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第3章 言葉の罠 

読んでくださってありがとうございました。


第4章も続けて投稿します。

 

 私が目を覚ましてから二日が経ち、ようやく聖女シモーネが、王宮の客室で養生中の私の見舞いにやって来た。

 宰相の息子と騎士団長の息子、そして大聖堂の大司教の息子という、いつもの取り巻きを引き連れて。

 私は彼女を見てプルプルと震えた。

 そして見舞いだと渡された花束を受け取ると、礼を言いながら酷く咳込み、慌てて鼻と口元をハンカチで押さえた。

 すると、王宮の医務室で医師の補助をしている女官がサッと近付いてきて、私の胸元の花束を奪うように取り上げて、側にいた侍女にそれを手渡した。

 その侍女はコクンと頷くと、その花束を受け取ってすぐに部屋から出て行った。

 

「何をする! シモーネ様が持って来られた花束だぞ」

 

 騎士団長の息子が叫んで女官に詰め寄った。すると彼女は彼を睨み付けてこう言った。

 

「こんな香りの強烈な百合の花束を持参して病人を見舞うとは、なんて非常識な方々なのでしょう。

 ご覧なさい。フランシーズ嬢がこんなに咳き込んでいるではないですか」

 

 大きくて優雅な白百合は聖女シモーネをイメージする花だ。各地の聖堂や救護院や養護施設などを訪問する際には必ず持参して、自分をアピールしていることは知っている。

 しかし医療施設などではその花を贈られて困っているという話も耳にしていた。匂いもそうだが、花粉が落ちやすくシーツなどの寝具が汚れて困ると。

 聖女様からの花束を拒否したり、捨てたりすることもできずに手を焼いているらしい。

 なぜ周りの者達が常識を教えてあげないのかしら、と不思議に思っていたけれど、どうやら怒りを買いそうで誰も言えずにいるのだという。

 だから当然ここへも持ってくると予想していたけれど案の定だったわ。

 

 咳込みながらも私は涙目で聖女様を見た。すると聖女様はさすがに慌てた様子で、今度は小さめの白い箱を私の掛け布団の上に置いた。

 

「王都でも一番有名な菓子店で買ってきたケーキなのよ、是非召し上がって」

 

 礼を言いながら私が震える手で箱の蓋を開けると、中には苺の載った三角形のケーキが入っていた。元の世界でショートケーキと呼ばれていた物に似ていたが、冷蔵技術がないので、おそらく生クリームではないのだろう。

 そして私はそのケーキを見て、

 

「ヒッ!」

 

 と悲鳴を上げて、上半身を大きく跳ねさせた。

 そしてポロポロと涙をこぼし、聖女様を見つめながらこう言った。

 

「ひ、酷いです、聖女様」

 

「えっ?」

 

 彼女は何を言われたのかわからないという表情で、ただ驚いた顔をした。

 

「いくら私があなた様の嫌いなメリッサ様の友人だからといって、わざわざ嫌がらせをするために、まだ体調の悪い私の所にお見えになるなんて」

 

「何を言っているの? 私は聖女なのよ、嫌がらせなんてするわけがないじゃない!」

 

「それならなぜ、苺アレルギー持ちの私にこのケーキを買って来られたのですか?

 これを食べたらショック死するかもしれないのに。

 それに先ほどは見舞いにはタブーの百合の花を私の胸元に置いたではないですか。

 強い匂いでせき込んで苦しかったのですよ、酷いです、聖女様」

 

「知らなかったのよ。アレルギーのことも、百合の花のことも」

 

「本当ですか? だって聖女様は難病だって治せる治癒魔法を使えるのに、私には軽い打撲だけを治癒して、目覚めさせてはくれなかったではないですか!

 アレルギーだって、本来ならば私の姿をご覧になればすぐに気付かれるのではないですか?

 もしかしたら、アナフィラキシーショックを起こしても治してくださる気がなかったのではないですか?

 心の中ではそのまま私の意識が戻らなければいい、そう思われていたのではないですか?」

 

「変な妄想はしないで! 

 なぜメリッサ様のお友達だからといって、私があなたにそんな嫌がらせをすると思っているの?」

 

「だって、あの夜会の時だって、メリッサ様はポンと軽く触れるように押しただけなのに、貴女は大げさに私の方に倒れてきたではないですか!

 私は頭から倒れて死んでしまうところだったんですよ! 酷いです」

 

「!!!」

 

 私は泣きながらそう言うと、

 

「近寄らないでください」

 

 と小さく叫びながら、少しでも聖女シモーネから距離を取りたくて、ベッドの上で移動しようとした。

 普段なら聖女様を守ろうと何かと口出ししてくる三人の取り巻き達も、一言も発しないで、怪訝そうな顔をして動揺している聖女様を見ていた。

 それに気付いた聖女様は困惑した顔をして「違うわ」と呟きながらも、何を言っていいのかわからずにあたふたしていた。

 

 あなたはいつも先手必勝とばかりに、相手よりも先に「酷い」という言葉を、メリッサやそこにいる取り巻き三人組の婚約者に対して使って、彼女達を悪人に仕立ててきましたよね。

 どうです?先に「酷い」を連呼されたご気分は?

 

 

 真っ青になった聖女様とその取り巻き三人組は、女官によって部屋から追い払われた。

 

「あなた方のせいで患者の具合が悪くなってしまったようです。ですからすぐに退出してください」

 

 と、言われて。

 とにかくこの女官は空気が読めて、しかも職務に忠実で優秀な方のようだ。私も彼女のような女官を目指そうかな、とふとそう思った。

 

 

 そして何やら喚き散らす聖女様の声が聞こえなくなってから、衝立の向こうから王太子が姿を見せた。

 

「驚いた……」

 

 開口一番王太子はこう呟いた。何に対してだろう。

 

「君の演技力に恐れをなしたよ。普段の君とは全く違ったから」

 

 そっち? まあ驚くよね。私はとにかく大人しくて目立たないモブキャラだからね。もし存在を知られていたとしても、それはメリッサの取り巻きの一人って感じだろうし。

 というより、前世の記憶を思い出したので、倒れる前とはかなり性格が変わっていると思う。そう寡黙なモブから物言うモブに。

 

「私のことが怖いのですか? 自分で言うのもなんですが、大人しそうに見えても人の本性なんてわからないものですよ。

 聖女様だっていつもと違う面が見えたでしょう?」

 

「ああそうだね。だがそっちの方はとっくにわかっていたから、大分前から彼女の身辺は探っていたよ。

 元々その調査報告が上がり次第、きちんと対処するつもりだったから問題はないよ」

 

 私は喫驚した。えっ? 知っていたの? まさか彼女を油断させるためにこれまで放置していたの?

 もしかして聖女一人だけではなく、一緒に悪さをしている連中を芋づる式に処分するために?

 愚かだったのは王太子ではなくてこの私?

 本来の私ならもっと俯瞰的に物事を見て判断できたはずなのに、前世のことを思い出したことで、友人であるメリッサへの思いばかりが強くなってしまったようだ。

 

 いつもメリッサが言っていた通り、王太子は学業成績だけでなく、本当に頭の良い方なのだろう。

 それなのに小説の中の駄目王子と一緒にしてしまった。情けない。

 それにこうして間近で顔を拝見したことで、私は初めてフェンドルン王太子の容姿がかなり整っていることに気が付いた。

 薄茶色の彼の髪はサラサラで艶がある。そしてその長めの前髪で、大きくて綺麗な薄茶色の瞳を隠している。

 それをさらに眼鏡を掛けることで二重に目元を隠して、顔の印象をぼやかしているように見える。きっとあれは伊達眼鏡に違いないわ。

 つまりわざとオーラを消して、意図的に地味というかやぼったくしているのだと感じた。 

 そういえば王太子は外交も上手いと有名だったわ。目立たない振りをして相手の懐に入り込んで、懐柔するのが上手い方なのだろう。

 その上、人の心を読むことに長けてるに違いない。

 そんな王太子の優秀さや美貌に気付いていたからこそ、メリッサは婚約者のことを好き好きって言っていたに違いないわ。さすが婚約者ね。

 

 

「『酷い!』という言葉の効果は、君の言う通りに本当に凄いな。今までどんなに注意をしてもシモーネを盲信していた側近達が、あっけにとられた顔をしていたのには驚いたよ」

 

 やっぱりちゃんと注意はしていたのね。駄目なやつらだと簡単に人を切り捨てる、そんな冷酷なタイプではないみたいだわ。

 

「君はその言葉の効果を知っていたのに、なぜそのことをメリッサ嬢や他の令嬢達にそれを教えてやらなかったんだね」

 

「教えましたよ、もちろん。でもそんな卑怯でみっともない真似はできないと言われました。

 ライバルにわざと負ける真似をするなんてプライドが許さないと。淑女なら堂々と立ち向かうべきだと」

 

「それで勝てるのならいいが、結局悪女の罠に嵌って負けたのでは意味がない」

 

 真顔でそう言った王太子に私は絶句した。

 

「君はこの前、男というものははっきりと好きだと言ってくる一途な女性よりも、気があると思わせぶりな態度をする女性の方がいいのか、と訊いてきたよね」

 

 王太子は私を小馬鹿にするような顔をしてこう言った。

 

「実際、色仕掛をしてくるような小悪魔的な女性を好む男性も多いと思うよ。

 好きだと口で言うだけで何もしない女性より、積極的に自分を求めてくる女性をいじらしく感じる輩も少なくはないと聞くから。

 まあ私はどちらのタイプも好まないけれどね。

 なぜなら私の相手となる女性は、王族である私が尊敬できる人物に限るからね。

 私と結婚するということは王族になり、やがて国母になる人なのだから、自分の感情や好き嫌いを優先するような人では駄目なのだよ」

  

 冷たい、と正直思った。しかし、それと同時に綺麗事を言わないで事実を述べるその姿勢に、為政者としての覚悟を見たような気がした。

 プライドとはそれに見合った実力が伴ってこそ意味がある。前世の例の幼なじみを見ていてそう感じていた。

 好きなら好きと素直に言えば良かったじゃない。あんなに別れたくなかったと喚くくらいなら。

 メリッサだってそうだわ。彼女の場合はたしかに婚約者に好きだ好きだと告げてはいたけれど、彼が望む女性になる努力はしなかった。私があれほど忠告したにもかかわらず。

 国母になるつもりだったのなら、自分の感情だけに素直になっていてはいけなかったのだ。

 

 二人の婚約解消を回避したくて頑張ってきたけれど、王太子の側から考えてみると、婚約がこのまま継続された方がいいのか悪いのか、それがわからなくなってきた。

 もう自分にできることはここまでだわ、と私は王太子の顔を見て思った。

 仮に二人が両思いなのに誤解があって上手くいっていないのなら、まだいくらでも手立てはあると思う。

 しかし、それが一方通行の思いだったのなら、片方のためだけに協力するのは間違いよね。

 だって二人はいずれこの国の頂点に立つ方々なのだ。それなのに心を寄せ合うことができないのでは、その重責を背負って行くのが難しくなるもの。

 

 いつもメリッサに注意してきた。けれど、結局私だって国や王家のことより、友のことを優先して考えていたのだわ。そのことに初めて気付いて、その驕り高ぶった自分の思考に私は唖然とした。

 そしてそれと同時に今回王太子に対してとってきた、失礼な態度を次々と思い返して絶句し、居た堪れなくなった。

 

 私は不敬な態度をとってきたことを王太子に謝罪し、酷く落ち込んだ。するとそんな私に彼は、「気にすることはない」と言ってくれた。 

 それから淡々とあの夜会の騒動後の経緯と、今後の見通しについて説明をしてくれた。

 

 

 私はただ友人の望みが叶う手伝いをしたかった。でも、その望みが叶ったからといって、友人が幸せになれるかどうかはわからない。そんな当たり前のことに気付かなかった。

 結局、私にできることはここまでのようだわ。でも何もしないで終わってしまった前回よりはマシだと思うことにしよう。たとえ独りよがりだったとしても。

 

 メリッサは虐めなんかしていなかった。そのことだけはわかってもらえただろう。

 そして、祝賀パーティーの騒動も暴力事件ではなく、単なる事故で処理されそうだし。

 そう心の中で言い訳をしてみたが、涙が溢れて止まらなかった。

 みっともない姿を王太子に見せるわけにはいかなかったので、顔を背けた。

 するとそんな私の手に、王太子はそっとハンカチを握らせてくれたのだった。

 

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