13 回想録。
《好意を抱く理屈は分かるんだ、だが》
《はぁ、私には全く意味が分からないわ、エレオノール》
『本当にね、シャルロット姫』
「理屈で抑え込まれた勘は、全く役に立たなくなる、そう教えていたんだがな」
《あー、どうせいつか分かるだろう、ね》
『有り得るわ、そして終生、分かる事は無かった』
「だろうな」
《シャルロット》
《何度も言ってるじゃないの、一緒に居たいかどうかよ、一緒に居たいって事は繁殖したいって事だもの》
「アレが聞いたら泣くだろうな」
『そうね、その違いも響いてるのかも知れないわね』
《えー、私のせい?》
「いや、違いを無理に飲み込んだ結果だろう、知らぬウチに刺さった小骨が膿んでしまった」
『で、コレが甘やかすから。あぁ、分かる気がするわ』
《人種って、本当に大変ね、立場を考えないといけないのだもの》
『いっそ捨ててしまったら?』
《それを、マリーが喜ぶとは思えない》
《じゃあ何なら喜ぶのよ》
《それは》
《ねぇ、改めて尋ねるけれど、マリーの良い所をジャンはちゃんと理解しているの?》
《立場を慮り、弁え》
《もー、それこそ匂いとかよ、走っている姿が素敵だとか》
『笑顔が可愛いだとか食べてる仕草が可愛いだとか、何も無いならこのまま外野で居なさいよ、邪魔』
「あぁ、だな」
《問題無く、愛されるべきだろう愛嬌が有るとは、思ってはいるが》
『いつよ』
《どんな時よ》
《チェシャ猫属の、仔猫に引き合わせた時、こうした表情もするのだと》
《良いじゃない、後はどんな時に喜んでいたのよ》
《猫に、触れている時は、必ず》
『もー、それだけじゃ分からないわよ。好きな花は何よ、何でその花が好きなのよ』
《人種って選べる部分が多いから迷うのかしら、結局は匂い、相性なのに》
「あぁ、実に愚かしいな」
『私は違うわよ、一目惚れだもの』
《それよそれ、何で一目惚れして無いのよ》
「若しくは、自覚が無いだけか、だな」
『あー、確かに、ココまで執着してるのだものね』
《コレは単に執着と言うより、寧ろ私の義務であり》
《アシュタロト勲功爵、ジャンが愛さないと国が滅ぶの?》
《いいえ、違うわよ?》
愕然とし、自覚した。
愛し幸福にしたかったのだと気付き、ある筈の無い存在が浮かび上がった。
私の中に最初から存在していた。
執着と同時に愛着が有った。
シャルロットに触れ喜び、灰色猫に触れ満足した笑みを浮かべた彼女を、私はもっと眺めていたかった。
幸福を願ったのは私だった。
報われて欲しいと願い、執着し、だからこそ愛着を手放した。
マクシミリアンを支えなければならない、その考えから手放した。
自ら幸福にすると言う手段を、知らぬ間に手放していた。
いつかマクシミリアンがマリーを愛するだろう、そう傍観し。
失敗した。
《私は》
《分かるわ、人は平気で見て見ぬフリが出来るの、自身の心の事は特に》
『良かった、マリーはちゃんと愛されてたのね』
《勿論よ、アナタ以外にも居たわよね、マリーに好意を寄せていた者が》
《ちょっと、聞いて無いわよ?》
「嫉妬だろう、マクシミリアンといい、無意識の嫉妬は実に困りものだな」
『どうかしらねぇ、どうせ忘れてただけじゃ』
《ジルベール・ラファイエットだ》
『どうするのよ、同い年じゃない』
《マリーには道を、選択肢を与えなければ》
《真面目過ぎるって面倒ね》
「あぁ、全くだ」
ジャンが泣いた顔は初めて見たわ。
とっても嫌な気分。
だから人種って相手にするのは嫌なの。
弱くて脆くて、直情的なのに、理性で抑え込もうとして歪む。
お兄様の歪みはほんの少しだった。
けれど放置するだけで、簡単に酷く歪んでしまう。
繊細で脆くて弱い種。
面倒はもう既に十分よ、相手はやっぱり重種馬ね。
《坊や、どうして花が咲くかご存知かしら》
《それは》
《受粉の為、選んで貰う為。アナタは選んで貰う為に努力をしたのかしら、違うわよね、アナタは閉じたまま選ばれない様にした》
『卑怯よ、最低だわ』
《そうよそうよ》
「まぁまぁ、続きを聞こうではないか」
《ラファイエットも良い子よ、けれどマリーに本当に選ばせたいなら、アナタも努力しなくてはいけないわ》
《そうね、選ぶにも立ち姿だけじゃ無理だもの》
『怖いのね、好かれなかったら傷付くもの』
「だが愛を受け取れぬのも同じ事、与え合うモノが愛だ、違うか」
《私は、怯えていたんでしょうか》
《いいえ、寧ろ躊躇いで止まったままね、動いては決断しなければならなくなってしまうもの》
『だからアナタが嫌いなのよ、私のマリーを』
「よしよし、落ち着け」
《分かるわ、お兄様は一時期とても不安定だった、ジャンも手を離す事が怖かったのね》
《あぁ、私も依存していた、道標に使っていた》
《良いのよ、誰にでも有る事。けれど、時期と共に手放す事も必要よ、でなければ添い遂げるべき》
私にジャンは、やっぱり無理だわ。
私は我慢が嫌い。
だけど誰かに我慢させるのは、もっと嫌。
『我を抑える事は、貴族としては大切な事だと思うわ。でも私達は生きてるのよ、どうしてそんなに我慢してしまうのよ』
《マクシミリアンは》
《一緒に居たいかどうかよ、べき、って本当に意味が分からないわ》
「幸福を願うなら、時には共に添い遂げるべきだ、ではどうだ」
《それは分かるわ、でもジャンは捻じ曲げ様としてるじゃない、だからお兄様が捻じ曲がったのかも知れないのよ》
「確かにな」
《すまなかった》
『アナタしかマクシミリアンの相手が出来無い国なんて、滅んじゃえば良いのよ』
《エレオノール》
《あら良い事を言うじゃない、ふふふ》
『ほら!誰の事だってそうよ!本当は嫌だけれど、それが正しい世の姿だわ』
《王子様でなくても、お姫様を愛する者なら、その口付けで起きて然るべき》
「呪いは解け、荊は消え、目覚める」
『私のマリーよ!覚悟が出来無いなら引っ込んでなさい!!』
《あ、待ってエレオノール》
私のお姫様を大事にしない王子様なんて大嫌い。
やっぱり大嫌いよジャン。
『ぅう』
《あのね、きっとジャンは目が覚めたばかりなのよ、本能に目覚めたばかり》
『でも、マリーの邪魔を、するなら』
《私達で何とかしましょう、大丈夫、私は絶対にマリーに好かれる筈だもの》
『マリーを、絶対、幸せにするわ』
《勿論よ、さ、乗って。勝どきの練習よ、あんな意気地無しに負けない様に》
『ありがとうシャルロット』
《さ!爆速よ!!》
精神年齢とは、幾つ年を重ねたか、では無い。
どれだけの経験をしたかだ。
「聞くに、お前の方が遥かに幼いようだな」
《マリーは、子育てを終えた、そう聞いている》
「だがお前はどうだ、育てたか」
《いや》
「至るには知識だけでは無く、経験だ」
《はい》
「お前は選ばれないかも知れない、どうだ、思考が鈍るだろう」
《はい》
「ある意味、お前の判断は正しかった、判断するには感情は捨てねばならない。だが捨て過ぎては判断を誤る事も有る、政もそうだろう、違うか」
《はい、民草の感情を蔑ろにしては、いずれ反発が生まれます》
「では国と民、お主とお主の心情、マクシミリアンの立場と心情ではどうだ」
《いずれ乖離が起こるのは当然かと》
「だが全てはお前の身の内での事、誤魔化しは効いてしまう」
《はい、ですが勘を封じたのは》
「お前は幼い、情愛に関しては生まれたばかりも同然。焦るな、本能を抑え込むだけが情愛では無い、そこに至れるまでゆっくり進め」
《はい》
雄や男の情緒の発達は、幾ばくか遅いのも仕方の無い事。
その身に子を宿し命の危機に陥る事は無い以上、危機感が無ければ育たない事も多い。
雄と雌、男と女は最も近いが、最も正反対に位置する存在。
だが、コレで良く縁が繋げたものだ。
いや、そう縁繋ぎをしたのは、本当にコレだけの力か。
まぁ良い、コレが最後となるなら、今までの事は全て練習。
人種で言う、予習復習なのだろう。




