小学校編 81時間目 ―お願いだから仲良くして!―
〈川瀬累視点〉
……はぁ。
今日は、徒競走の練習かぁ。
運動会が近づいてきて、最近は毎日のように何かしらの練習がある。
騎馬戦に、綱引きに、よさこい。
そして、今日は徒競走。
……うん。
練習すること自体は、別にいいんだけどね。
ただ、一つだけ心配なことがある。
多分だけど……いや、確実に、またいざこざが起こる気がする……!
だって、徒競走って、誰が誰と走るのか決まってるんだよね。
しかも、同じクラスの男子でも、走る組が重なっている人がいる。
……よりによって、あの二人まで。
ああ……。
考えただけで、ちょっと気が重くなってきた。
あんまり揉めてほしくないな……。
せっかくの運動会なんだから、みんなで仲良くできないかな……。
……無理なのかな。
いやいや!
まだ何か起こったわけじゃないんだから、そんなふうに考えちゃ駄目だよね!
それに、今は自分のことも心配しないと。
徒競走……。
嫌なわけじゃないんだけど。
俺、そんなに足速くないからなぁ……。
うちのクラスの男子って、足が速い人が結構多いんだよね。
だから、足の速さで組を分けたら、後半に同じクラスの男子が固まっちゃった。
俺は前半。
しかも、前半に出る同じクラスの男子は、俺と湊と皇輝だけ。
……三人だけかぁ。
なんだか、ちょっと寂しい。
いや、湊も皇輝もいるんだけどね。
でも、吉沢派の中では俺と皇輝だけなんだ。
……みんなと離れるの、ちょっと寂しいな。
「るーる! 何考え込んでるの?」
突然、明るい声が聞こえてきた。
……あっ。
「あ、帝耀。ううん、大丈夫だよ」
「そっか!」
帝耀は、いつもどおりにこっと笑った。
……うん。
帝耀は本当に明るいなぁ。
なんだか、見ているだけで少し元気になってくる。
……でも。
実は、その帝耀のことも心配なんだよね。
というのも。
帝耀は、莉玖翔と同じ組で走ることになっている。
つまり、二人は競争相手。
…………。
……まずい。
これは、確実にまずいよ。
帝耀と莉玖翔って、普段から何かと張り合ってるんだもん。
そんな二人が、徒競走で直接勝負するなんて……!
……ううっ。
何も起こらないといいなぁ。
それから、もう一つ心配なのが……。
圭と遼と明日夏が、同じ組で走ること。
……なんで!?
なんで、よりによって三人も同じ組なの!?
同じクラスの男子が三人も一緒に走るなんて、それだけでも珍しいのに……。
しかも、圭と遼と明日夏。
…………。
……絶対、何か起こりそう。
いや、まだ決めつけちゃ駄目だけど!
でも……。
……うーん。
やっぱり心配だなぁ。
「るる〜!!」
また、声が聞こえた。
振り返ると、蓮がこっちに歩いてきていた。
「最近、運動会の練習ばっかで授業潰れるからラッキーだよね〜! 今日は徒競走だって〜!」
……あはは。
蓮は、いつも楽しそうだなぁ。
確かに、授業が減るのは嬉しい人も多いだろうけど……。
俺は、どっちでもいいかな。
……って。
「……って、るる!?」
蓮が、突然目を丸くした。
……えっ?
何!?
「俺も聞いてみたんだけど、大丈夫って。絶対大丈夫じゃないよな」
帝耀が、困ったように言った。
……ええっ!?
ちょっと待って!
「るる、どした〜?」
蓮が、不思議そうに俺の顔を覗き込む。
…………。
……え!?
ほんとに何もないよ!?
いや、ちょっと考え事はしてたけど……。
そんなに心配されるような顔してた!?
「別に俺、ほんとに大丈夫だよ!? 逆になんで!?」
「いや、なんか……珍しくすごく考え込んでる気がして……」
帝耀が、少し心配そうに言った。
……ああ。
そっか。
俺、そんなに考え込んでたんだ。
……でも。
理由は、なかなか言いづらいなぁ。
だって、みんなが揉めないか心配してるなんて……。
そんなこと言ったら、帝耀たちも気にしちゃうかもしれないし。
「もしかして走りたくない〜? サボっちゃう?」
蓮が、いたずらっぽく笑った。
「ええ!? そんなことない! 頑張る!」
俺は、慌てて首を振った。
走るのが嫌なわけじゃないんだよ!
足が速くないのは確かだけど、ちゃんと頑張るつもりだし!
「いいの〜? まあ、るるがいいならいいか!」
蓮は、楽しそうに笑った。
……うん。
ありがとう。
心配してくれたのは、嬉しいよ。
「前半と後半で分かれるのか! じゃあ、るる、頑張って!」
帝耀が、元気よく言った。
「ふぁいと〜!」
蓮も、手を振ってくれる。
「俺ら、行ってくるわ!」
「はーい! みんな頑張ってね!」
俺も、笑顔で手を振り返した。
……よし。
俺もそろそろ移動しないと。
前半に走る人たちは、先に集まることになってるんだよね。
……さて。
湊は、もう行ったのかな?
「…………」
…………。
……ん?
なんだろう。
今、すぐ近くで何か聞こえたような……。
ふと、横を見る。
…………。
…………。
皇輝!?
「ええ!? 皇輝!? びっくりした……!」
いつの間に!?
……いや。
もしかして、ずっといたの!?
ご、ごめんだけど……。
い、いたの!?
全然気づかなかった……!!
「……ずっといた……。……前半一緒……。……行く……?」
皇輝が、ぽつりと呟いた。
…………。
……あああっ!
ごめん!
本当にごめんね!!
俺、帝耀や蓮と話してる間、皇輝のこと全然見てなかった……!
……ううっ。
申し訳ない……。
「うん! 行こう!」
俺は、慌てて頷いた。
皇輝も、小さく頷く。
……よし。
前半の集合場所へ向かおう!
…………。
……でも。
皇輝って、本当に気配が薄いときがあるよね。
……いや。
薄いというか。
静かすぎるというか……。
普段はあんなに威圧感があるのに、こういうときは全然気づかないんだもん。
……不思議だなぁ。
―――徒競走・前半組―――
「あ! 湊!」
集合場所に着くと、湊の姿が見えた。
……よかった!
ちゃんといた!
「俺らも前半だから、一緒に頑張ろ!」
俺が声をかけると、湊がほっとしたような顔をした。
「あ、るる! よかった。るるも一緒で」
……ふふっ。
俺も、湊がいてくれて嬉しいよ。
同じクラスの人がいると、やっぱり安心するもんね。
……ただ。
湊の視線が、俺の隣へと移った。
「こ、皇輝もよろしくね……」
…………。
……あっ。
ちょっと緊張してる……?
「……よろしく……」
皇輝が、短く答えた。
…………。
……うーん。
皇輝、ちょっと怖いよ……!
いや、別に怒ってるわけじゃないんだよね。
皇輝は、普段からこういう話し方なんだ。
口数が少ないし、表情もあまり変わらない。
でも、湊は吉沢派の人とあんまり話さないから……。
そりゃ、緊張しちゃうよね。
……よし!
ここは、俺が何とかしないと!
「皇輝、もうちょっと柔らかく……! あ、笑顔笑顔!」
…………。
…………。
……あっ。
違う!!
笑顔じゃない!!
皇輝の笑顔は駄目なんだった!!
この前の騎馬戦の練習で、みんなが大騒ぎしたんだよね!?
太志たちまで悲鳴を上げてたんだよ!?
……やばい。
「ごめん、皇輝、やっぱ……」
慌てて止めようとした。
……けど。
もう遅かった。
皇輝が、ゆっくりと口角を上げる。
…………。
ニコ。
「ひっ……」
湊が、小さく悲鳴を上げた。
…………。
……あちゃ……。
やっちゃった……。
……ごめん、湊。
俺のせいだ……!
皇輝も、別に悪気はないんだけど……。
……いや、本当に。
何で皇輝の笑顔って、あんなに怖く見えるんだろう。
本人は、普通に笑ってるつもりなんだよね……?
……うーん。
不思議だなぁ。
でも、今はそんなこと考えてる場合じゃない!
「み、湊、ごめん……!」
俺は、慌てて声をかけた。
「皇輝、笑顔だ・け・は苦手なんだよな……! でも、普段はそんなに怖くないから、安心して大丈夫!」
……そう!
皇輝は、いつもこういう感じだけど、怖いことをするわけじゃないんだよ!
同じクラスなんだし、せっかくなら仲良くしたい。
……だから。
「それに、俺もいるから! みんなで仲良く頑張ろうね……!」
俺は、できるだけ明るく笑いかけた。
……ううっ。
お願い!
これで安心してくれないかな……。
み、みんなで仲良くしたいのに……!!
「う、うん……!」
湊が、少し緊張しながらも頷いてくれた。
……よかった!
とりあえず、ちゃんと返事してくれた!
これなら、少しずつ仲良くなれそう……!
そう思った、そのとき。
「……俺は別に仲良くしたいわけじゃない……」
…………。
…………。
…………。
こ、皇輝っ!!!
ちょっと待って!?
何言ってるの!?
今、俺が一生懸命、場の空気を和ませようとしてたところなのに!!
「えっ……あ、ごめんなさい……」
湊が、申し訳なさそうに目を伏せた。
…………。
あああああ!!
湊、謝らないで!!
悪いのは湊じゃないよ!!
というか、何で湊が謝ることになってるの!?
「皇輝!!!!」
思わず、大きな声が出た。
「湊、ごめん……。皇輝! ちょっと……!」
俺は、皇輝の方に向き直った。
……もう!
いくら何でも、今のは駄目だよ!
「なんでそんなこと言うんだよ!」
俺が問いかけると、皇輝は少しだけ目を伏せた。
「……るるは、あっちの人にも優しすぎる……」
…………。
……ああ。
そういうことか。
皇輝は、俺が湊に優しくしているのが気になるんだね。
……でもさ。
湊は、別に何も悪いことしてないじゃん。
俺たちと湊たちは、普段から何かと対立してるけど……。
だからって、話しちゃいけないわけじゃない。
同じクラスなんだし。
同じ運動会に出るんだし。
……それに。
俺は、みんなと仲良くしたいんだよ。
吉沢派のみんなのことも大好きだけど。
だからって、ほかの人に冷たくしたいわけじゃない。
……ううん。
そんなこと、したくない。
「だからって、怖がらせないであげてよ!」
俺は、はっきりと言った。
皇輝は、しばらく黙っていた。
…………。
……怒っちゃったかな。
いや、でも。
今のは、ちゃんと言わなきゃいけないことだったと思う。
皇輝は、いつもあまり話さない。
だから、何を考えてるのか分かりにくいところもある。
……でも。
きっと、話せば分かってくれるはず。
「……分かった……」
皇輝が、静かに答えた。
そして。
「……るるの頼みなら……」
…………。
……えっ。
……そ、そっか。
……よかった。
とりあえず、分かってくれたみたい。
……ふぅ。
ちょっと安心した。
でも……。
なんか、皇輝、今日よく喋るなぁ。
普段は、こんなに自分の考えを口にすることって少ないのに。
……やっぱり、ほかのみんながいないからかな。
帝耀も、蓮も、華人も、太志も、圭も、海斗も。
いつもなら、誰かが先に話すもんね。
でも、今日は俺と皇輝だけ。
だから、皇輝も自分の気持ちを言いやすいのかもしれない。
……だったら。
せっかくなんだから、仲良くしてくれたら嬉しいな。
「湊! ほら、皇輝!」
俺は、二人の顔を交互に見た。
皇輝は、一瞬だけ黙っていたけれど……。
「……悪かった……。……よろしく……」
ぽつりと、そう言った。
…………。
……!
謝ってくれた!!
皇輝が!!
……いや、謝ること自体はおかしくないんだけど!
でも、ちゃんと湊に向かって謝ってくれたことが嬉しくて……!
「あ、う、うん! よろしくね!」
湊も、少し驚いたように答えた。
……よかったぁぁ……!!
何とか、仲直りできた……!
いや、まだ二人がすっごく仲良くなったわけじゃないけど……。
少なくとも、さっきよりはずっといい雰囲気だ。
……うん。
これで、少し安心して走れそう。
それにしても……。
…………。
ここに蓮と華人と圭と太志がいなくて、本当によかった……!
もしいたら、どうなってたんだろう……。
考えるだけで、ちょっと怖い。
きっと、俺一人じゃ止められなかったかもしれない。
……ふぅ。
とりあえず、今日はこれでよし!
徒競走の練習も、ちゃんと頑張らないとね。
……あ。
そういえば。
まだ、走ってすらいなかった。
…………。
今日の練習、始まる前から疲れちゃったよ……!!
〈81時間目・終〉




