110.悲しい行幸
ついに巨大キャプチャーの中で、赤い光が集まった。
「やった! 」
思わず声がもれた。
感動で両こぶしを強く握る。
そしたら、またスマホがなった。
なんなの、この忙しいときに!
・・・・・・忙しいからか。
達美さんからだった。
『うさぎ。
これから私たち、機体からおりてお姉ちゃんを援護する。
白兵戦だよ』
ハクヘイセン!
白兵とは、しらは、白刃の呼び方のひとつ。
敵を切ったり突いたりする武器のこと。
白兵戦と言えば、それらが必要になるような近づいての戦闘。
そうだった。
まだ銃声は、止まってない。
こん棒エンジェルスが、まだ捕まってないんだ。
『監視よろしく! 』
それでも達美さんは、レイドリフト・ドラゴンメイドはうれしそうだった。
「わかりました」
それと、改めて。
「朱墨ちゃん、ホクシン・フォクシスのみなさん。
一緒に見ましょう」
『了解』
『あの、僕は・・・・・・』
ああっ、そうだった。
「ストレートキーパーも、一緒に見てください! 」
ここは、うまく行きそうかな?
キャプチャーがバリバリ音を立て穴が開く。
まばゆいほど赤いかたまりが外にでた。
光がだんだん弱まってくる。
「良かった! 」
これでボルケーナ先輩はもとに戻る。
そう思っていた。
だけど、その光が落ち着いたとき、胸が不安で締め付けられていた。
あの福福しいおなかが、ない。
全身の赤い毛は、どこ?
代わりにウロコだらけになって、あちこちに灰色の物が着いてる。
背中の羽根まで、しなびれたキャベツみたい。
弱々しく前かがみになって。
手足からも肉が落ちて。
『きゅ、救助が必要ですね』
そうだ。
アーリンくんの言う通りだ。
だけど。
「待って、異能力者は近づかないで!
先輩の、アレルギーだから! 」
急いで説明しないと。
今、向かおうとしていたストレートキーパーも立ち止まってる。
「話を聞いて!
先輩の体は、ボルケーニウムと言う物質でできてる」
本当なら液体だけど、色や形を自由に変えられる。
だけどそれは、とてもデリケートなものなんだ。
寝不足になるだけでドロドロに溶けていく。
そして、それを支える方法が。
「外からの刺激を自分のエネルギーに変えられるんです」
炎を当てられれば、その熱を。
冷たいものでも、自分から奪われる熱の動きから作れるらしい。
例え殴られてもその衝撃がエネルギーになる。
「だけど、異能力みたいな純粋で強力な力を浴びると、ボルケーニウムが過剰に反応します。
その結果」
ボタッ、ボタッと、皮膚の灰色がはがれ落ちた。
「体が灰みたいになって、落ちていきます」
一応、アレルギーを押さえるための凝固剤はあるけど、すべての反応を押さえるわけじゃない。
あんな巨大キャプチャーの中にいたなら、ムリだよ。
そこへ達美さんが駆けてきた。
今は、私と似たようなカーキ色のパイロットスーツ。
『おねえちゃーん!
猫吸い猫吸い』
そう言いながらヘルメットを外して、自分の髪を先輩の鼻に押し付けた。
すると、達美さんの頭が赤い液体になる。
そして先輩の皮膚に、とけ込むように吸収されていく!
そうだ。
達美さんの表面は、ボルケーニウムだから。
それを分け与えてるんだ!
猫吸いって暗号名? 治療法なんだ。
達美さんの表面が失われていく。
銀色の、ガイコツじみた金属骨格がむき出しになる。
一方、先輩のやせた体が膨らんでくる。
毛が全身をおおった。
『た、助かったー。
ありがとう』
『いやいや』
いつもよりは細いけど、これで安心。
なんだよね?
あれ?
先輩の後ろ。
しっぽが、ない?
いえ、ちがう。
太くて長い抱き枕みたいな形じゃない。
今は、細長いロープみたいになってる。
ピンと伸びて、キャプチャーの中に消えていた。
先輩はそのしっぽを手に取ると、引っ張った。
『閻魔 文華を縛ってるんだ。
一緒に引っ張って』
『わかった』
達美さんや、白兵戦に参加したサイボーグたちも、しっぽをつかむ。
ゴロゴロと重いものが路面をこする音がした。
『あの、うさぎさん。
相談したいことがあるんですが』
なに? 朱墨ちゃん。
『あの閻魔 文華。
私に説得させてほしいんです。
ああなった巫女とか聖騎士とか、たくさん見てきたから』
それが何を意味するのか、まあ、大体わかった。
「深刻そうだね」
『深刻・・・・・・にならないよう、祈ってください』
しっぽの先に、人1人が入るキャプチャーがあった。
閻魔 文華が自分を守るために張ったモノ。
あれ、後ろから誰か2人、押してる?
黒くて突起が多い鎧は、ルルディ騎士団の。
でもその兜には、上に向かってさらに大きな突起がのびている。
突起は、おデコの高さでぐるりと頭を回る、輪っかからのびていて・・・・・・。
そうか、あれは王冠なんだ。
だったらあの2人は、ルルディの王さまとお妃さま?
その姿に私は、覇気とか、王気みたいなものは感じなかった。
犯罪を犯した娘だけど、とにかく合いたくてたまらない。
だけど来てみれば、娘は生きているのに、何もしゃべらない。
そこに無力感を感じる、老夫婦。
それしか感じなかった。