番外編 家を出た理由と本能
人は何故生まれ死んでいくのか
そんな哲学者が考えるであろう事が頭によぎる。
子孫を残すため?
いずれ途絶えてしまうのに?
楽しむため?
その楽しみはいずれ終わってしまうのに?
これは答えがない問であることは理解している。
神がそういう風に創造したからだ。
私はそう考えている。
なら我々吸血鬼は何のために生まれたのか
神がそう設計した?
なら神は相当クレイジーだ。
他者を食べなければ生きていけない長寿の生き物を創造したのだから
産まれた時の事を覚えている?
ほとんどの人間はNoと答えるだろう。
私は覚えている。
何を馬鹿なと言いたいだろうが事実なのだから仕方ない
それが二度目の生なのだからなのか私には分からない
そう二度目の生
前世と言っていいのか分からないが私には生まれる前の記憶が存在していた。
一度目の生は普通の女の子だった。
ほどほどに恋をしてほどほどに失恋をしてほどほどに結婚してほどほどに子供を残し死んでいった。
普通の人生だ
だが悪い人生ではなかった
そう記憶している。
……記憶していなければよかったのに
いっそなにも知らないのならそれの方が幸せだった。
……さっき私が産まれた時の事を覚えていると言っただろう?
これこそ覚えていない方が良かった
忘れたい事ほど人間は覚えているものだ。
例えば初めての失恋とか初めての喪失。
そして初めての死
死は普通経験しないだろう
だが私は最悪の二度目の生だ
つまり私は死を知っている
これがどれほど最悪か
他者には理解できないだろう!!
すまない言葉が強かったね
とっととこの話を終わらせてしまおう。
辛い話はとっとと話して酒を飲んで忘れてしまうに限る。
私が産まれた時感じたのは渇きだった。
ここはなんだという疑問や動揺より前に渇きが訪れた。
喉の渇きとは違う
何というか何かが足りない
そう魂が語りかけてくる感じだ。
そしてその後すぐに感じたのは渇望だった。
何を求めているのかその時は理解できなかった
だがそれはすぐわかることになる。
新しい命が産まれ、扉が開き最初に現れるのは普通父だろう。
それでなくても家族。
私の一度目の記憶にはそれが記憶されていた
だが私の前に現れたのは一人の女
絶世の美女と言っても過言ではない。
紅い髪 綺麗なルビーのような瞳
そしてグラマラスなボディ
私が男の子だったら興奮していただろう。
まぁ、今思い返すと女の私でも興奮するのだが……その時はそれよりある感情が勝った。
それは渇き
母はその欲求を感じ取っていたのか知っていたのか
私を手から離す。
普通の親ならあり得ない
産まれたばかりの子供を離すなどと
だが母は普通の親では無かったし私は普通の子供でもなかった。
私は母の手を離れた瞬間飛んでいた。
比喩表現ではなくリアルに
今思うとすげぇ衝撃的事態なのだがその時は驚きはしなかった。
美女は驚き震えている。
当たり前だ
産まれたばかりの子供がいきなり飛んでるんだからシャブでもやってないとそんな光景見ない。
私はゆっくりとした足取り?飛んでいるから羽取りか
で美女へと近づく。
彼女は当然そんなわけが分からない赤子から逃げたかっただろう。
だが扉は開かない。
そして足も動かない。
彼女は必死に助けを求めていた。
だがそれもすぐに止まった。
彼女は理解したのだ
これから起こることをそしてこの赤子の正体を
「吸血鬼……」
彼女は絶望した声でそう呟く
その言葉が発せられる瞬間には私は彼女の元へと到着していた。
そこから私はその美女の胸元へダイブ
残念な事にその感触は飢えが勝り覚えていない。
彼女は必死に私を振り落とそうとするが私は離れない。
そして私の中である願望が産まれた。
これが本当の産まれて初めての最悪な出来事の始まり。
血を飲め
血を欲せよ
弱き供物を喰らえ
そう心が、いや本能が訴えかけてくる。
その時私は私を苦しませて来た飢えが何であるかと理解した。
これは血に対する飢えなのだと
私は必死に抵抗しようとした。
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ
だが私が彼女にしがみついている手を見たとき……滴る血の跡
恐らく私の離れまいとする力で出たものだろう
そこで私は理性を失った。
そこからの私はまさにモンスター
ただ血を貪り養分を得ようとする化け物
彼女がどれだけ助けを求めても抵抗してもそれにはもう通じない。
その光景を見ていた母は喜んでいたという。
なんていう母だ。
いや、これは正しいのだろう
何故なら私達は吸血鬼
血を求める生き物なのだから
私が正気に戻ったのは彼女を食べきった後だった。
エッチな意味ではない。
そしてカニバリズム的な意味でもない。
分かりやすく言うなら飲みきったの方がいいのか?
彼女はミイラのように干からびていた。
その彼女をみて私は絶望する。
私はなにをやってしまったのか。
何故彼女の命を奪ってしまったのか
そしてどれだけの苦痛だったのか
私は死ぬときの苦痛もわかっている
そんな私が最悪に彼女を苦しめる殺し方をしたのだ。
当然自分を責めた。
だがその行いを正当化する自分もいた。
本能なのだから仕方ない
吸血鬼なのだから仕方ない
私はただ食事をしただけ
確かに普通の吸血鬼からしたらそうなのかもしれないが私は前世の記憶を持っている。
私はこの時どれほど前世の記憶を呪ったことか。
知らなければよかった。
無知ならばこんな苦しみは……
そう考えてしまう自分に嫌悪した。
そして私は泣いた。
母は私の泣き声を勘違いしたのかこう告げる。
「あらもうお腹空いたの?えぇ沢山食べることは良いことよ この子は良い吸血鬼になるわ
ラインハルト 次を入れて頂戴」
「あぁそうだな 私も嬉しいよ サーニャ」
どこからともなく声が聞こえる。
この声が父の声だと知ったのはもう少し後
その声が誰かと考える余裕は無かった。
次と聞いた時私の脳裏をよぎったのは悪魔だった。
もっと食べたい もっと飲みたい もっと悲鳴を聞きたい
私は必死に抵抗しようとした。
今度こそ!!
悪魔には負けない!!
そう思ったが血の誘惑はそんな精神論でどうにかなるものではなかった。
これが私の初めての記憶
最悪な記憶。
本能は何故血を求めるのか?
彼女等の死は何だったのか?
意味ある死だったのか?
そもそも生きるとは?
私には分からない
だから私は答えを知りたかった。
だから私は家を出た。