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第7章 国家間の隠し事  


 え〜〜〜っ!

 

 辺境伯閣下! メリッサは同情心で婚約を承諾したみたいですよ! 

 そもそも閣下は子供達のためだけではなく、本当に彼女を好きになったから婚約を申し込んだのですよね? それでいいのですか?

 

 コンドール辺境伯と亡くなった夫人は政略結婚で、元々愛し合っていたわけではないし、そのご夫人は普通の事故死じゃない。

 その事実を私はフェンドルン王太子から教えられていた。正直、国家の裏話なんて聞きたくはなかったけれど。

 

 コンドール辺境伯の前夫人は、カルフール王国の騎士団長の娘で侯爵家のご令嬢だった。つまり二人の婚姻は、二国の同盟を強固にするための王命によるものだった。

 政略結婚だったが辺境伯は夫人と良い家庭を作ろうと努力し、我儘だった妻に精一杯歩み寄り、なんとか夫婦の体を保とうとした。そして子供も二人授かったのだ。

 

 しかし、滅多に社交界にも出られず、着飾る機会のほとんどない暮らしに彼女は不満を募らせた。そして次第に癇癪を起こすようになり、周囲の者達との軋轢が大きくなっていった。 

 そして医者からも気鬱だと言われ、療養のために一度妻に里帰りをさせることにした。

 ところが、カルフール王国の実家に里帰りをした彼女は、騎士団の一騎士と浮気をして、二人で姿を消してしまったのだ。

 

 隣国の辺境伯に嫁いだ自分の娘が自分の部下と駆け落ちしただと! 

 そんな不名誉なことは許せん。

 カルフール王国の騎士団長の父親は、特務精鋭部隊を使って秘密裏に二人を探索させた。彼は激怒しつつも、これは単なる駆け落ちではないと判断したからだった。

 成人前の若者でもあるまいし、二十代半ばにもなった貴族が、身分と地位を捨ててまで真実の愛を選ぶだなんて信じ難い。

 平民になって仕事をなくし、一体どうやって暮らして行くというのだ。世間知らずの娘はともかく男の方は。

 紹介状もなしに雇ってくれるまともな職などほとんどない。それでも決行したということは、つまりその仕事の当てがあるということなのだろう。

 彼はすぐさま伝令を飛ばして、帝国へと通じている道を全て封鎖した。そして間もなく国境近くで逃亡中の二人を見つけた。

 

 余りにも早い騎士団の動きに男は驚いた。彼はまだ中堅の若手騎士だったので、特務精鋭部隊の存在を知らなかった。そして彼らの持つ権限と使命も。

 だから駆け落ちの相手を人質にして隣国へ脱出しようとした。騎士団長の娘さえ側に置いておけば自分に手を出さないと考えたのだろう。

 しかし騎士団の特務精鋭部隊の任務はカルフール王国の平和を守ることだけだ。この国を裏切る者にかける容赦などありはしない。

 カルフール王国とシャローン王国の軍事訓練の情報を、チュンドラ帝国などに知られるわけにはいかない。

 

ー「裏切者には死を!」ー

 

 駆け落ちした二人の乗った馬車は崖下に転落したが、途中の岩山に留まっていた。そこで投げ出されていた元騎士と、御者の振りをしていた帝国人の男の死体は、さらに崖下に投げ捨てられた。

 そして女の遺体は引上げられて、国境近くに潜んでいた帝国側の人間達と共に、カルフール王国の王都へと運ばれた。

 その後その事件の顛末は騎士団長によって国王へ報告され、それからシャローン王国の国王とコンドール辺境伯へ伝えられた。

 

 そして最終的には、コンドール辺境伯夫人は病気療養でカルフール王国の実家に里帰り中、気分転換のために馬車で景観地へ向かう途中で、御者とともに崖下に転落して死亡したことになった。

 両国の同盟に水を差されないように、事件の真相は闇に葬られた。両国の関係がぎこちなくなったと知られたら、帝国が再びどんな策略を練ってくるかわからないからだ。

 

 カルフール王国の騎士団長は、娘のしでかしたことを重く受けとめていて、深々と頭を下げて謝罪した。そしていかなる賠償にも応じるとコンドール辺境伯に申し出た。

 しかし彼は、そもそも妻が実家で療養せざるを得なくした自分が悪いのだとして、それを断った。

 そして真実を公表しないことにも納得して苦情なども一切言わなかった。

 二国のためだけでなく、子供達のためにもその方が都合がいいからと。

 

 辺境伯に妻がいないのでは困るだろうと、シャローン王国だけでなくカルフール王国まで色々と再婚話をもちかけたが、それを彼は断り続けた。

 彼は前妻のせいで女性不信になってしまったのだ。あんなに真摯に向き合い、精一杯尽くして努力をしたのに裏切られたせいで。

 そしてそれと同時に妻が死んだというのに、心の中でそのことにホッとした自分に嫌気が差していたのだ。

 そんな冷たい自分が愛する子供達のためだけに結婚などしたら、その女性を不幸にしてしまうからと。

 

 ところがある日、辺境伯は王家からこんな依頼を受けた。王太子の婚約者だった侯爵令嬢を、子供達の家庭教師として雇ってもらえないかと。

 メリッサというその侯爵令嬢は性格の不一致で婚約解消となっただけで、彼女に何か問題があるわけではない。

 将来の国母には向いていないというだけで、一般の貴族の妻としては何の不足もない。それどころか、上位の成績で卒業した才女であり、かなりの美人で、その上子供好きの優しいご令嬢だ。

 しかしたとえそんな素晴らしいご令嬢でも、婚約が解消となるとなかなか良縁には恵まれない。

 本人は修道院を希望しているが、若くて才能ある女性の将来を潰してしまうのは忍び難いと。

 

 王家がそこまで言うのなら優秀な女性なのだろうと、辺境伯はその依頼を受けることにした。

 そしてコンドール辺境伯は初対面のメリッサが、子供達二人を見た瞬間にパッと柔らかな天使の微笑みを浮かべたのを見て、ギュッと胸を掴まれた。

 それは彼にとって生まれて初めての感覚だった。

 家庭教師となったその女性は、凛とした態度で子供達に向かい合い、勉強を教えた。

 しかし、授業が終わるとガラッと態度を変えた。

 これまでのご令嬢とは違い、よく笑顔を見せた。子供達と一緒になって遊びながら、ペットの犬や猫と触れ合いながら……

 

 しかし時々自分の振る舞いにふと我に返り、無作法を詫びて落ち込むことがあった。

 彼女が王太子妃として相応しくないと判断されたのは、彼女のこうした振る舞いだったのだろうと辺境伯は察した。

 しかし、それは人間として自然な振る舞いであり、本来恥ずべきことではないのに、と彼は思った。

 だから彼は彼女にこう告げた。この辺境の地では人の目など気にすることはない。ありのままの貴女でいていいのだと。

 すると彼女はその大きな目をさらに大きく見開いた後、暫く固まっていたが、やがて輝くような笑顔を雇い主に向けた。

 その時ようやく彼は、彼女を愛し始めていることに気付いたのだった。

 

 

 そしてそれ以後辺境伯は、メリッサに愛しているとアピールし続けたのだが、公私のけじめはきっちりとしようと決意していた彼女には届かなかった。

 しかし彼にとって幸運だったのは、彼の愛する子供達がメリッサを実の母親のように慕っていたことだった。

 元辺境伯夫人は全く子育てをしなかったので、子供達には実母の記憶がほとんどなかった。それ故に、自分達を本気で可愛がり叱ってくれる家庭教師を心底信頼し、甘えていた。

 

 彼らがメリッサにお母様になって欲しいと、健気にお願いし続けてくれたことで、二人の状況はやがて変化して行った。

 ある日、自分は辺境伯夫人には相応しくないと言うメリッサに、いかに彼女が素晴らしい人間なのかを懇々と説き、むしろ自分の方が不釣り合いの人間なのだと辺境伯は正直に告げた。

 すると彼女の態度が一変したのだ。それはフェンドルン王太子のアドバイス通りだった。

 

「彼女は本当に情の深い優しい女性なのです。だから子供や動物など小さくて可愛いものに目がないのです。庇護欲をそそられるからでしょう」

 

 それではその正反対の私では好かれる可能性なんてありませんね、と落ち込んだ辺境伯に王太子はこう言ったそうだ。

 

「彼女の庇護欲は可愛らしい見かけだけにそそられるわけではないのです。健気に頑張る姿に絆されるのです。

 貴方の素直な気持ちを伝えれば、きっと上手くいきますよ」

 

 フェンドルン王太子は、外交のために国境を越える際に必ずコンドール辺境伯の元に立ち寄っていたので、旧知の仲だったのだ。

 もちろん婚約解消後はメリッサとは接触しないように配慮しながら。

 

 その後辺境伯は、王太子から聞いていた通りに男の矜持をかなぐり捨てて、正直な思いを告げたことで上手くいったようだ。

 

 ただメリッサの話を聞く限り、辺境伯は国家秘密でもあるので前妻のことを説明できなかったようだ。

 そのためにメリッサは、まだ前妻を忘れてはいないのに、子供達のためだけに彼が自分との結婚を望んでいるのだ、と勘違いしているようだった。

 コンドール辺境伯はメリッサを本当に愛しているのよ、と言ってあげたいが、それは余計なお世話なんだろうなと私は思った。

 そのうち結婚してしまえば、辺境伯だって、その真実を話すだろうし。

 

 

「ようやく彼らは結ばれそうだ。良かった。でもこんなに時間がかかるとは思わなかったよ。本当に純粋だよね、二人とも」

 

 先週彼らが上手く行きそうだと聞いた時、私が最初から思っていた通り、これは王太子の描いたシナリオ通りになったのだな、と思った。

 いくら婚約解消した元婚約者でも、長年側にいたのだから人並みに情があり、彼女の幸せを願っていたのだろうと。

 やっぱり人のアフターケアまでしっかり考えてくれているのだ。そんな王太子にとても感動し尊敬の念をさらに強くした。

 しかし、その後に続いた彼の言葉で、その気持ちを全否定したくなった。

 

「良い方とご縁があって本当に良かったです。これもフェンドルン殿下のおかげですね、ありがとうございます。彼女の友として感謝申し上げます」

 

「そんな堅苦しい言い方はそろそろ止めて欲しいな。これからはどんどん君を攻めていく気だから覚悟しておいてね。

 君はメリッサ嬢よりもさらに鈍いから、これからははっきりと口にしていくつもりだからね」

 

「はい?」

 

 言われた意味がわからず小首を傾げると、やれやれとばかりに王太子は大きく溜息をこぼした。

 

「そんなところが鈍いと言っているんだよ。なぜ私がメリッサ嬢の幸せを祈り、彼女のためにお似合いの相手を必死に見つけてきたと思うんだい?

 メリッサ嬢が幸せになってからでないと、君は自分の幸せを考えたりはしないだろう? 

 それに私は、友人から婚約者を奪っただなんて、君が世間から後ろ指を指されることだけは絶対に避けたかった。

 だから先に、メリッサ嬢の婚約をできるだけ早くまとめたかったんだ。それからゆっくり君にアプローチしようと思っていたんだよ。本当はね。

 

 だけどそんな悠長なことは言っていられなくなった。優秀な君に目を付ける者がどんどん増えてきたからね。だから、君を私の外遊に同行させたのだ。

 それに私が君以外の女性とダンスを踊りたくなかったのもある。

 とはいえ素敵な君を他人の目にさらすのは嫌だったから、君にわざと地味なドレスを着せたんだ。それなのにそんなことでは君の魅力を隠すことはできなかった。

 だから仕方なく、今度は周りにそれとなく牽制をかけるために毎回君とだけ踊ったんだよ。

 本当は君を私の色で染めたかったけれど、一着しかドレスを受け取ってもらえなかった。

 だからそれ以降はアクセサリーを贈って、私がどんなに君を大切に思っているか、周りに思い知らせることにしたんだよ」

 

 え〜〜〜っ!

 

 たしかに、もしかしたら私は殿下に好意を持たれているのかも……なんてダンスを踊る度に考えたわ。でもその後必ず、その図々しさに恥ずかしくなって一人で悶えていた。けれど、まさかそれが勘違いではなかっただなんて。

 

「あの〜、いつから私のことを?」

 

 思わずそう尋ねてみると、思いも寄らない答えが返ってきた。

 

「初めて君と逢った時から」

 

 初めて? 学園に私が入学した時のことかしら? いいえ、それ以前にも逢ったことがあったわ。たしかメリッサから紹介されて、王太子とご挨拶した覚えがあったような。

 ええと、それはいつだったかしら?

 そんな話をしたのは半月ほど前のことだった。その後何かと公務が忙しくて、王太子とは私的な会話をする暇がなかった。

 そして今日、カルフール王国の園遊会で私はその時のことを思い出した。

 

読んでくださってありがとうございました!


第8章は明日の17時に投稿します。

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