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第5章 友からの手紙

 予告より早く投稿します。


 十七日ぶりに家に戻ると、領地にいるはずの両親や、義姉や甥っ子姪っ子に抱きつかれた。心配したのよ、と皆に言われてごめんなさいと謝った。

 

 私が意識を取り戻すまでは兄夫婦が毎日王宮まで見舞いに来てくれていたらしいが、両親が王都にたどり着いた時にはすでに意識を取り戻していた。

 そこで、もう見舞いはご遠慮くださいと王宮から言われたらしく、それ以降兄だけが毎日のように両親や兄姉、甥姪からの手紙を届けてくれていた。

 

「すてきなご家族に愛されてお幸せですね」

 

 仲良くなった女官のリーナ様にそう言われて、私はとても嬉しかった。そう。政略結婚のために冷え冷えとした家庭が多い中、我が家はみんな仲がいい。

 うちだって政略結婚だったが、母がとにかく明るくて前向きな性格だったために、最初のうち冷たく当たっていた父もいつの間にか絆されてしまったらしい。

 そしてラブラブになったおかげで五番目の私まで生まれてきたというわけだ。

 

 

 そして家に帰ってようやくメリッサのことがわかった。王宮では彼女の話はタブー扱いだったからだ。

 王太子とメリッサの婚約はあの王宮でのパーティーがあった五日後にはすでに解消されていたという。

 それなのに一週間後に意識を取り戻した私が、必死に二人の仲を取り持とうとしていたのだから、王太子にとってはかなり鬱陶しかったことだろう。

 そもそも大分前から婚約解消の話は出ていたというのだから。

 まあ、あの騒動の詳細を明らかにする一助にはなったのだから、無駄ではなかったと自分で自分を納得させるしか、この羞恥心を消す方法がないわ。

 

 あの出来事があった翌日、メリッサの父親の侯爵が王家に婚約破棄して欲しいと願い出たそうだ。

 王家主催の夜会においてこんな騒動を起こして誠に申し訳なかったと。本来ならばもっと早く身を引かせるべきだったのに、娘可愛さで判断が遅れてこんな事になり、どんな罰でも受ける所存だと。

 

 すると王家からはメリッサの有責による婚約破棄ではなく、性格の不一致による円満な解消ということにしよう、と提案されたと言う。

 そもそも実力と財力のある侯爵家と縁を結ぶことは王家にも利があったからこそ、侯爵家からの申し込みを受けて婚約したのだ。

 最終的にご令嬢に王妃になる適性がなかったために解消することにはなったが、何も侯爵家との関係を悪くしたいわけではなかった。

 

 あの騒動の責任の所在はまだはっきりはしないが、なるべくメリッサに瑕疵がないように処理したいと言われて、侯爵は思わず泣いたという。

 そして彼はこんな話をしたそうだ。

 

「娘のメリッサには一つ年下の幼なじみがいます。その伯爵令嬢は娘にだけではなく、私達親にも忠告してくれていたのです。

 娘を本当に愛しているのなら、甘やかし過ぎてはいけない。貴族令嬢ならもっと自分の感情を抑えないと、足元をすくわれてしまうと。

 特に王族になったら常に平常心を求められる。お妃教育の時だけ猫を被って誤魔化しても、それは一時しのぎに過ぎない。それではいざお妃様になったとき、周りの者が皆困るのだと。

 

 貧乏伯爵家の娘のくせになんて生意気なのだと、私と妻は腹を立てました。それ以後我が家は彼女の出入りを禁止にしました。

 娘は個人的に付き合ってはいましたが。


 しかし彼女の言っていたことは正しかったのです。

 もし今回のようなことを、娘が今後他国でしでかしたら、外交上取り返しがつかないことになるでしょう。

 娘の振る舞い一つでこの国と国民を不幸に陥れてしまう可能性があるのだ、ということにようやく気付きました。

 そして今さらですが血の気が引きました。

 

 王太子殿下の婚約者になりたいと願うのなら、娘はそれに相応しくなれるようにもっと自分を律するべきでした。

 そして私達家族も彼女に厳しく接しなければなりませんでした。娘が嫌がろうが泣こうが、それを望んだのは彼女自身なのですから。

 そして王太子妃の適性がない、無理だと殿下に指摘されたときに、素直に婚約者を辞退すれば良かったのです。

 いやさせるべきでした。これまでの行いを振り返ればそれが当然だったのですから。親子共々本当に愚かでした」

 

 と。

 

 そして騒動の最終的調査が終わった時点で、王太子と侯爵令嬢の婚約は解消となったのだという。

 そんな詳しい話をなぜ私の家族が知っているのかというと、一番上の兄が王太子から直接聞いたのだという。

 その侯爵の話に出てきた娘の幼なじみとは、一体誰のことなのか、王太子はすぐに気が付いたという。

 というのも、語学の達者な長兄は国の外務を担当する部署に配属されている。

 そして王太子が諸国に外遊する際には、必ずと言っていいほど指名されて随行していたようだ。

 当時兄は外務省の官吏の中で最年少だったらしく、王太子とすぐに親しくなったらしい。

 

 長兄がかなり優秀だということは知っていたが、まさか王家の方々とそこまで親交があるとは思わなかった。

 私が王太子の成人祝賀パーティーで倒れた時、王太子が真っ先にそのことに気付いてくれたのだそうだ。

 そして私が兄の妹だと知ったからこそ、一番近い王宮の医務室へ運んでくれたのだという。

 あの時の私はまだ、王太子の婚約者が私に怪我をさせたから、その責任で私を王宮の医務室に入院させたのかと思っていた。

 だが、どうやらそうではなかったみたいだ。

 

 

 まあそれはともかく、父親に生まれて初めてこんこんと丁寧に説明されて、メリッサもようやく自分の過ちを認めたらしい。 

 そして自分では王太子妃にはなれないこと、これまで王太子に散々迷惑をかけてきたことを自覚し、理解し、納得してその事実を受け入れたのだという。

 その後彼女は修道院へ入ると言ったそうだが、王家がわざわざ性格の不一致による円満な解消ということにしてくれたのだから、そんなことをしたら却って迷惑をかけると、再び説得されて思い留まったらしい。

 

 そしてその後、メリッサは王家の温情に深く感謝したようだ。

 なぜなら、普通この年で婚約解消されたらまともな結婚話などないし、生家の厄介者になるだけだ。

 兄が侯爵家を継げば、彼女の居場所はなくなるだろう。

 そんな彼女のために、王家は彼女の能力を生かしてできる良い仕事を紹介してくれたからだ。

 しかも、それが今後とてもよい縁と繋がっているであろうことも見越して。

 彼女自身は気付いていないと思うけれど。

 

 散々迷惑をかけられた相手に対してそこまでアフターケアができるなんて、王太子はなんて懐が深い人物なんだろうと、私はしみじみと感心した。

 そしてそんな人物の下で働けるのなら最高ではないか、と不安になっていた気持ちが吹っ飛んだ気がした。

 この国の有史以来初となる、王族の女性側近。

 かなり風当たりが強くなることは想像に難くないが、挑戦だけでもしてみようと思った。たとえお試しの結果が駄目だったとしても。

 家族に王太子から側近にならないかと勧誘されたことを伝え、ダメ元でそれを受けようと思う、という決意を告げた。

 すると、なぜか両親と義姉からは驚くというより呆れた顔をされた。まあ、無謀な話には違いないけれど。

 

 久し振りに自室に戻ると、机の上には仕分けされた手紙がいくつもの山を作っていた。

 一応送り主には『只今お返事が返せない状態にありますので、それをご了承ください』と、執事が返信してくれていたようでホッとした。

 この大量の手紙全てに今さら返事を書いていたら、残りの休暇だけでは到底足りそうにない。しかも、王宮にも通わなければならないのだから。

 

 もらった手紙は取り敢えず全て読んで内容だけは確認しよう。それをしないと送ってくれた方々に申し訳ない。

 そう決心してまず一番大きな山から征服することにした。

 案の定それはメリッサからの手紙だった。

 届けられた順番がはっきりとわからなかったので、内容は前後したが一応彼女の気持ちや伝えたかったことはわかった。

 

 私が巻き添えに遭って倒れて頭を打ち、意識がなくなってパニックになったこと。

 付き添いたかったのにそれができずに悔しくて大暴れしたこと。

 何日経っても私の意識が戻らなくて絶望し、酷く後悔したこと。

 王太子との婚約を破棄されて、父親からその説明を聞いて納得し、改めて私の忠告を聞かなかったことを後悔して大泣きしたこと。

 そして、婚約者と大切な友人をなくして絶望して修道院へ入る決意をしたこと。

 その後、私が意識を取り戻したと聞いて歓喜したこと。

 それなのに見舞いも許されない現実に、自分の罪の深さを思い知ったこと。

 それでも再び人生をやり直せと、王太子からの恩情で修道院行きを止めたこと。

 

 

 メリッサはおそらく泣きながらこれらの手紙を書いたのだろう。所々文字が涙で滲んでいた。私も涙をこぼしながらそれを読んだ。

 そしてどうしてこの手紙を兄が私に届けなかったのか、どうして王家の皆様がメリッサとの面会を許さなかったのかを悟った。

 感情が豊かでそれを隠せないメリッサの思いを、私がその都度受け取っていたら、私が彼女に同情して励ます側に回ってしまうと危惧したのだろう。

 だから彼女の心が落ち着くまで接するのを禁じたに違いない。

 

 そして、もうメリッサと会っても大丈夫だろうと、皆が判断したのだろう。私も早く彼女に会いたい。

 でも当分それは無理そうだなと、昨日届いたと思われる最後の手紙を読んで私は思った。

 

 

 

「親愛なるフランシーズ、その後体調はいかがでしょうか。

 私はフェンドルン殿下にお仕事を紹介して頂いて、今辺境の地に来ております。

 お仕事の内容はコンドール辺境伯様のお二人のお子様の家庭教師です。

 上のお坊ちゃまは七歳、下のお嬢様は五歳なのですが、とにかく天使のように愛らしく可愛いいお子様達なのです。そしてとても元気です。

 勉強の合間にお庭でお子様達と一緒に遊んでいるの。そりゃあもう楽しいの。

 生まれて初めて素足で芝生の上で走り回ったわ。くすぐったくてちょっぴり痛くて。でも、身も心も解放される気がしたわ。

 私がお子様達と大声で笑い合っていても、辺境伯さまも執事さんも、侍女長さんも何も言わないの。

 まあ、マナーの先生だけはちょっとだけ困った顔をしているけれど。

 マナーはもちろん大切だし必要だけれど、辺境伯領にいるうちは気にしなくていいと言われたの。貴族なのによ。信じられる? でもここはいいんですって。

 ここなら私は私のままでいられる気がします。

 貴女にも殿下にも家族にも迷惑をかけてしまって申し訳ないと思っていますが、この地で私は一からやり直そうと思っています。

 本当は貴女に散々迷惑をかけてしまったので、貴女の回復を祈り、過去の反省をするために修道院へ入ろうと思っていました。

 だから、殿下からのこのお話は断ろうと思っていました。でもその時こう言われたの。

 

『フランシーズ嬢は君の幸せのために、君と僕との仲を必死に修復させようとしていた。

 君は虐めなどしていないと、君の無実を証明しようとしていた。

 しかしすでに私達が婚約を解消したと知ると、君に幸せになってほしかったのに、何もできなかったと彼女は泣いていたよ。

 彼女が望んでいるのは君の幸せであって、懺悔などではない。それは私も同じだ。

 君は王太子妃には向かない。しかし、君の全てを否定している訳じゃない。たくさんある道の中でただ妃には合わなかっただけだ。

 そして私は決して君を嫌っているわけじゃない。子供の頃から共に過ごしてきた友人としての情はあるし、君には別の幸せを見つけて欲しいと心から願っている』

 

 ってね。

 貴女や殿下から嫌われてはいなかった。良かった。体中から力が抜けて思わずしゃがみ込んでしまったわ。

 そして、貴女達に感謝したの。こんな私の幸せを思ってくれていることに。

 だから、私にもまだ別の幸せがあるのなら、探してみようという気になったの。

 修道院へ行くことは単なる逃げだったと気付いたし。

 そしてフェンドルン殿下の紹介でこちらに来たけれど、殿下にはとても感謝しています。本当にここは素敵な所です。

 殿下は私を婚約者としては愛してくださらなかったけれど、友人としては私をよく見ていてくれたのだと。

 殿下はやっぱり素敵で素晴らしい方でした。好きだったことは少しも後悔していません。そしてずっと私を応援してくれた貴女にも感謝しています。

 殿下から、貴女にも貴女にピッタリの仕事を紹介するつもりだとお聞きしました。

 貴女は私とは正反対に少し自己認識が低くて心配していましたが、殿下のことですから、きっとそれは貴女に適任の仕事に違いないと私は思います。

 元気になった貴女の顔を早く見たいですが、今のところ少し難しいと思います。

 でも、貴女のお体の回復と今後のご活躍を心から祈っております。

 貴女の心の友、メリッサより」

 

 

 メリッサはどうやら今幸せに暮らしているみたいだ。良かった。

 だけど、彼女が殿下の本当の意図に気付いていないのだとわかり、独り笑ってしまった。

 しかし、それは自分も同じだったことに、その時の私は気付かなかった。

 

 

読んでくださってありがとうございました。


第6章は夕方に投稿します。

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