14 過去世。
「あの、コレをお伺いしてしまうと、何だか後に引けなくなってしまいそうなので」
《紹介したい相手が居る》
「やっとか、我は魔獣種、チェシャ猫属の灰色猫だ」
「あぁっ、なんてふわふわな体毛」
「触れるが良い、遠慮は要らない」
「失礼致しますっ」
ふわふわ。
さらさら、すべすべ。
まるで羽毛。
「顔を埋めて構わんぞ、ジャンも良くやる事だ、ほれ」
「失礼致しますぅ」
本当にお日様の匂いがする。
ふかふか。
もふもふ。
「どうだ」
「国で禁じられていた意味が分かった気がします、コレでは人より猫です、何事も投げ出して触り続けてしまいます」
「我の触り心地に魅了されぬ者は殆ど居らん、コレが幼い頃に出会い、以来の付き合いだ」
「羨ましい限りです、本当に」
「では仲間を紹介してやろう、まだ幼いがな」
『ふふふ、さ、コチラへどうぞ』
もう1度見たかった笑顔、それ以上の笑みだった。
「ぁあ、どうしてこんな、何て事。あぁ、小さい、どうしましょう」
《私は、その笑みが見たかったんです》
「あ、すみません、つい。何故、泣いてらっしゃるのですか、どうされたのですか?」
《アナタの笑顔が見たかった、随分と遠回りをしてしまいました》
「以前の私も、こんなに猫が好きだったのですね」
《悲しい程に、我慢してらっしゃった、苦労なさっていたのに、私は》
「今の私はさして苦労しては居りませんからね、寧ろ申し訳無い程、良くして頂いて」
《そう願っていたんです、アナタに苦労を背負わせたく無かった、素直に喜んで頂きたかった》
「凄く、私は敬われていたのですね」
《お慕いしていた事にも、私は気付けませんでした》
「ですがきっと、以前の私にも良くして下さった筈かと」
《嘗て、アナタは王妃でした》
「王妃、怠惰国のですか」
《はい》
「凄い、想像も付きません」
《お聞き下さいますか、過酷な道を選んだアナタの事を》
「はい、俄かには信じられませんが、はい」
《アナタのやり直しの始まりは、処刑寸前から、だったそうです》
私は王妃だったそうです。
そして不貞を捏造され、処刑寸前となった所、アシュタロト勲功爵にお助け頂いた。
そして次には王の戴冠式直後、不貞が捏造される前。
今の私と同じく捏造さえ無ければ、そう考えたものの、結局は側妃暗殺の捏造を被せられ処刑へ。
そこでも次を願った。
「あの、私は、愛されていなかったのでは?」
《そうよ、だからアナタの願いを聞いたの》
「あ、アシュタロト様?」
《ふふふ、直ぐに分かってくれるのね》
「お名前は、既にお伺いしていたので。知らなければ、確かに私は、女神様だと思ってしまっていたかと」
《例えば、アナタがいつも甘いお菓子を選ぶでしょう、でも今はキッシュを選ぶ。それだけで未来が変わってしまい、アナタは少し違うアナタとなる、どうかしら?》
「まぁ、はい」
《そうして嘗ては王妃の道を歩んだアナタは……》
王妃を諦めた。
けれど側妃としては問題無くとも、正妃として選ばれるべきでは無い者が選ばれ、根本的に問題が有ると気付き。
再び願い、再び王太子妃となり、子育てを終えたらしい。
けれど、次は農民による反乱。
そして死後も国を見守ったけれど、国そのものが滅んでしまい。
最後にと、再びやり直しを選んだ。
「そうして王様にもしっかり愛される様に頑張って、教育にも力を入れたけれど、ダメだったって」
《そう、そうなのね》
『あぁ、きっとそうなのだろう、ぁあ』
私達の子育ては間違えてはいなかった。
けれど、育てる場所を間違えていた。
やはり、あの国に未来は無かった。
あの歪んだ国には、いずれ滅ぶ定め。
「お母様、お父様」
『私達も、少し、話しをしよう』
帝国より使者が来た日。
私達に内々の知らせが届いた。
皇帝のお名前、そして宰相、フェリポー家のジェローム侯爵から。
嘗て、娘は宿星と呼ばれる転生者であった事。
詳細は伏せるが、このまま婚約者候補で居ては、いずれは不幸に見舞われると。
私は俄かには信じ難かった。
だが妻は、即座に信じた。
《やはり、この国は歪んでいるのです》
そして私達は以降、帝国の指示に従う事にした。
いや、正確に言うならば、本来の私達の育てたい様に育てた。
貴族に恥じぬ程度に教養を身に付けさせ、後は好きに過ごさせた。
『お前が好きな本はな、ジャン様が選んで下さったモノだ』
いつも、私達を、そしてお前の身を案じていた。
息災か、笑顔で過ごせているか、不自由は無いか。
《せめてアナタだけでも帝国へ、そう思っていた頃よ》
デビュタント直前に、お前を帝国の学園に入れる知らせが届いた。
私達は喜んでお前を送り出した、コレで命が助かるのだ、と。
「お父様も、信じてらっしゃったのですね」
『ジャン様に嘘を言う理由が無い』
《私達に何も指示は無かったの、ただアナタを健やかに育て、婚約者候補から外す事だけ》
お前さえ助かれば、そう思っていた頃。
やはり内通を怪しまれ、吊し上げられる寸前、使者としてジェローム侯爵が尋ねて来て下さった。
『お前が良い子だから学園に招いた、その程度で吊し上げる様では、たかが知れている』
《あの嘲りに、かなりの方が目覚めたのよ》
「そんなに怖い方でらっしゃるんですね」
『あぁ、流石宰相でらっしゃる、そう思っているとだ』
《私達を公的に保護して下さったの、あくまでも代理として、何処へでも送り届けると》
「そこまで」
『だが、そうしなければ私達は死んでいただろう』
《それだけ、あそこは根腐れを起こしていた、アナタが宿星だった事は真実よ》
「ですが、私は侵略を」
《それも民の為よ》
『私達は、お前に幸せになって欲しい、だからこそ婚約者候補にと推し進めた』
《少しはマトモな場所へ、けれど間違いだった》
『すまなかった、本当に、すまなかった』
少しでも幸せになって欲しい。
ただそれだけだった。
誰が愛しい娘を死地に追い遣りたがる。
誰が、娘の幸福を願わずにいられよう。
「何故、私はアナタにお腹を貸し出したのでしょう」
『僕は、ジャンに好意が有る、そう思い込んだままだったんだと思う』
「思い込み、ですか」
『もう知っていると思うけれど、僕は怠惰国の真の王族、その血族なんだ』
「えっ」
『あぁ、知らなかったんだね』
「はい、申し訳」
『ありがとう、以前の僕が君を傷付けたのに、こうして何事も無かったかの様に接してくれている』
「それは、今の私では無いですし、今のロベスピエール様でも無いのですし」
『僕は凄く納得がいったよ、ジャンが変わった日から僕が変わらずに居たなら、きっとそうしてしまっていただろうと思う』
「私、どうにも賢さが足りないのか」
『腹を貸したアントワネット・マリーは、幾度もの人生を歩んだ、その分だけ優しかったのだと思う。その優しさに僕もジャンも甘えてしまった、きっと以前の僕は、ジャンを取られたく無かったのだと思う』
「お立場的には」
『君の腹を介す必要は無かった、ジャンに女性化して貰うだけで良い筈が、敢えてアントワネット・マリーを巻き込んだ。諦めて欲しかったのだと思う、油断すれば君を娶られるかも知れない、そう察していたのかもしれない』
「あの、今は」
『君への想いを知っているからね、かなり諦める事が出来ているよ』
「すみません」
『女だったら良かったのに、そう考えてもみたけれど。そうなるとあまりに義務的で、きっと僕は何か騒動を起こしていたと思う、ジャンの情愛を確かめる為に』
「あの、何処を」
『真面目で律儀、冷静で我を抑える事が上手で、王族の僕にとってはこの上なく便利な相手。けれど、それが情愛なのか愛着か、依存かの区別は難しい。情愛だけだと思っていたけれど、早々に釘を打たれたんだ、相手を選んでいる限りは依存だってね』
「それは、致し方無いかと」
『良いの?僕に取られちゃうよ?』
「もし、フェリポー様が」
『そう、そこなんだよ、以前の僕は明らかにジャンの気持ちを無視していた。けれど、それって愛が無いよね、無さ過ぎる。本当に愛しているなら、自己の利益より、相手の幸福を願える筈』
今の僕なら、あのジャンを見れば応援するしか無いと思える。
けれど以前の僕は、きっと焦っていた、奪われない様に必死だった。
使えるモノは全て使い、ジャンを逃がさない様にした。
例え自身より不幸な相手だろうと。
王族と言う名の権威に寄り掛かり、思う通りに動かそうとした。
まぁ、今のジャンには無意味だけれどね。
「出来るだけ、相応しく」
『良いんだよ、君は君の為に生きるべきなんだから』




