57――トラウマ
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「ふたりとも、こんなところにいたのね。探したわ」
初めてのキスの余韻にふたりで照れ照れとしながら浸っていると、制服姿の部長がオレたちに近づいてきた。その瞬間、何故かオレの体がビクンとまるで驚いたときのように強く反応する。
部長は体は大きいけれど優しい性格だ、バスケをやってる時だけ好戦的になるけど。入学してから数ヵ月の付き合いだけど一緒にバスケをプレイしてきたんだから、それくらいの人となりはよく知っている。怖がる必要はない、いつもみたいに笑って挨拶しよう。そう思っているのに、オレの体は小刻みに震えて全然言うことを聞かなかった。
「……ひなたちゃん、どうしたの? そんなに震えて、もしかして寒い?」
オレの様子が変なことに気づいたのか、まゆが肩を抱きながらそう聞いてくれた。別に寒いわけじゃないんだけど、まるで体が冷凍庫の中にいるみたいにプルプルと震えて止まらない。エアコンの効いた体育館とはいえ、真夏なんだからそこまでは寒くない。運動している部員にちょうどいい温度になっているから、制服姿のオレにとってはほんの少し肌寒く感じる。でもだからといって、こんな風に体が震えるなんて異常事態だとしか思えなかった。
オレとまゆが突然のことにどうすればいいのかと慌てていると、冷静にその様子を見ていた部長が少しずつ後ずさるようにオレたちから離れる。するとその距離が空いていくのに比例するように、オレの体の震えが徐々に収まっていった。最終的には大体2mぐらい離れたところで完全に震えは消えて普段の状態に戻ったのだが、その原因が全くわからずに困惑してしまう。
「ごめんなさいね、ひな。私が不用意に近づいたから、どうやら怖がらせてしまったみたい」
「い、いえ! むしろ部長のそばにいても、これまでは全然こんな風にはならなかったのに。変な反応をしちゃって、本当にごめんなさい!!」
部長を謝らせてしまったが絶対に彼女の責任ではないので、オレは必死にそう言って頭を下げた。ペコペコと謝罪合戦を繰り返すオレと部長の様子を見ながら何やら考えていたまゆが、何かに気づいたみたいにハッとして口を開いた。
「もしかして、あの試合での衝突がひなたちゃんのトラウマになってるんじゃ……?」
まゆが言っている衝突というのは、間違いなく決勝戦で南先輩とぶつかったあのラフプレイのことだろう。いやオレとしては別に、さっき南先輩と画面越しに会話したときも何も感じなかったし。まゆだってオレより背が高いけど、さっき触れ合える距離でいたときも全然恐怖心は感じなかった。
「……それは関係ないんじゃないですか? だってほら、まゆ先輩も結構背が高いけど特に怖くないですし」
「そこはほら、愛の力とか」
冗談っぽく言うまゆにオレも『何言ってるんですかー』とか軽く返すべきだったんだろうけど、なんかさっきのねっとりしたファーストキスが思い出されて顔がカァッと熱くなってしまう。それを見たまゆも釣られたのか赤くなってしまって、ふたりして真っ赤になりながら顔を見合わせて小さく吹き出してしまった。そんなオレたちに呆れたような視線を向ける部長に気づいて、ふと我に返る。
もしまゆの推論が正しかったとして、その場合オレの体が震えはじめる条件ってなんなんだろうという話になり、部員のみんなに協力をお願いして検証することにした。何故部活を引退した部長が体育館に来たのかというと、今日オレが部活に来るというのを監督から前もって聞いていて様子を見に来てくれたそうだ。他の3年の先輩たちも心配してくれていたそうなんだけど、予備校とか田舎への帰省などの用事で来られなかったらしい。
部長にも何か用事があるのかもしれないと聞いてみたら、今日は午前中に用事を済ませたのでこの後はフリーなんだとか。検証に付き合ってもらえるということなので、失礼だとは思いつつ距離を保ったままお礼を言った。
部員のみんなも快く手伝ってくれて検証した結果、身長が大体170cm以上の人が近づいてくると体が震えはじめるようだ。身長が高くなるほど震えがひどくなるので、やっぱりまゆの予想通り南先輩との衝突が無意識にトラウマになっているのかもしれない。元男なのにあんなことぐらいでトラウマになるなんて、とちょっとだけ自分が情けない。
体が震えるということはシュートを打つ手も震えるので、オレの2m程度前に部長がただ棒立ちしているだけなのに全然シュートが入らない。他の部員たちにも試してもらったけど、遠くから勢いよく走ってこられると身長関係なしにシュート精度がかなり落ちてしまった。具体的に言うと決定率は50%ぐらいで、この体たらくではスリーポイントシューターなどとはおこがましくて名乗れない。
「大丈夫だよ。これまで通りにひなたちゃんは超長距離からのシュートでチームに貢献できるし、練習とか試合に出ていれば少しずつ慣れていく可能性だってあるよ」
オレが見てわかるぐらいに落ち込んでいたからか、まゆが頭を撫でながらそう慰めてくれた。そうだな、何度も練習して慣れるようにしていかないと。
「こら、今日は休養日って話だったのになんでシュート練習なんかしてるんだ?」
「か、監督……」
「ああ、詳しく説明しなくていい。ちょっと前から見ていて大体わかっている。メンタルっていうのはちょっとしたことで崩れたり鍛えられたりするものだから、焦りは禁物なんだよ。しばらく慎重に色々と試しつつ様子を見ながら、もし症状がひどくなるようだったら病院に行ってみよう」
監督に背中をポンポンとあやすように叩かれながら言われて、オレは力なく頷いた。なんかこの不安な感じ、急に女子になって病院で過ごしていた時の感じに似ている気がする。あの時はどんな風に不安を感じなくなったんだっけ。変わってしまった体に違和感しかなくて、大きくて鍛えられた体が一晩にしてか弱く華奢になってしまった。それでも自信を持てたのは、フィジカルの代わりにこのとんでもなくチートなシュート能力を得られたからだ。でもそれすら無くなったオレなんて、果たして価値があるのだろうか。
底なし沼みたいなマイナス思考に引きずり込まれそうになって、慌ててパァンと両手で自分の頬を叩く。その痛みになんとか自分の思考を前向きに持っていきながら、やれることをやろうと改めて決意する。しかしオレってこんなに精神的に弱い人間だったかなぁ、もっと強い人間にならないと。
自分で設定したのですが、ひなたのシュート能力が強すぎるので弱体化させたくてこれまでの流れを書いていました。
でもそれでもまだ強いような気がします(汗)




