小学校編 89時間目 ―来れる人、来られない人。それでも、みんなで囲むお弁当―
午前中の競技が、次々と終わっていく。
玉入れでは惜しくも敗れたものの、綱引きでは見事に勝利。
赤組と白組の点差は、まだそれほど大きくない。
運動会は、まだまだこれからだ。
そして――。
待ちに待った、お昼休み。
校庭には、あちこちから楽しそうな声が響いていた。
家族が用意してくれたお弁当を食べる子。
応援に来てくれた人を探す子。
友達と午前中の競技を振り返る子。
けれど、同じ運動会でも、それぞれの事情は少しずつ違う。
今日、誰が応援に来てくれているのか。
誰に、頑張っている姿を見てもらいたかったのか。
そんな何気ない会話から、普段はあまり見えない子供たちの気持ちが、少しずつ顔をのぞかせていた。
―――桃と紗奈と美香と愛理―――
「今日って、桃の家族来てるんだっけ?」
紗奈が、ふと思い出したように尋ねた。
桃は、少し残念そうに笑う。
「今日は、仕事で来られないんだって。残念」
そう。
桃の家族は、今日は仕事があるらしい。
できれば見に来てほしかったけれど、仕方がない。
忙しいのは分かっているし、無理を言うつもりもなかった。
……でも。
やっぱり、ちょっと寂しいな。
「紗奈のところは?」
「あー、一応お父さんとお兄ちゃん来てる」
「そうなんだ!」
桃が顔を明るくすると、紗奈は苦笑いした。
「でも、お弁当忘れたとかで大慌てでさ。二人とも半泣き状態」
…………。
…………。
えっ。
お弁当、忘れたの!?
運動会なのに!?
しかも、お父さんとお兄ちゃん、二人とも半泣きって……!
「さすが紗奈ちゃんの家族だね」
美香が、思わず笑った。
「想像できるわ……」
愛理も、呆れたように頷く。
「いや、もう本当に大変だったんだから!」
紗奈はそう言いながらも、どこか楽しそうだった。
……ふふっ。
家族が応援に来てくれているのは、やっぱり嬉しいんだろうな。
でも、お弁当はどうするんだろう……。
桃は少し心配になったものの、紗奈の表情を見ているうちに、なんだか笑ってしまった。
運動会のお昼休みまで、紗奈の家族は賑やかそうだった。
―――咲姫と胡実―――
「今日、おばちゃん来てくれてるんだって!」
咲姫が、嬉しそうに声を上げた。
「え! 咲姫! 本当!!」
胡実が、ぱっと顔を輝かせる。
「うん! さっき教えてくれたの!」
「そうなんだ!」
胡実は、嬉しそうに笑った。
大好きな人が、応援に来てくれている。
それだけで、なんだか元気が湧いてくる。
「なんか、午後の競技、余計に力が入るね!!」
「うんうん!」
二人は、顔を見合わせて頷いた。
午前中には、ブラスバンド同好会のファンファーレも無事に終わった。
あんなに緊張していたのに、演奏が始まったら楽しくて仕方がなかった。
そして、午後にはまだ競技が残っている。
……よし!
見に来てくれた人に、頑張っているところを見せたい!
二人の午後の楽しみが、一つ増えたのだった。
―――めめと未穏―――
「今日、じいちゃん来てるらしいっ!!」
めめが、勢いよく声を上げた。
「え、マジ!?」
未穏が、目を丸くする。
「そうなの! もう歳だし、来なくていいって言ったのにさ!」
めめは、少し困ったように笑った。
けれど、その声は嬉しそうだった。
「それに、発明で忙しそうだもんね」
未穏が言うと、めめは大きく頷いた。
「そうそう!」
めめのおじいちゃんは、発明でも忙しい。
だから、運動会なんて無理して来なくてもいいと思っていた。
もちろん、見に来てほしくないわけじゃない。
ただ、あんまり無理してほしくなかったのだ。
……でも!
「いや、でも来てくれてるなら、頑張んなきゃっしょ!」
めめは、ぐっと拳を握った。
「めめち、本気モード!」
未穏が、思わず笑う。
……ふふっ。
やる気満々じゃん!
「未穏ちのとこは?」
「未穏のパパもママも、やっぱ仕事だってさ」
未穏は、あっさり答えた。
両親が来られないのは残念だけれど、仕事なら仕方がない。
それに――。
「まあでも、めめたんとこのじいちゃんいるなら、やる気出るわ!」
「でしょー!?」
二人は、楽しそうに笑い合った。
自分の家族が来られなくても、友達の家族が応援してくれている。
そんなことも、今の二人には嬉しかった。
「よっしゃ! 未穏も午後は本気出しちゃおっかなー!」
「おっ! いいじゃん、未穏ち!」
……なんて言いながら。
二人は、午後の競技に向けて、ますます張り切るのだった。
―――舞と魅月―――
「今日、やっぱりお母さんとお父さんは?」
魅月が、舞に尋ねた。
「うん。来ないみたい」
舞は、少しだけ残念そうに答えた。
「私もそう!」
魅月が、すぐに頷く。
どうやら、二人とも両親は応援に来ないらしい。
「運動会に出る暇があったら、お稽古しなさいって」
舞が、苦笑いした。
普段から続けているお稽古。
もちろん、舞自身も大切に思っている。
もっと上手くなりたいし、練習だって頑張りたい。
でも……。
運動会にも、出たい。
クラスのみんなと練習してきたんだから。
せっかくなら、本番も一緒に頑張りたい。
「そうそう! 私も練習しなさいって言われたんだけど、どうしても出たくて!」
魅月も、少し興奮したように話した。
スケートの練習は大切。
それは分かっている。
でも、運動会は毎日あるものではない。
友達と一緒に頑張れる、特別な日だ。
「説得するの大変だったね」
舞が笑いかける。
「ねー!!」
魅月も、勢いよく頷いた。
……ふふっ。
両親に見に来てもらえないのは、少し残念。
でも。
頑張って説得して、こうして運動会に参加できている。
それだけでも、今日は特別な日だった。
「午後も頑張ろうね!」
「うん!」
二人は、笑顔で頷き合った。
―――有羽・凪喜・春夏―――
「今日、誰か来てる?」
有羽たち三人も、家族の話をしていた。
「誰も来てない!」
一人が答えると、もう一人も頷いた。
「私も! 先生、締め切り前だって忙しいみたい。残念そうだったけど」
……先生。
それを聞いた凪喜と春夏が、すぐに反応した。
「そっかー。今年こそ、こすも先生に会えると思ったのになー!」
「私も! 有羽ちゃんに初めて漫画見せてもらったときから大好き! 会いたかったなー!」
……そう。
こすも先生。
二人にとっては、一度会ってみたい、憧れの存在だった。
漫画を読むようになったきっかけも、有羽だった。
「凪喜は漫画とか、読ませてくれない家族だったもんね」
春夏が言うと、凪喜は大きく頷いた。
「そうそう!」
そして、懐かしそうに笑う。
「でも、有羽にこっそり見せてもらうようになってから、ハマっちゃって!」
最初は、こっそり読ませてもらった漫画。
でも、読み始めたら面白くて。
続きが気になって。
気づけば、すっかり夢中になっていた。
「来年こそ、こすも先生に会いたい……!!」
春夏も、期待を込めて言った。
「来年はお願いしてみるよ!」
有羽が、笑顔で頷いた。
……ふふっ。
今年は会えなかったけれど。
来年こそ、会えるといいな。
そんな小さな約束も、運動会のお昼休みの思い出になった。
―――紺・璃央・色端・瑞稀―――
「今日、紺のお父さん来てる?」
四人で話していると、そんな質問が出た。
「ええ。来てるわ」
紺が、落ち着いた声で答える。
「いいなー」
隣にいた友達が、少し羨ましそうに言った。
「私も一応言ったんだけどね? デートだって」
…………。
…………。
デート。
「うわぁ。やっぱりそうだよね」
何とも言えない返事が返ってきた。
……ああ。
そういうことも、あるんだ。
璃央、色端、瑞稀は、それぞれ顔を見合わせる。
紺の父親は来てくれている。
けれど、みんなが同じように家族の応援を受けられるわけではない。
……それでも。
今日は、四人とも運動会に参加している。
騎馬戦では、同じ騎馬を組んで練習してきた仲間だ。
お互いの事情が違っても、一緒に頑張れることは変わらない。
四人は、午後の競技の話へと戻っていった。
―――蘭・可恋―――
「蘭ちゃん、今日はご家族呼んだ?」
綾音が、蘭に尋ねた。
「無理無理」
蘭は、即座に首を横に振った。
「髪も切っちゃったし、呼べるわけないよ」
そして、少し呆れたように続ける。
「きっと大発狂。目に見えてるでしょ?」
……ああ。
そういうことか。
「確かにそうだよね」
可恋は、納得したように頷いた。
蘭が髪を切ったことを、家族が知ったら。
少なくとも、蘭自身は大騒ぎになると思っているらしい。
……だから、今日は呼ばなかった。
その判断にも、蘭なりの事情があった。
「可恋ちゃんのご家族は、やっぱり大勢来てるの?」
話題を変えて、蘭が尋ねる。
「一応、私が末っ子だし」
可恋は、少し笑った。
「なんか、全員来てるみたい」
…………。
全員!?
「大迫力だね」
思わず、そんな感想がこぼれた。
家族が大勢で応援に来てくれるなんて、すごい。
きっと、賑やかなんだろうな。
すると、可恋が笑顔で言った。
「後で一緒に行く?」
蘭の顔が、ぱっと明るくなる。
「いいの? 行きたいな」
「もちろん!」
……ふふっ。
自分の家族が来られなくても。
友達の家族に会いに行くことはできる。
お昼休みには、そんな楽しみ方もあるのだった。
―――杏絆と望結と綾音―――
「今日は、杏絆ちゃんのお母さんとかお父さん来てるの?」
綾音が、杏絆に尋ねた。
すると、杏絆は少し目を丸くした。
「まさか」
そして、いつもの丁寧な口調で続ける。
「お母様もお父様もお忙しいから、運動会なんていちいち来ないわ」
…………。
そうなんだ。
望結は、小さく頷いた。
「そっか。私も一応、先生誘ってみたけど……」
少し残念そうに笑う。
「他の運動会と重なっちゃって、来られないって」
……それは、仕方がないよね。
先生にも予定がある。
わざわざ誘ったのに来られなかったのは残念だけれど、どうしようもない。
杏絆も、特に何かを言うことなく頷いた。
今日、見に来てくれる人がいない。
その事情は、三人とも違う。
けれど、運動会はまだ終わっていない。
午後には、騎馬戦も待っている。
……今できることを、頑張ろう。
三人は、またほかの友達のところへと歩いていった。
―――吉沢派・八人の昼休み―――
「今日は、すみれさんと花さんと、るるのおばさんと、海斗のおじいさんおばあさんが来てるんだったよね」
帝耀が、みんなの顔を見回しながら言った。
綱引きを終えた吉沢派の八人も、そろそろお昼ご飯を食べに行くところだった。
「ああ。そうそう」
蓮が少し困ったように笑った。
「俺の母さん、俺と新しいパートナーが上手くいってないの知ってるから、なんか気を使わせちゃったみたい」
…………。
蓮はいつもの調子で言った。
けれど、その言葉には、少しだけ複雑な感情が含まれている。
「……先生、忙しくて来られない……」
皇輝が、ぽつりと呟いた。
みんなが、そちらを向く。
「……残念そうだった……。……俺も残念……」
…………。
皇輝が、そんなふうに自分の気持ちを口にするのは珍しかった。
先生も、見に来たかったのだろう。
そして皇輝自身も、来てほしかった。
たったそれだけのことなのに、皇輝の短い言葉からは、その残念さがよく伝わってきた。
「まあ、来てくれてる人たちにいいとこ見せようぜ!」
海斗が、明るく声を上げた。
「そうだね!」
帝耀も、にこっと笑った。
全員の家族がそろっているわけではない。
それでも、今日は応援に来てくれている人たちがいる。
せっかくなら、頑張っているところを見てもらいたい。
「すみれさんと花さん、来てくれてるの嬉しい」
るるが、ぽつりと言った。
すると、蓮も頷く。
「うんうん〜。二人とも、朝から張り切ってたもんね〜」
すみれと花は、今日の運動会を見に来てくれている。
吉沢家の別邸で、普段から自分たちのことを気にかけてくれる二人。
そんな人たちが応援してくれるのは、やっぱり嬉しい。
「あ、そういえば!」
華人が、何かを思い出したように言った。
「お弁当、作ってくれてるって言ってたよね」
「そうそう!」
るるが頷く。
「燈李のご両親も作ってくるって言ってたから、みんなで分けましょうって、すみれさんたちが」
…………。
お弁当。
その言葉を聞いた瞬間。
「よっしゃー!!」
太志が、勢いよく声を上げた。
「じゃあ早速行こうぜ! お腹ペコペコだよ!」
…………。
あははっ。
太志らしい。
「そんなに慌てなくても、お弁当は逃げないでしょ」
圭が笑う。
「いや、腹減ってるんだって!」
太志は、真剣そのものだった。
「分かった分かった〜。じゃあ行こっか〜」
蓮も、楽しそうに立ち上がる。
「……俺も……腹減った……」
皇輝が、静かに呟いた。
「皇輝もかよ!」
華人が笑う。
「そりゃそうだろ。午前中、結構動いたんだから」
海斗も立ち上がった。
帝耀は、そんなみんなを見ながら笑っていた。
……うん。
来られなかった人たちのことを、忘れるわけじゃない。
でも、せっかくの運動会。
今ここにいる人たちと、楽しい時間を過ごしたい。
八人は、すみれと花たちが待つお弁当のところへ向かうことにした。
―――古田派・八人の昼休み―――
その頃。
古田派の八人も、家族の話をしていた。
「燈李のご両親と、遼の親戚のみなさんが来てくれているみたいだ」
莉玖翔が、みんなに伝える。
すると、燈李が少し残念そうに笑った。
「今日、お姉ちゃん忙しくて来られないって」
…………。
「久しぶりに会えると思ったのにな」
その声は、いつもより少しだけ小さかった。
燈李は、姉に会えることを楽しみにしていたらしい。
だからこそ、来られないと分かったときは残念だった。
……でも。
忙しいなら、仕方ないよね。
「僕も、先生、ほかの運動会と被っちゃって来られないみたい」
湊も、少し寂しそうに言った。
先生は、別の運動会にも行かなければならない。
だから、今日は来られない。
もちろん、それは理解している。
……でも、やっぱり。
見に来てほしかったな。
「燈李のお姉さんと湊の先生以外は、毎回こんなもんだろ」
久遠が、ぽつりと言った。
「いつもと同じだよね」
勇気が、頷く。
「どうせ来ないし」
綺兎も、少し投げやりな調子で呟いた。
「来たことないもんね」
明日夏も、苦笑いする。
…………。
少しだけ、空気が静かになった。
毎年の運動会。
応援席に家族が並んでいる子もいれば、そうではない子もいる。
今回だけのことではない。
これまでも、何度か同じような思いをしてきた。
だから、今さら驚いたりはしない。
……でも。
慣れているからといって、何も感じないわけではなかった。
「……あっ!」
そんな空気の中、遼が勢いよく顔を上げた。
「俺の親戚のみんなのこと、本当の家族だと思っていいからね!!」
…………。
みんなが、遼を見る。
「みんな、本当に優しいんだ!」
遼は、真剣な表情で続けた。
「俺のことも、本当の家族みたいに受け入れてくれたから……!」
…………。
遼の声には、強い気持ちがこもっていた。
遼にとって、その親戚たちは大切な人たちだった。
自分を受け入れてくれた人たち。
家族のように、大切にしてくれる人たち。
だから、みんなにも同じように思ってほしかった。
自分たちのことを、応援してくれる人がいる。
そのことを、ちゃんと伝えたかったのだ。
「それに、今日はすみれさんと花さんも来てくださってるみたいだからな」
久遠も、静かに続けた。
…………。
そうだ。
すみれも、花も。
普段から自分たちのことを気にかけてくれている。
今日も、わざわざ応援に来てくれている。
それは、当たり前のことではない。
……だから。
嬉しい。
みんなの表情が、少しだけ和らいだ。
「……みんな、お弁当食べに行こう!」
燈李が、明るい声を出した。
今は、せっかくのお昼休み。
午後の競技に向けて、ちゃんと食べておかなければならない。
それに。
すみれたちも、燈李の両親も、お弁当を用意してくれているのだ。
みんなで食べたら、きっと楽しい。
「よし、お弁当食べるぞー!!」
明日夏が、元気よく声を上げた。
「お腹すいてきた!」
勇気も、嬉しそうに笑う。
「うんうん!」
綺兎も、大きく頷いた。
……ふふっ。
何だか、すっかりいつもの調子だ。
「行こうか」
莉玖翔が、みんなに声をかける。
「うん!」
燈李も、笑顔で頷いた。
湊と久遠、遼も立ち上がる。
そして、八人はお弁当を食べに向かった。
―――みんなのお昼休み―――
校庭には、たくさんの人の笑い声が響いていた。
家族を見つけて、嬉しそうに駆け寄る子。
友達の家族に挨拶しに行く子。
お弁当の中身を楽しみにしている子。
応援に来られなかった人のことを、少しだけ思い出している子。
その気持ちは、みんな同じではない。
誰かが来てくれたから嬉しい。
来られなかったから寂しい。
忙しいのは分かっているけれど、やっぱり残念。
そんな気持ちを、簡単に比べることはできない。
けれど――。
今日、子供たちのそばには、一緒に競技を頑張ってきた友達がいた。
そして、応援に来てくれた人たちがいた。
すみれと花が用意してくれたお弁当。
燈李の両親が持ってきてくれたお弁当。
遼の親戚たちの温かい言葉。
それぞれの場所から、子供たちを応援してくれる人たち。
……きっと。
今日のお昼ご飯は、いつもより少し特別な味がする。
そして、午後には――。
いよいよ、騎馬戦。
男子の大将は、燈李。
女子の大将は、紗奈。
どちらも、この日のために何度も練習を重ねてきた。
仲間と力を合わせること。
転んでも、また挑戦すること。
うまくいかないときには、話し合うこと。
その全部を、今日の本番にぶつけるのだ。
お腹いっぱいになったら、いよいよ午後の競技が始まる。
来てくれている人にも、来られなかった人にも。
頑張ったよ、と胸を張って言えるように。
子供たちの運動会は、まだまだ続くのだった。
〈89時間目・終〉




