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7 フェリポー・ジャンの魔獣、灰色猫。

「本当に、宜しいのでしょうか」

《勿論よ》


 魔獣は勿論、聖獣にすら貴族は近寄る事が禁じられていた。

 魔法は貧しい者の為、力無き者の為に存在している。


 貴族は獣にすら、決して触れてはいけない、と。


「では、失礼致します」


 シャルロット様は、有翼の馬、聖獣種のペガサス属でらっしゃる。

 色は芦毛に灰色の斑模様、手足や背に付いた大小の8枚の翼にも同じ様に灰色の斑模様が有り、人里に於いて最も機動力の高い守護聖獣でらっしゃるそうです。


《どうかしら?》

「大変筋肉質でらっしゃるのに柔らかく、靭やかで美しい、筆舌に尽くし難い肌触りです」


《ふふふ、ジャンの魔獣はもっと心地良いわよ》

「そうなんですね」

《どうぞ》


「まぁ」


 ふわふわな長毛種で、灰色の縞々模様の子猫。

 モールパ次期侯爵の手の上に、こじんまりと乗ってらっしゃる。


「我は魔獣種、チェシャ猫属、灰色猫だ」

「アントワネット・マリーと申します、宜しくお願い致します」


《どうぞ》


 瞳は綺麗なエメラルドとペリドットを混ぜた様な色、本当にふわふわで。

 柔らかくて、軽そうで。


「遠慮は要らない」


「では、失礼致します」


 ふわふわ。

 さらさら、すべすべ。


 まるで羽毛。


「どうだ」

「羽毛の様に飛んで行ってしまいそうですね」


「顔を(うず)めて構わんぞ、ジャンも良くやる事だ」


「顔を、(うず)める」


 モールパ次期侯爵のお顔が、真っ赤に。


「ほれ」


 大きくなって下さると、ゴロンと仰向けになられ。


「失礼、致します」


 シャルロット様の上で、灰色猫様を持ち上げ、お腹に顔を埋めると。

 まるでお日様の匂いがして、得も言われぬ心地に。


「どうだ」


「得も言われぬ心地に、お日様の香りが致しました」

「そうだろう、猫と言えば月だと言うのに、日の香りがするそうだ」

《私達には猫臭いだけだけれどね》


「モールパ次期侯爵が羨ましい限りです」

《なら得たら良いじゃない》

「我の種は能力が限られている、例え得ようとも大した力とはならないだろ」


「なのに何故なのですか、モールパ次期侯爵」

《いや、こう》

「我の触り心地に魅了されぬ者は殆ど居らん、コレが幼い頃に出会い、以来の付き合いだ」


「羨ましい限りです」

「では仲間を紹介してやろう、まだ幼いがな」

《じゃあこのまま向いましょう》




 アントワネット女史は、今まで見せた事も無い様な笑顔に溢れ、感嘆の声を上げ続けた。


「まぁ、まぁまぁ、何て可愛らしいの。あら、まぁ、ふふふ」


「数年に1度、2匹を産み、寿命は人と共に存在するのみ。能力にも脅威となるモノは存在せず、専ら愛玩用だ」

「野に降りたくなる事は無いのですか」


「野には危険が潜んでいる、必ずしも餌が有るとも限らぬし、何よりコレは手間が掛かる」

《こうして、定期的なブラッシングが必要となります》

「手間だなんて、寧ろご褒美ですわ」


「そう言っていられるのも最初のウチだ、我々には換毛期が存在している」

《私でもよ、定期的に水浴びをしないといけないし、塩を必要とするの》

《速く走るには野生種でも必要とします》


《新鮮なニンジンに塩をまぶしたモノって、本当最高なの》

「美食家でらっしゃるんですね」

「我は肉だ、新鮮な肉を丸茹でし、各内臓を添えたモノ。(ウズラ)が最高位だろう」


「庶民の費用で賄えますでしょうか」

「何故庶民になりたがる」


「私の様な」

「コレより下位だと思っているのか」


「はい、勿論です」

「ではマクシミリアンはどうだ」


「ロベスピエール様も、分別を弁えた優しい方、私の様な者にも親切に」

「ではココに、自身より下位の貴族が居るワケが無い、と」


「はい、勿論です」

「ジャン、紹介してやりなさい」

《お茶会、ジャンの補佐をお願いねマリー》


「え、あ、はい、私で良ければ、喜んで」

《はい、宜しくお願いします》




 モールパ次期侯爵とロベスピエール副団長の婚約者候補、及びご友人候補の方々を集めたお茶会。

 各国からお集まりになるそうで、寧ろ私は単に学ばせて頂くだけ、になってしまいました。


『本日はお集まり頂きありがとうございます、どうか楽しんでいって下さい』


 殆どの方は、ロベスピエール副団長へ。


 無理も有りません、モールパ次期侯爵はもう21、なのに婚約者すらいらっしゃらない。

 ロベスピエール副団長でさえ、婚約者が決まってすらいないのは大問題。


 余程の事情が無い限り、何かしら問題が有る方と思われても仕方の無い事。

 非常に、由々しき自体なのです。


「モールパ次期侯爵、どの様なご事情が有ったのですか」


《分析される事に怯え、情愛を疑ってしまう、だそうです》

「コレは学園に通っていたが、王子や王太子の相手を見繕う役だったのだよ」

「あぁ」


 思わず納得してしまいましたけれど、彼の悪い所は見当たらない。

 一体、何故なのでしょう。


《もし私に、アナタからしても明らかに、問題が有るようでしたら》

「いえ、今の所は何も、ご自身では何が問題だと思われてらっしゃるのですか?」


《情愛を疑われてしまう事に関しては、納得はいっていません》

「ですよね、貴族なのですから情愛は二の次、選ばれたなら夫婦として添う他には無いのですしね」


《ココでは、十分に情愛も考慮されます》


「あぁ、出来た方々ですものね。失礼しました、不勉強でして」

《いえ》

『ジャン、この素敵な方をご紹介して下さらないかしら』


《コチラはロフシュコー伯爵家のエレオノール嬢、コチラは怠惰国が使者アントワネット・マリー女史です》

『あら爵位は無いの?』

「コチラでは、はい、向こうでは父が伯爵家を務めさせて頂いております」


『そうなの。ねぇジャン』

「モールパ次期侯爵、ご友人程、お相手は選ばれた方が宜しいかと」


『何よアナタ』

「気安く異性に触れてはアナタの品位を疑われてしまうわ、それともココでは問題無い事なのでしょうか」

《いいえ》


「ではモールパ次期侯爵も、如何に避けるか練習が必要そうですね。では、失礼致します」

『言い逃げなんて卑怯よ!』


「上流に嫁がれるのでしたら、決して声を荒げてはならない。ましてや表情を崩してはならない、違いますかモールパ次期侯爵」

《はい、おっしゃる通りです》


「アナタはまだ若い、今から幾らでもやり直せます、どうか周囲の者のお言葉を良くお聞きになって」


『何よ!アナタだって』

「例え庶民であれ!手を挙げる事ははしたない行為ですよ!!お控えなさい!!」


 私が立ち上がると、直ぐにモールパ次期侯爵が立ち塞がって下さった。

 流石です。


『何よ、まるで私が』

《今日はもうお下がり下さい、ロフシュコー伯爵嬢》

「あら、親しい方では無いのね、安心しましたわモールパ次期侯爵」


《お見苦しい所をお見せ致しました》

「いえ、まだお若いのですから、不慣れな事がお有りでも仕方の無い事かと」

『そうやって、年寄り臭い言い方で私を馬鹿にして』


「その年寄りが居なければアナタは産まれていなかったかも知れない、そのドレスも年寄りが居なければ無かったかも知れない。全ての先達を敬えとは申しませんが、苦言を呈する者を全て廃しては、いずれアナタも廃されてしまいますよ」

『脅す気!?』


「あら、この程度が脅しになるだなんて、相当に思い当たる節が有るのかしら」

『何よっ』

《ロフシュコー伯爵嬢、お下がり頂けなければ、憲兵をお呼びする事になりますが》


『呼んでみなさいよ!!』

《憲兵》


 そしてご令嬢は、暴れながらもご退場なさった。

 一体、コレは何の舞台だったのかしら。



《失礼致しました》

「いいえ、とても面白い余興でしたもの。ただ、何故あの方は演技をなさったの?」


《お分かりでしたか》

「ええ、途中からですが。殴る事に躊躇いが有りましたし、何より私個人を攻撃なさらなかった、下世話な者はもっと品が無いのです」


『残念、まだまだでしたわね』

《ロフシュコー嬢》

「何故なのでしょう、私には全く分かりませんでした」


『私、庶民になりたいの、庶民の方に惚れてしまったの』

《そうだったのか》

「あら、お知り合いでしたのね」


《元、婚約者です》

『ごめんなさい、こう鉄仮面な所も嫌で、ギリギリまで利用させて頂いたの。だって真実を言ってしまったら、引き留められてしまうもの』

「そうでしたか、やはりこの国の方は賢明でらっしゃる方ばかり」


《はぁ》

『何よ』

「ココの愚か者を見せる手筈だったんだ」


『あら、お久し振りね灰色猫さん。なら私のお茶会に来なさいよ、幾らでもお見せして差し上げるわ』

《そうか、助かる》

「何故です?何かご事情が有ってそうしてらっしゃる方々なのでしょう?」


『ふふふ、成程、そう言う事ね』

《あぁ、頼めるだろうか》


『勿論よ、じゃあ近日中に、お詫びのご招待をさせて頂くわ』

《頼んだ》


『では、また』

「あ、はい」

《あぁ》


 気が付くと徐々に我儘になっていき、破棄せざるを得なくなった。

 その真意を、私は全く見抜けなかった。


「本当に、勿体無い方を逃されてしまわれたのかも知れませんね」


《かも知れませんが、もう既に、興味を失っていましたので》

「アナタ様の為に、そう準備なさっていたのですね」


《はい、かも知れません》


「ふふふ、謙遜なさらなくても良いんですよ」

《いや、真意を見抜けなかったのは事実です》


「益々、逃した魚は大きい、ですね」

《かも知れません》


「何でも練習です、私も冷血女だ鉄仮面だと言われていましたけれど、何とか寵愛を頂けるまでになれましたもの。きっと、モールパ次期侯爵なら、どんな方のお気持ちも奪えますよ」


《ご指導、頂け》

「いえいえ、ロフシュコー伯爵令嬢と言う身近な方が居られるのです。大丈夫、次も付き添いをして下さいますよね」


《はい》

「ありがとうございます」


 この時のアントワネット女史の考えを、全く読めてはいなかった。

 単なる老婆心だろう、興味が湧いてくれたのだろう、と。

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