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第8章 遅くなった謝罪  


 久し振りにメリッサと会って二人きりで話をした後で、彼女と一緒にコンドール辺境伯に挨拶に向かった。

 するとそこにはフェンドルン王太子とタイドユ王太子、そして彼の婚約者であるご令嬢がいた。

 彼らはそこで和やかに会話をしていたのだが、メリッサを見た瞬間タイドユ王太子がサッと顔色を変えて、ハンカチで鼻と口元を押さえて後退りした。

 その光景を目の当たりにして、私の頭の中にいくつかの映像がパパッと浮かんだ。そして五、六年前のある出来事を思い出した。

 私はコンドール辺境伯の隣に寄り添おうとしたメリッサの手をとっさに掴んで、彼女をその場に押し留めた。そして慌ててこう訊ねた。

 

「メリッサ、貴女、今日猫に触った?」

 

「えっ? どうしたの? 触ってないわよ。我が家の猫ちゃん達はお屋敷に置いてきたから。

 子供達と()()()()にもう三日も逢えなくて寂しいわ」

 

 それを聞いた私とタイドユ王太子はホッとして肩の力を抜いた。

 どうしたの? という顔をしたメリッサだったが、やがてああ……と納得したという顔をして、タイドユ王太子の方に体を向けて、まだ少し離れた場所から挨拶をした。

 

「私はそちらにおりますコンドール辺境伯の婚約者のメリッサと申します。

 前回お会いした際には大変失礼なことをしてしまいました。

 直接謝罪をしたいと願っておりましたが、これまでなかなかその機会に恵まれませんでした。

 ですが、こうして六年ぶりにお顔を拝見できます機会を得られたことに、深く感謝をしております。

 無知な上に淑女教育が不十分だったために、殿下に大変ご迷惑をおかけしたことを心から反省しております」

 

 深々と頭を下げるメリッサに、タイドユ王太子は深呼吸を何度か繰り返した後で、ようやく冷静さを取り戻してこう返した。

 

「ようこそ、メリッサ嬢。久しぶりだね。またこうして貴女に会えたことを嬉しく思う。

 失礼な態度をして申し訳なかった。君や君のご両親、そしてそこにいる君のご友人からも謝罪の手紙を何度も頂いたし、もう怒ってはいないよ。

 ただ君を見た瞬間に、あの日の出来事がフラッシュバックしてしまったんだよ。すまなかったね」

 

「いいえ、それほどのショックを私が与えてしまったというわけですから」

 

 このやりとりを聞いていたタイドユ王太子の婚約者のご令嬢が、不思議そうに小首を傾げた。

 

「お二人はお知り合いだったのですか?」

 

「子供の頃フェンドルン殿下に招待されてシャローン王国を訪問したことがあっただろう?

 こちらのメリッサ嬢とフランシーズ嬢には、その時にお会いしたんだよ」

 

 タイドユ王太子は六年前にシャローン王国に訪問した時の話をした。

 実はシャローン王国とカルフール王国は二十年ほど前に、未来永劫友好の絆を維持して行こうというスローガンを掲げた。

 そのために王室同士がまずその手本となり、両国の貴族が、互いの国を行き来したり交換留学などをしたり、騎士達が合同練習をしたりしてずっと交流を続けてきた。


 そしてシャローン王国のフェンドルン第一王子は、十歳の時に初めてカルフール王国を訪問した。

 そしてその三年後には、タイドユ第一王子がシャローン王国を訪れたのだ。

 

 その時の歓迎会はちょうど気候も良かったこともあり、王宮内の広大な庭園で開かれた。

 なるべく多くの若者達が交流をした方がいいだろうと、そのパーティーには王太子となったフェンドルン王子や弟王子や妹王女以外にも、高位貴族の子弟がたくさん招待されていた。

 もちろん王太子の婚約者であるメリッサや、国王が決めた例の側近候補だった三人も。


 そしてその中には私も交じっていたのだ。

 なぜなら、当時のメリッサの語学力はまだ不十分だったので、彼女専用の通訳として呼ばれていたのだ。

 兄が外務省勤めだった影響で、私は幼い頃から強制的に数か国語を学ばされた。

 そして、すでにカルフール語をマスターしていたからだ。


 パーティーはつつがなく進み、両国の王子や側近候補、そしてご令嬢ご令息達は子供なりに交流し、和やかに終わりを迎えようとしていた。

 なにせホスト役のフェンドルン王太子の差配が素晴らしく、とても十三歳とは思えないと、両国の侍従たちは感心していた。

 しかし、間もなくお開きになるところで事件が起きた。

 まあ、本来なら事件などとは呼べない、むしろ微笑ましいエピソードの一つに過ぎなかっただろうに……

 

 そもそもの事の発端は、パーティー会場内にどこからか入り込んてきた一匹の仔猫だった。

 真っ白な体に真っ赤な瞳をした、両手のひらの上に乗ってしまうほどの仔猫が、まだ足元も覚束ない様子で歩いてきた。

 それをいち早く見つけたメリッサが、キャーッ!と淑女らしくない甲高い声を上げて子猫に近付くと、抱き上げて自分の頬にスリスリしたのだ。

 金髪の美少女に真っ白な仔猫の図は、一枚の絵のようで、その姿はそれはそれは美しく光り輝いていた。

 

 メリッサは動物好きだった。特に庇護欲を誘うような儚げな小動物や小鳥が。

 彼女は可愛いでしょうと仔猫をみんなに見せて回った。

 ところが、タイドユ王子だけが仔猫を見て眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をした。

 それを見たメリッサは気分を害した。こんな可愛らしい仔猫を見て可愛いと思わないなんておかしいわ。冷たい人なのかしら。

 なんとかしてこの仔猫の可愛らしさを知ってもらわなくては、と彼女は思ったらしい。

 そして、いきなり仔猫をポンとタイドユ王子の膝の上に乗せたのだ。

 すると王子はヒッ!と小さな悲鳴を上げて椅子の上で反り返った。

 

「メリッサ嬢、やめたまえ。タイドユ殿下は猫が苦手なんだ!」

 

 フェンドルン王太子がそう言って立ち上がった瞬間、タイドユ王子は大きなクシャミをして身体を思い切り前傾させたので、仔猫は王子の膝から落ちて芝生の上に着地した。

 

「酷い!」

 

 そう叫んでメリッサが仔猫を拾い上げようと腰を下ろした瞬間に、私は彼女の耳元でこう囁いた。

 

「早くその仔猫を連れて逃げて! 殺されてしまうわよ!」


 メリッサはギョッとして私を見てから、勢いよくクシャミを繰り返すタイドユ王子の姿に視線を移して青ざめた。

 友人とはいえ格上で王太子の婚約者でもある彼女を、不敬ではあるがしっしと手で追い払うと、フェンドルン王太子に近付いた。そして、

 

「王子殿下は猫アレルギーかもしれません。すぐにお医者様を呼んでください」

 

 と告げてから、タイドユ殿下の側に駆け寄った。

 彼は涙目になってクシャミを繰り返していた。

 私はテーブル席に置かれていたまっさらなナプキンを数枚手に取って、殿下に手渡した。

 すると彼はそれで鼻をかんだ。何度も何度も。

 それ以外に私にできたことといえば、涙目になってしまったタイドユ殿下の目元を自分のハンカチで拭いてあげたことと、自分の体で殿下の姿を人目から隠すことくらいだった。 

 

 

 ✽✽✽

 

 

「まあ、それではタイドユ殿下のあのアレルギーが初めて出たのは、その時だったのですか?」

 

 話を聞き終えた殿下の婚約者が、驚いたように呟いた。

 

「本当に申し訳ありませんでした。今思えば、私は同盟国の王子殿下に仇をなすようなことを仕出かしたのですから、処刑されていてもおかしくなかったのですよね。

 アレルギーで亡くなる方もいるのですから」

 

 メリッサが再び謝罪したが、タイドユ殿下は首を振った。

 

「さすがにそれは無いでしょう。私がアレルギー持ちだとわかっていてやったのなら罪に問われたかもしれませんが、貴女は何も知らなかったのですから」

 

「でも嫌がる殿下の気持ちを無視して仔猫を殿下の膝の上に乗せるなんてしてはいけないことでした。

 しかも、あれは虐めと同じだったと友人に諭されるまで自分では気付きませんでした。

 自分が好きなものはみんなも好きだと勝手に思い込んでいたのです。

 それがいかに驕った考え方だったのか、親友に指摘されるまでは疑問にも思わなかったのです。

 そのせいで私は、あの日あの場所ですぐに殿下に謝罪することができませんでした。そのことをずっと後悔していました」

 

「でも、失敗した経験があるからこそ、今、良い家庭教師になられたのでしょう?」

 

「ありがとうございます、タイドユ殿下。そう言って頂けて嬉しいです」

 

 メリッサと共にコンドール辺境伯も一緒になって頭を下げていた。

 

「そう言えば、あの時は僕も貴女の親友のおかげで助かりました。

 アレルギーではないかと素早くアドバイスをしてくれたおかげで、僕は適切な処置を受けられて、悪化することなくすみましたからね。

 その後も、色々と新たに気付いたことがあると、その度に手紙で教えてくれたおかげで、今ではアレルギーを未然に防げていますよ」

 

「あの時のタイドユ殿下の訪問は、僕らにとって人生のターニングポイントだったよね」

 

 タイドユ殿下に続いて、フェンドルン王太子がこう言って話を締めたのだった。

読んでくださってありがとうございました。


第9章も続けて投稿します。

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