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10 皇帝と帝国。

 宿星を自ら宿した者は稀有。

 少なくとも、記録に残った者は数える程度。


 それは千年の記録の中で、だ。


「アナタねぇ、あのジャンよ?もしかすれば上手く行くかも知れないじゃない」

《そうよ、あのジャンだもの、ふふふ》

『だが、な』


 いとも容易く行えてしまう、そのやり直しを行った者の記録が稀有だと言う事は。

 つまりは願う結末に辿り着けた者は稀有、そう示すも同義。


「あのね、逆によ、簡単過ぎて記録に残さなかったのかも知れないじゃない」

《そうね、ふふふ》

『しかも人は低きに流れる、確かにな』


「それに、滅びるにしても、以前と同じ様に分散させれば良いでしょ」

『だが、それこそが問題だったのかも知れん』


 悪しき来訪者により貴族が扇動され、国家転覆が揺るぎないものとなった時、先代皇帝が行った血族の分散。

 その結果、敢えて悪しき来訪者の作る国を存続させ、悪しき見本となる国家を存続させるに至った。


 そして、もしその中に良き心根を持つ者が現れ、国の滅亡を願ったなら。

 悪しき国家の見本の完成とし、国を元の形へと戻す。


 嘗て帝国で起きた悲劇は、繰り返されてしまった。

 悪しき見本は物語となり、人々は忘れてしまった。


 悪しき来訪者の脅威を。

 その破壊力を。


 それらを忘れぬ為、滅びの予兆が有れば血族を分散させ、国を放棄し見守る。


 だが、もし、滅亡を願った者が現れたなら。

 宰相の息子が言う通り、その者は幸福へと至れるのか。


「それにしても、ヤるわよねあの子、アントワネット・マリーが至った道を教えないだなんて」

《本当に、良く出来た子ね》

『まさか、我々が試される側になるとはな』


 答えを示すだけでは、人は賢くはなれない。

 思考してこその答え。


 至る為の道筋もまた、答えそのものとなるのだから。


「はいはい、私を撫でて落ち着きなさい」

『あぁ、そうする他に無い、か』

《彼女に会うのが楽しみね》




 怠惰国に初めて、諸外国から使者が訪れる事になり。

 王子の婚約者候補である私達が、先ずはお出迎えさせて頂いたのですが。


 私の前で使者の方が立ち止まり、跪くと。


《私と婚約して下さい、アントワネット・マリー》


 赤茶色の髪に、綺麗な緑色の瞳。

 

「えっ、あ、何故です?」

《この国で唯一、最も清い心根の持ち主だとの噂を聞き付け、コチラへ馳せ参じました》


「諸外国へ、私の名が?」

《はい、最も心根の良い、宰相の息子の婚約者に相応しい方。それがアナタです》


 私が、帝国の次期宰相の婚約者に。


「あの、アナタの国に優秀な方は」

《居りますが全て相手が居ります》


「一応、私も相手が」

《あくまでも候補、ココはアナタに相応しく無い》


「私は、何も成してもいませんが」

《ココでは魔獣や聖獣との契約は禁忌とされていますが、私は魔獣持ち、アナタの心根がココの誰よりも清いモノであるとの証明を》

『ならん!例え帝国の使者と言えど!この国で』


《では彼女を頂ければ結構です、どうなさいますか》


「あの、何かのお間違えでは」

《いいえ、私が求めているのはアナタで間違いは有りません》


 この方は、私を好いて下さるのでしょうか。

 この国の為になるのでしょうか。


 手を取る事は、本当に正しいのでしょうか。


「もっと、帝国の事を」

『ならん!他国を知るは属するも同義!!』

《了見の狭い王ですね、コレでは子孫の出来も知れると言うもの、どうせ能力より外見か情愛を優先させる愚か者でしょう》


『何を』

《戦いますか、帝国を含めた諸外国との大戦を、この程度の事で引き起こし汚点を残しますか》


『貴様っ』


《我が国では魔獣や聖獣に触れる事は、寧ろ良い事とされている。如何ですか、触れ合い、肌触りを確かめてはみませんか》


 貴族は触れてはならない筈の獣に、触れられる。

 馬にも、猫にも。


『わ、我が民を穢すつもりか!!』

《では庶民は穢れているのですか、ならその衣は誰に作られました、食べ物は誰が育てているのです》


『屁理屈を』

《何処が屁理屈ですか、是非、詳しくご教授下さい》


『出て行け!さっさと』

《では彼女を連れ出しても構いませんね》


『その程度の娘!幾らでもくれてやるわ!!』

《では、ご家族と共に参りましょう、アントワネット・マリー》


 家族と。

 もう家族の所にまで。


「はい、承りました」




 暫く滞在し、様子伺いも出来たらと思っていたが、ココまで低俗だとは。


『あの』

《ご心配には及びません、既に向こうでの用意はしておりますので》


『あの、本当に、何処でウチの子を』

《何かのお間違いでは?》

「私も、そう言ったのですけれど」

《間違いでは有りません、同じ名、同じ顔をお持ちの方が居ない限りは》


「もう、この様にしか仰ってくれなくて」

『お前はどうしたいんだマリー』

《無理に従う必要は無いのよ》


「ですが、もう」

《帝国領にご不満が有れば、他所へ移って頂いても構いません》

『そう仰いますが』

《私達は他国を殆ど知りません、ただ、いがみ合っているとだけは》


《それは虚偽、偽りです、自国から有能な者を逃さない為の罠》


「何故、その様な事を」

《無能だからです、既にご覧になった筈。王の分際で、言葉を紡げないとなれば屁理屈だと謗るだけ、もうこの国は終わる時期なのです》


「そんな、なら他にも」

《仰って下されば直ぐにも連れ出します、全て》


『幾ら何でも、領民までは』

《いえ、即日とまでは参りませんが、10日以内に全て》


《本当に、終わってしまうのですね》


『お前』

《ずっと、いつしか終わるだろ、その事に怯えていたのです》

「お母様」


《領民の作った物を厳選し、国へ、王へと献上する。なのに貴族は庶民を、魔獣や聖獣と関わる庶民を、穢れと見做さなければならない。無理が有ったのです、ずっと、この国はあまりに歪なままだった》


 この母親の教育により、彼女は気付くに至れたのだろう。


『どうか、出来るだけ穏便に、お願い致します』

《はい》


 この父親からは、性根の良さを。

 母親からは理知さを。


 いずれアントワネット・マリーは気付けた。

 いや、気付くだけでは足りない、動けなければ歴史は繰り返される。


 今まで、どれだけの犠牲が有った。

 祖先が願った暮らしと言えど、彼女達に非は無い。


 どれだけの者が諦めた。

 変革を、本当に誰も望まなかったのか。




《ふふふ、だから私に尋ねに来たのね、マリーを置いてまで》


《居なかったのですか》

《居たわ、けれど行動に出られなかった。既に守るべき家族が居た、子が居た、領民が居た。今は平穏に治めている方だけれど、昔は平気で焼き討ち暗殺し、意地でも国家を形成させ続けた》


《何故そこまで》

《意地よ、間違っていると認めたく無い、愚か者だと思われたく無い意地。存続さえさせれば正しい、正しさを証明出来る、そう考えたの》


《そんな下らない事の為に》

《ね、恐ろしいでしょう、来訪者とは平気で道理を捻じ曲げる者でも有るの》


《何故》

《誰も与えていないわ、既に持っていたの、魔法や能力をね》


《何故》


《もしかすれば、安穏と過ごす人種に苛立ったか、若しくは手違いか》


 神々の考える事は、予想は出来ても分からない。

 想像し、理屈を後付けする他に無いのよ。


 対話が叶わない以上、推し量る他に無い。


《その手違いにも、対応する為の悪しき見本、ですか》

《人は直ぐに忘れてしまうのだもの、致し方の無い事、かも知れないわね》


《潰します、彼女の願い通り、穏便に》

《穏やかに、ね》

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