第1章 プロローグ
話は最後まで仕上がっているので、数話ずつ連続投稿して三日ほどで完結する予定です。
「優しい殿下に悪役令嬢は相応しくありません。本当に殿下がお好きなら身を引くべきですわ」
「なぜ関係のないあなたなんかに、そんなことを言われなくてはいけないの?
私が悪役令嬢なら、あなたなんか偽聖女じゃないの。二面性のある嘘つき女には、絶対に殿下は渡さないわ」
「偽聖女だなんて酷いわ。今までたくさんの人々の病気や怪我を治してきた私に。男爵令嬢だからといって虐めるなんて酷いわ。学園内は平等なはずなのに」
「私は今身分の話なんてしていないでしょ。私がまるで虐めをしているかのように誘導しないで!」
そんな幼なじみの叫び声が聞こえたのと同時に、私はドーンという衝撃を受けて後ろ向きに倒れ、大理石の床に頭を打ち付けて意識を飛ばした。
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そして気が付くと目に見えたのは見知らぬ部屋の天井だった。ここはどこかしら?
身を起こそうとして激しい頭痛に襲われた。そして、
「ウエッ!」
思わず両手で口を押さえた。気持ちが悪い。
「フランシーズ嬢、だめだよ、いきなり起きては! 頭を床に打ち付けた後、一週間も意識が戻らなかったのだから」
声のした方へ顔を向けて私は絶句した。なんとそこには、王太子のフェンドルン殿下が開かれたドアの前に立っていたからだ。
なぜ?
「ここは王宮の医務室だよ。君は王宮で開かれた私の成人祝賀パーティーに参加してくれていたときに、廊下で倒れて頭を打ったんだよ。
今医師を呼んでくるから絶対に動かないで」
ああ、そうだった。
あの時、私は幼なじみの侯爵令嬢のメリッサと聖女シモーネの言い争いの場にいた。
そして、メリッサに押されたシモーネ様が私にぶつかってきたんだわ。
自動車の玉突きみたいなもの? ドミノ状態? ん? 自動車? ドミノ?
ただでさえ混乱している頭の中にこれまで見たこともない不思議な映像が駆け巡った。
何これ? 前世? しかも異国? いや違うわ。これはこの世界とは全く違う異世界だわ。
魔法や聖なる力がなくても、便利に暮らせて割と健康的に長生きできる世界。
なにせ馬がなくても走ることができる車や電車、空を飛ぶ飛行機だってあるんだもの。
短時間のうちに私は、自分が以前ニッポンという名の異世界の国に住んでいたことを思い出した。
いくつで何で死んだのかは思い出せないが、とにかく今と同じようにモブで、目立たない平凡な女だったのはたしかだ。なんのスキルも持っていなかったし。
なんだこれ。普通異世界転生もんって、特殊なスキルを持っているヒーローやヒロインが、そのチートなスキルを使って、異世界で大活躍するんじゃないの?
それでなきゃ最先端の専門的知識で新商品を作って販売して大儲けするとか?
だけど、前世の私にはそんなスキルどころか、なんの専門的知識も持っていなかった。
しかも気が弱くていつも人の視線ばかり気にして、空気ばかり読んでいるようなモブだった。
このままではいずれ友だちが辛い思いをする、とわかっていながら助言も注意もせずに関わらないようにしていた。
そう、彼女が不幸になるのをただ見ていただけだった。そしてそのことをずっと後悔しているような情けない人間だった。
そういえば過去のあのシチュエーションは、今現在進行形で起きている私の周りの状況に似ていない?
かつての私の幼なじみは、恋人を愛していながらツンデレが酷すぎて、彼に愛想を尽かされた。
前々から彼女の態度の悪さには気づいていたのだから、もし私がもっと注意をしていたら、友人が元カレの新しい恋人に嫉妬して傷付ける、なんて愚かな行為をするのを止められたかもしれない。
彼女の起こした傷害事件は、被害者の傷が大したことがなかったので執行猶予がついた。
しかし、ネットで『嫉妬に狂った時代遅れのツンデレ女子大生』として炎上した。
内定していた一流企業からは当然取り消しになったし、大学にもいられなくなって姿を消してしまった。
結局その後彼女がどうなったのか、その記憶はないのだけれど。
侯爵令嬢のメリッサと聖女シモーネによる王太子フェンドルンの激しい争奪戦。
これって、今ならまだ穏便に済ますことができるんじゃないかしら。
このままだとメリッサは、聖女シモーネを虐めたとか嫌がらせをしたとして王太子に断罪されてしまう恐れがある。
そして、婚約破棄されて修道院送りとか、国外追放とかになってしまうかも。
けれど彼女は少し愛が重くて感情の起伏が激しくて面倒なところもあるけれど、決して性格は悪くはない。
私の前では王太子のことを好き好きと言って、婚約者の自慢話ばかりだし。
高位貴族のご令嬢なのに差別意識なんて全くないし、友人や使用人には優しいし、野良猫や野良犬だって拾ってきて面倒見ちゃうタイプだ。
悪女っていうのなら聖女の方でしょ。人を性別や家柄や裕福さで差別して、接する態度を変えてるし。
たしかに病人や怪我人をこれまでたくさん治してはいるけれど、その患者のほとんどが金持ちで、高い治療費をもらってるのを知ってるわ。
まあ自分から要求はしていないみたいだけれど、謝礼をするのは当たり前、みたいな雰囲気作りを出したのは彼女自身よね。
貧しい人の中で助けているのは難病だとか、自分の話題作りになりそうな人達だけみたいだし。
王太子は近ごろ聖女の側にいることが多い。もっとも間に側近達を挟んでいて、隣り合っているところは見たことがないけれど、よく会話はしている。
あんな性悪女の本性を見抜けないで、婚約者を捨てて一緒になろうというのなら、所詮相手の男達もその程度のやつよ……と切り捨ててざまぁしたいところだが、残念ながら転生前の記憶が戻った今の私には、そこまでは思えない。
思春期の男なんて大概馬鹿だからね。その時期を過ぎれば一部を除いて、若い頃の愚かだった自分を思い出しては居た堪れなくなって、身悶えながら後悔するものらしい。
前世の我が身を振り返っても十七、八歳なんてまだまだ子供だわ。
兄や従兄弟も同窓会で会った元クラスメイト達もそんなこと言っていたわ。
でもやらかした後でも、ほとんどの連中が復活してそれなりの人生を送っていた。もちろんペナルティを受けた上でね。
そもそも同じ年なら女の方がませてるから、狡賢い女に騙されたらいくら頭が良かろうと成績がよかろうと真面目なやつだろうと、ころっといってもおかしくないわ。
特に純粋培養されてきた高貴な方々だったらなおさらにね。
それなのに、たった一度の失敗で人生が終わりって、厳しいというより寛容さがないわよね。
もちろん傷つけられた相手に、許してやれとは言えないし、許さなくてもいいと思うけれど。
そう言えば前世のニッポン人って、失敗を嫌う人が異常に多かったのよね。
だから多くの人が失敗をしたくなくて、新しいことになかなかチャレンジをしなかったなあ。
それに自分が先頭に立って何かを推し進めようともしない国民性だった。まあ自分も含めて。
だから某国のように、『失敗は経験である。だから失敗していない人間は信用できない』という考え方を知ったとき、酷く驚いたものだ。
話はズレたが、転生した今の世界では友人だけではなく、その婚約者にとってもハッピーなエンディングになるように、できうる限り動いてみようと私は決心した。
大したことはできないかもしれないし、自己満足に過ぎないことは百も承知だけれど、何もできなかったと後悔して生きるのはもう嫌だった。
せっかくまた新しく生き直せるなら、モブはモブなりにできるだけ頑張ってみようと思う。
人のお節介ばかりしていて、自分の恋愛はどうするのか?
なんて一人問答してしまうが、前世では恋愛をしていた記憶がないのよね。
絶対に結婚しなければいけないという風潮でもなかったから、恋愛自体気にもしなかった気がする。
育った環境があまり良くなかった、というより父親がダメ人間だったから、結婚に夢とか希望を抱けなかったのかもしれない。
定職に就いていたみたいだから、お一人様人生もいいかな、なんて考えていたような気がする。
でも今の世界では、貴族令嬢が独身のままだとかなり生き辛そうだから、普通に親に決められた相手と結婚するのだろう。
それこそ私のように可も不可もないモブな感じの人と。
いや、むしろそんな人がいいなぁ。悪目立ちするわけでも、かと言って人から見下されるわけでもなく。
でも自分の意見をちゃんと言える人。そんな人が理想だわ……
なんて、呑気に考えていたこともあったけれど、最近になって、自分は本当に一生結婚できないのだろうなと思うようになった。
だっていくらモブだからといっても、未だに見合い話の一つもないのだから。
まあ、我が家では大した持参金も準備できないのだから仕方ないけれどね。
でも成績だけはそこそこいいから、住み込みの家庭教師にでもなろうかな、なんてぼんやり考えていたけれど、そろそろちゃんと決めないとね。
でもとりあえず今は、幼なじみのことを考えなくちゃ……
と思ったのだが、どうやら私が意識をなくしている間に、事態はまずい方向に進んでいたようだった。
読んでくださってありがとうございました。
第2章も続けて投稿します。