、私は料理を教えるためにファントムちゃんの家に行くことになった。


「それで、何が良い?」


「カレーが食べたい」


「それ注文だよね!? 私は教えに来たんだけど!?」


「私はカレーが食べたいんだよ」


「あ、これ最初から私に作らせるつもりのやつだ」


「バレたぜ♪」


「………その、ジャバウォックとはいつから一緒に居るの?」


「ん、小学生の時姉さんが。その時からずっと友達」


「友達、かぁ」


「………君は友達何人居るの?」


「友達? うーん、特別毎日つるむ人は居なかったなぁ。他人と関わるのはグループワークや実験の時くらい」


「そうなんだ。…………私と同じだね」


「? 何か言った?」


「ぼっちだねって」


「貴方だってぼっちでしょ!?」


「あはは、わっかんねー! そんなことよりさっさと私の家行くよー!」


「ちょ、待ってファントムちゃん!」


そうして私は走っていくファントムちゃんを追いかけた。



―――――――――――――――――



「ああ、幻じゃん。久しぶり」


「ライトさん、久しぶり。一ヶ月くらいかな?」


「わざわざ家にくるなんてね。今日は何しに来たの?」


「え、それはそのぉ……」


「幻が料理を教えてくれるんだよ!」


「え? さっき注文してなかった?」


「へぇ、良かったじゃんファントム。これで台所爆発させずに済むね」


「え? ファントムちゃんそこまで不器用なの?」


「私をエニグマ姉さんなんかと一緒にするなよ!!」


「姉さんは殿堂入りでしょ」


「もう一人お姉さん居たの?」


「ああ……うん。今は家に居ないけど……」


「それじゃあ、私はお邪魔だろうし部屋に戻ってるよ。ご飯できたら呼んで」


ライトさんは自分の部屋に行った。なんていうか、姉妹だなぁ。




「………高橋名人もびっくりの速さで切り刻むね」


「例えがよくわからないんだけど」


具材を切って、鍋に入れてと。


「あとは待つだけだよ」


「すごーい、かっこいいー!」


「姉さんからの教えだから」


「君にも姉さん居るんだ」


「姉さんには敵わないけどね」


ちょっとだけファントムちゃんと駄弁って、鍋を確認する。


「お、良い感じ。ライトさん呼んできてよ」


「らじゃー」



お皿を並べて、カレーを盛り付ける。そこでライトさんがやってくる。


「良い匂いだね」


「今日は好きじゃない人は絶対居ない(と思う)カレーだよっ」


「……今日から幻に料理任せようかな」


「おっ、名案」


「私をこき使おうとするんじゃないよ」


「それじゃあ食べよう、いただきます」


「いただきます」


「まーす」


「……美味しい」


「幻の料理は美味しいんだよ!」


「なんでファントムちゃんが自慢するのさ」



カレーを食べ終えた後、私はリビングでのんびり考え事をしていた。


「幻、今日は泊まっていくの?」


「え? いや今日はここら辺で帰ろうかって……」


「泊まっていくよね?」


「へ?」


「泊まっていくよね?」


「いや、流石に」


「泊まれ」


「……と、泊まらせていただきます」


「わーい」


「がんばれー」


ライトさんに見放されたんだけど。どうすればいいってんだ。




夜、私は空き部屋に案内された。ベッドに深く座って、大きく息をつく。お泊まりをしたことがない私にとって、今のこの状況は緊張の極み。寝れるわけがない。


「……そういえば、なんでファントムちゃんはいじめられてたんだろう」


正直、ファントムちゃんは可愛いと思う。嫉妬から始まる典型的な虐めだろうか。人形と話しているから……というのも否定はできないけど。まぁ、なんであれ、ファントムちゃんの場合はまだ助けられる余地があったから良かった。私の場合は、違かったもの。



私には、二人姉さんが居た。でもね、下の姉さんが普通じゃなかったんだ。


「は………は……あ……やばい……どうしよう……こんなはずじゃ……ご、ごめんなさい……ちがう、ちがう」


下の姉さん、寂滅って言うんだけどね。人を殺したことが何度もあるんだ。でもね、寂滅姉も殺したくて殺してるわけじゃなかったの。なんていうか、そういう病気? 症候群? だったわけで。上の姉さん、叡智姉はなんとか止めようとしたけど、ダメだったみたい。


あまりにも寂滅姉が暴れていたから、警察は寂滅姉のことを射殺したんだ。血が流れて、体温を失っていく様は今でも覚えてる。ていうか、忘れることはないと思う。最後まで涙を流して謝ってた、ごめんなさいごめんなさいって。


その噂が広まらないわけがなく、負の連鎖が始まることになる。今私は独り立ちをして一人暮らしをしてるわけだけど、だからこそ……ファントムちゃん達みたいな家庭が羨ましい。


「……寝よう」


昔のことを思い出したって不快なだけだ、さっさと寝よう。


「………ん?」


微かに聞こえた扉の音、そして私の身体にかかっている布を捲る音。


「……まーほーろっ」


ファントムちゃん!? なんで!? ちょ、まってなんで抱きしめてくるわけ!? 貴方にはジャバウォックという素晴らしいお友達がいるわけで……


「………早く友達になりたいなー、幻は私のこと好きになってくれるかな」


「…………」


ファントムちゃんのその言葉に、私の頭はぐるぐる回って、結局その日は眠れなかった。



――――――――――――――――――



朝が来る、目を覚ます。隣を見てみるとファントムちゃんはもう居なかった。もう起きたのか。


「……ふあーあ、おはよぅ……」


「おはよう幻、昨日はよく眠れた?」


「……あんまり」


「まぁ他人の部屋でぐっすり眠るのは難しいよね。朝ごはん作るから待っててね」


「はーい……」


そうしてソファーに座った、その瞬間


「おはよー!」


「うぐぇ!!」


「昨日はよく眠れた? 私はよく眠れた」


「ぜーんぜん眠れなかったよ」


誰のせいだと思ってるわけ?


「あは、でも今日はお休みだからどこにも行かせないよ?」


「帰らせてぇ……」


「だめ、今日は一緒に出かけるの」


「じゃあせめて荷物持ってこさせてぇ」


「それなら良いよ、5分ね」


「短いなぁ!!」



――――――――――――――――――



今私たちが居るのはデパート。絶賛ファントムちゃんに連れまわされているところ。


「眠いよぉ……」


「じゃあぶん殴って起こしてあげる」


「起きるからやめてぇ!! ……ていうかファントムちゃん、こういう時でもジャバウォックを連れてるんだね」


「姉さんが連れてきてくれた初めての友達だから」


「ライトさんが?」


「……ううん、エニグマ姉さん」


「ああ、今家に居ないんだったっけ? どこに行ってるの?」


「………『空の上』」


「ぁ………すぅぅぅぅ………ごめん」


「あとついでに言っておくけど、幻が使ってた空き部屋元はエニグマ姉さんのだよ」


「うえぇ!? 良かったの!?」


「別に良いよ。まだ使えるんだから使わないと意味ないじゃん。……幻、荷物持ってきたみたいだけど、何持ってきたの?」


「あ、これ? 待っててね……じゃーん」


私はリュックからくまのぬいぐるみを取り出した。


「……幻の友達?」


「そう、アドラーって言うの。姉さんがくれたんだ」


「そうなんだ。私と同じ」


「うん、同じ。親近感湧いちゃうね」


「うん、たのしたのし!」


「わわっ」


ファントムちゃんは私の手を引っ張る。繋ぎ方がどう見ても恋人繋ぎだけど、まぁ言うのは無粋ってもんだよね。


「幻はどこか行きたいところある?」


「ファントムちゃんとジャバウォックが行きたいところで良いよ………あたっ」


しまった、誰かと肩がぶつかっちゃった。


「ご、ごめんなさ……」


「あ? 何だお前。ボーッと突っ立ってんじゃねぇよ、邪魔だわ」


「む、幻にぶつかってきたのはお前だろ!」


「………つか、良く見たらお前ら例の嫌われ者じゃねぇか。こんなところでいちゃいちゃレズごっこしてんのか? ゴミはゴミらしくゴミ箱に入っとけよ!!」


「ッ!!」


こいつ、うちの学校の不良か!!


「幻!」


「だ、大丈夫。殴られることには慣れてる……」


「女だからって手加減してもらえると思ってんじゃねぇぞチビ」


次の一撃がくる、そう悟った。思わず私は目を閉じる。



「幻に触るな!!」



「いでっ!? なんだコイツ!?」


ゆっくり目を開けて状況を確認する。ファントムちゃんが不良の腕に思い切り咬みついていた。


「離せこのクソッ!!」


「幻はお前なんかよりずっと強いんだからな!! 強いからわざと力をセーブしてるんだ!! 殴られたのもわざとだ!! このヘナチン玉なし野郎!!」


「……チッ!!」


不良はファントムちゃんを振り下ろすと、咬まれた腕を押さえてどこかに行ってしまった。


「幻、大丈夫?」


「鼻がビリビリする以外は……ファントムちゃん、すごいね。やればできるじゃん、私よりもずっと強いよ」


「幻の方が強いよ。うん、色々と。……あ! ジャバウォックどこ!?」


「ちゃんと回収済み。それじゃ、そろそろ帰ろうか。あんなこともあったしね」


「あ、待ってよー!」


――――――――――――――――――



「おかえり、買い物はどうだった?」


「………ん?」


あ、すっかり忘れてた。何も買ってない!!


「……疲れたから一回休ませてくれないかな。夕ご飯は私が作るから」


「それはありがたい限りで。じゃあおやすみ」


「おやすみなさい」


そうして私は……再びエニグマさんの部屋を借りることにした。



「ただいま! 幻は!?」


「入れ違ったね。姉さんの部屋で寝てるよ」


「……そうなんだ」


「……ファントム、最近本当に楽しそう。姉さん嬉しい」


「え?」


「ほら、口の端っこが明らかに上がってる。幻と過ごせて楽しいんだ?」


「…………」



――――――――――――――――――



「サラダもこれで完成っと」


「BGMかけるから肉も焼こうよ」


「ゲームと違って10秒足らずで焼けるものじゃないのよ……」


出来上がった夕ご飯を机に並べていく。


「それじゃあ、いただきます」


「いただきます」


「まーす!」



「ねぇねぇ」


ご飯を食べ終わって、ソファーでのんびりとしているとファントムちゃんが声をかけてきた。


「明日はちょっと遠くまで行こうよ」


「別にそれは良いけど、どこに?」


「それは明日のお楽しみ!」


「教えてくれないの、けちー」


「とにかく、明日はちゃんと起きてよ!」


「はーい」


そうしてファントムちゃんは自分の部屋へ。時間も時間なので、私もその日は寝ることにした。



――――――――――――――――――



「ゆーらゆーら、ゆーらゆーら」


早朝、私とファントムちゃんは電車に揺られ、どこかへ向かっている。ファントムちゃんからは遠出する、としか言われていないから、どこに行くのかは検討もつかない。


「まだ教えてくれないの?」


「まだ内緒」


「けちー」


「……っと、駄弁ってたら着いたよ。散歩して食べ歩きだ!」


「それが目的かよ!」


「別に良いじゃん、家ばっかじゃつまらないし。ジャバウォックも外出たいって言ってるし」


そう言ってさっさと歩いてしまうファントムちゃんを私は慌てて追いかけた。




「ファントムちゃん……元気だねぇ……」


「なんだか楽しくなっちゃって」


色々な店を回って、今は喫茶店で休憩をしているところ。


「何飲む?」


「……あ、いちごミルク置いてないんだ。じゃあホットココアにしよう」


「じゃあ私もそれにするー」


「すみませーん」


「はい、ご注文はお決まりでしょうか」


「ホットココア二つください」


「は? ホッソ太麺?」


「果たして細いのか太いのか」


「冗談ですよ。ホットココア二つ、確かに承りました」


「面白い店員さん!」


「はぁ……」


「……お待たせしました。ホットココアになります。ごゆっくりどうぞ」


目の前にホットココアが淹れられたカップが置かれる。ほのかに甘いココアの匂いがする。


「あちち、でも美味しい」


「まぁ喫茶店のだし」


「そういえば、そろそろクリスマスだね」


「そうなんだ、もうそんな時期か。ちなみに私はクリぼっち確定」


「なんか、今まで長かったような、短かったような」


「私達、出会ってから一年も経ってないもんね。しかも出会い方が虐め……」


「でも、今思えば君に会えて良かったよ。人生ってほんとおもしろー」


「……そうだね、面白いね」


「なんで笑ってるのさ」


「貴方が笑ってるから」


「………」


「あ、今度は照れた」


「うるせっ!」


「ふふ」


「………ああ、そう。それでね、幻にお願いがあったんだ」


「え、何―――」


「私と………」



「ファントムちゃん危ない伏せて!!!」



「……え?」



男の視線に気がついた時には遅かった。ファントムちゃんを守ることで精一杯だった。まさか、銃を持っていただなんて。大方、姉さんに殺された人の家族が私に復讐しにきたってところか。


ああ、ファントムちゃんは、無事かなぁ……



――――――――――――――――――



「これで、これで良かった……はずだよね、兄さん」


「警察だ、銃を捨てて手を後ろに回して地面につけ」


「思ったより早い到着だな」


「銃刀法違反及び殺人未遂の疑いで現行犯逮捕する」


「……僕の復讐は、正しかったと思う?」


「……理由がなんであれ、誰かを傷つけて良い理由にはならない」


「……そっか」


「後は任せる、中を見てくる」



――――――――――――――――――



「ていうか、何ここあたり一面真っ白なんですけど。ついに私天国きちゃったー?」


「厳密に言えば、まだ死者の国じゃねぇよ」


「へ?」


声がした方に時間を向ける。私より少し年上だけど、まだ少女な子が片膝立てて座ってた。ライトさんと大差なさそう。


「貴方は、誰?」


「ファントムの姉」


「……もしかして、エニグマさん?」


「いかにも。お前は、黄泉 幻。人殺しの姉を持って大変だったろう」


「! どうしてそれを!?」


「どうしてって、ずっとここで見ていたからだし……それに……私、お前の姉に殺されたし」


「ふぁ!? ご、ごめんなさい!!!」


「いいんだいいんだ、仕方のないことさ」


「で、でも、私のせいで、ファントムちゃん達と……」


「違うな。お前は悪くない、お前の姉も悪くない。そうだろ?」


「……それは、そうなの、かもしれないけど」


「お前は悪くないのに、ずっといじめられてさ。お前はすごいよ、私だったら逆にそいつら殺してる」


「ひ、ひえ〜……エニグマさんは、どうしてここに?」


「そうだな、私はすでに死んでいるから、とっとと行くべき場所に行くべきなんだろうが……なんていうか、心配なんだよ、あいつが」


「ファントムちゃん?」


「そう。あいつ自分から友達を作ろうとしないタイプでさ、私が昔ゲーセンでとったウサギ以外に話そうとしないのなんの。きもちわりー妹だぜ、おまけにライトからのプレゼントはいらないって言う始末」


「……きっと、他のものが必要なくなるほどジャバウォックのことが嬉しかったんだよ」


「……はは、そうか。一万かけてとった甲斐があったぜ」


「エニグマさん、ファントムちゃんのことは任せて」


「もう死んでるのに?」


「こんな所で死んでたまるもんか、なんとかして戻る」


「………そうだな、任せるとしよう。……ろくな生き方をしてたわけじゃないから、地獄に行くかもしれないし、案外天国なのかもしれないな。お前の姉達がどっちに居るかは知らないが、もし会ったら伝えておいてやるよ。元気にやってるって」


「うん、お願い」


そうしてエニグマさんはどこかへ向かっていく。歩を進めるたびに、距離が遠くなるたびに、その姿は朧みを帯びて、やがて見えなくなった。


「私も、戻らないと」



――――――――――――――――――



「……ぅ」


「おはよう、やっと起きたね」


「ら、ライトさん……私、どれくらい寝てた?」


「ざっと三日。怪我を考えれば早い方じゃない?」


「はは……ファントムちゃんは?」


「貴方が守ってくれたおかげで怪我ひとつなし。私と交代で今は家に居る。ずっとあわあわして泣いててたんだよ、『ああ、どうしよ、幻が死んじゃうよ、ジャバウォックどうしよう!!』ってね」


「なるほど」


早く元気になった姿を見せなくちゃ。


「当たりどころ悪かったら本当に死んでたよ?」


「不幸中の幸いってやつかな。それとも……」


「それとも?」


「姉さん達が、まだ来ちゃだめって言ったのかも」


「それはそれは素敵なことで」


「ああ……あと……エニグマさんに会ったよ」


「……! ……そっか」


「にしても、まさか復讐されるとは思わなかった」


「これからは十分注意すること。自分のためにもね」


「……それ以上に」


「?」


「私の、大事な友達のためにだよ」



――――――――――――――――――



「私に会わせたい人が居るって……よりにもよってなんでここの喫茶店なんだ……ジャバウォック、何が良い? ホットココア? 匂いが気に入ったの? わかった。すいませーん」


「はい、ご注文はなんでしょうか」


「ホットココアひとつください」


「かしこまりました。少々お待ちくださ……」



「そのホットココア、もうひとつ追加で」



「………え?」


「ついさっき退院したんだよ。もう元気いっぱいだから安心して……いや嘘かも! 古傷開いたかも!! いててて!!」


「………心配、かけさせんじゃねぇよ」


「ごめんごめん。それで、私に言いたいことがあるんでしょ?」


「うん―――」


照れているその姿は、どこか嬉しそうで。



「………私の、大事な友達になってください」




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