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15 アントワネット・マリーと言う犠牲。

「あの、以前にもお伺いしようと思っていた事なのですが。コレをお伺いしてしまうと、後に引けなくなってしまいそうなので、慎重にお答え頂けますでしょうか」


《喜んでいる顔が好きだ、嬉しそうな顔を》

「あー、あー、私は、以前の私とは、かなりかけ離れて」


《以前の君とは確かに違う、けれどアントワネット・マリーを愛しいと思っている》

「あー」


《そう赤くなってくれている事が嬉しい》

「んー」


《食べ物を美味しそうに頬張る姿も》

「ひー」


《君に苦労を掛けたく無い、君を幸せにしたい》


「でも、私は、帝国の方々より」

《なら君は生まれや立場で選ぶのか》


「それは、でも、貴族なら」

《なら宰相候補は降りる》


「えっ、ダメですよ勿体無い」

《まだマリーは若い、それに補佐も居るだろう》


「まぁ、補佐を頂けてはおりますが」

《私の何処がダメなんだろうか、教えてくれないか》


「優秀な方だからです、私にはあまりに勿体無いのです」

《どうにか傷物になるか》


「ダメですってば」

《マリーしか受け取り手が無い様にするしか無いだろう》


「もー、何故なんですか、どうして今の私なんですか?」


《好意に気付くのが、本当に遅過ぎたんだ》

「そ、そうでは無くてですね」


《例え昔のマリーに戻ったとしても、私は同じ気持ちのままだ。君はアントワネット・マリー、どう変わろうとも本質は変わらない、君が良いんだ》


 お腹の辺りが温かくて。

 嬉しいなと思ってしまい、お断りの言葉を沢山用意していた筈が、全て使い物にならなくなってしまいました。


 この方は、幾つかの人生を経験してらっしゃるのに、とても大人げないのです。

 貴族であるなら、将来の職務を放棄なさるだなんて、実にあるまじき行為。


 けれど、私に何も押し付けないのです。

 とても甘やかされ、大切にされている。


 疑いようも無い程、愛されている。


「以前の私に、申し訳無いのです。とても頑張ったのに」

《だからこそ、こうした今が有るの、何も無駄では無かったのよマリー》


「アシュタロト様」

《焼き立てのパイを食べに行きましょう?リンゴのパイよ》

《アシュタロト様》


《あらアナタ居たのね、一緒に如何?》

《はぁ》

「あ、フェリポー様も」


《あら、まだフェリポー呼びなのね》

「そ、違うんです、あまりに申し訳無くて」

《私は、いっそパイ職人になるべきだろうか》


《そうかも知れないわね》

「ダメです、ご公務をなさって下さい」

《だがパイに目が無いだろう》


「だって手間が凄いんですよ、魔法無しでは絶対に家庭で作るのは無理な高級料理なんです。分かりますか、バターの層を」

《修行先の見学に如何?》

《そうさせて頂きます》


「食べるだけですよ食べるだけ、専門家に任せて下さい、良いですね?」

《考えておく》

《では、行きましょう》


 私はまだ15にもなっていない、か弱く幼い単なる令嬢です。

 この方に本気で口説かれてしまうと、どうしても慌ててしまうんです。


 分かりますか。


 ずっと嬉しそうなんです。

 私が生きているだけで嬉しい、そんな蕩けた顔をなさるんですから。




『全く、最初からこうしていれば良かったのよ』

《本当、好きだからって突っ走り過ぎよね?》

「まぁ、既に泡と消えた過去の事だ、幾ばくか水に流してやろう」

《是非、そうしてくれると助かる》


 私のマリーの故郷は、周辺諸国への農地改革研修への派遣以降、一気に民の数を減らし。

 意地汚い貴族だけが残り、不意を付いた帝国の侵略により、完全無血開城。


 国を真の王族へ返還するに至った。


『やっぱり、根回しって大事よね』

《あ、おめでとう、口説き落とせたのよね?》


『そうなの、やっとよ』


 以前の私なら、如何に自らを貴族落ちさせるか、そう躍起になっていたらしいけれど。

 貴族位を捨てるのは勿体無い、けれども貴族になろうとは思わない、惚れた方はそう仰った。


 勘を大切にし、素直で裏表の無い方。


 そう、亜人なの。

 牧場で羊を育てる犬の亜人、人種とは違い裏表が無くて素直で、耳と尻尾がとても可愛いの。


 結局、私に婿入りして下さり、私が分家の当主となった。

 休日は私が牧場へ、通い妻。


 平日はマリーの補佐。


 だって、私が居ないと直ぐに口説かれてしまいそうなんですもの。

 せめて16才迄は、守ってあげないと。




『じゃあ、お子様達にも宜しくね、シャルロット』

《ええ、またねエレオノール、ジャン、灰色猫さん》

《あぁ、また》

「またな」


 私も以前とは違うらしく、早々に結ばれたの。

 お兄様が私にも依存している事は分かっていたわ、でも私はどちらかと言えば長命種、お兄様の気が済むまで甘えさせていたのだと思う。


 けれど、誰の為にもならないのよね。

 いつかは家族から巣立って、新しい家族を作る、それが本来の姿。


 私、ジャンの気持ちが少し分かるの。

 頼られるって、とても安心してしまうし、嬉しいのよ。


 しかも道標なら尚更。

 頼って頼られて、満たされる。


 でもそれ、本当は家族で成すべき事なのよね。

 新しい家族と成すべき事、肉親とは単なる馴れ合いにしかならない。


 以前は不健全で不健康だった、けれど問題が無いから無視していた。

 でも、私達には問題が無くても、人種には大問題。


 だって直ぐに勘は使い物にならなくなってしまうし、状況は複雑。

 お洒落をするにしても、部位と種類が豊富だし、出来無ければならない事が多い。


 私は早く走れれば良いだけ。


 嘗て人種は、魔獣や聖獣になりたがった。

 凄く良く分かるわ。


 だって見てるだけでも、とても面倒そうなんですもの。


『ただいま』




 人とは実に恐ろしいんだ。

 獣以上に復讐の内容は手が込んでおり、拷問の数たるや幾多も編み出し、その憂さの晴らし方は種族随一。


『以前の僕は、正しく怒るべきだった。アントワネット・マリーには半ば八つ当たりだったのだと思う、利用し傷付け、憂さを晴らした』


『い、一体、誰の事だ』

『幾度ものやり直しの前の、ココの王妃だよ、帝国宰相の息子が惚れる程の出来栄えだった。だと言うのに君達は処刑したらしい、時に不貞を偽装し、時に側室への暗殺容疑を偽装してね』


『やり直しだと』

『そう、君達が隠匿していた宿星や星の子、アントワネット・マリーは嘗て宿星だった』


『どうか私にもやり直しを!!』

《イヤよ、愚か者のやり直しって、大した変化が無いのよ。毎回、似た様な事を繰り返すだけ、志が低いと凄くつまらないの》


『で、ですが、私は国の為、ただ伝統を』

『悪しき伝統を打ち破るのも王族の仕事なんだよ、いつどの機会に打ち破るか、決めるのは王族』


 僕は重責に歪んでいた。

 以前は歪みからアントワネット・マリーを傷付けた、幸福を願えず利用した。


 良く分かる。

 王族だから、重責が有るのだから、少し位は好きにして良いだろう。


 良く分かるよ。

 だからこそ、そう甘えていた自分が憎い。


 だからこそ君達がとても憎い。


『どうか、命だけは』


『知ってるかい、裸の王様と言う物語、アレは最高に平和な拷問だよね』

『あの程度の事で済むなら、幾らでも』


『はぁ、以前のアントワネット・マリーなら、きっとそんな風には阿らない』


 王族を支える為の高位貴族、婚約者、王妃や国婿。

 アントワネット・マリーは、本当に良く王族を支えてくれていたのだと思う。


 だからこそ、この国は瓦解するに至った。


 僕は至るべきだった。

 アントワネット・マリーと言う犠牲を出さずに、真の王族を復帰させる、そうした気概を持つべきだった。


 不完全な王族に蹂躙されたままの国を放置する事を許せない、そう思うべきだったと言うのに。


 今は少しだけ、ジャンを恨んでいるよ。

 どれだけ僕を甘やかしたのだろう、と。


『どうか、命だけは』

『じゃあ命だけ、ね』




 私は、純真さや無垢なるモノを好む傾向に有るらしい。


 マクシミリアンからは、無垢さに執着しての甘やかしだったのでは、との指摘を受け。

 ロフシュコー準男爵からは、マリーに惹かれたのは貴族が失いがちな純真さを持ち続けていたからだろう、と。


 今なら、良く分かるが、私は幼かった。


「わぁ、凄い、ふっくらでパリパリ」

《どうぞ》


「切るのが勿体無い、凄いのよパパは、コレはとても手間が掛かるの」

『なんでおしごとにじかんをつかわないの』


「それはね、コレはパパの趣味なの」

『しゅみ、すきなの?』

《マリーが喜んでくれるからね》


『ママがよろこぶことがしゅみ?』

《あぁ、そうだね》

「あ、お腹を蹴られたわ、早く食べさせなさいって」


『わたしがきりわける!』

《じゃあ手伝わせてくれるかな》

「2人で切ったパイなら、きっと凄く美味しいわね」


『しかたない、てつだわせてあげる』

《ありがとう》


 純真無垢なる者を守るのは当然の事。

 義務ですら無い、酷く当たり前の事。


 けれど以前のアントワネット・マリーは、守る事すら許さなかった。

 そこで私は思考が止まり、動けなくなっていたと今なら分かる。


 守られる事を当然とし、そう振る舞われる事に慣れ。

 アントワネット・マリーの高潔さに立ち竦んだ。


 手の差し伸べ方が分からなかった。

 救い出す手立てが見付からなかった。


 けれど、今なら分かる。


『ごちそうさまでした』

「はい、ごちそうさまでした。ご本を読んだら歯磨きよ」


『うん、はい』


「もー、また涙ぐんで、今日は何?何を思い出したの?」

《何度でも、君の為ならやり直すよ、何度でも》


「十分よ、とっても十分。ありがとう、私を助けてくれて」


 正しい道筋を歩めていたら、アントワネット・マリーを幸福にするだけで良かった筈だった。


 ただ人は簡単に道を間違える。

 大きな問題は、小さな間違いの積み重ねにより引き起こされる。


 あの時は既に、アントワネット・マリーの力だけでは変えられない道筋だった。

 けれど悪魔が手を差し伸べた、最小の犠牲、最大幸福値を求めて。


 人種は甘やかされている。

 悪魔により、こうして大切に生かされている。


《ずっと幸せでいてくれ、マリー》

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