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TSしたオレが女子バスケ選手としてプレイする話(改訂版)  作者: 武藤かんぬき


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55――謝罪と事情


 嗚咽混じりにゆっくりと事情を話し始めた南先輩に、オレはひとまず口を挟まずに『うん、うん』と相槌を打ちながら聞いていた。


 恵まれた体躯を持つ南先輩は、小学生のミニバス時代からメキメキと実力をつけて頭角を表した。とにかくバスケをするのが楽しい、勝っても負けても試合に出られるだけで嬉しい。そんな純粋な気持ちでプレイできたのは、中学を卒業する頃までだったという。


 その頃には強化選手になり、日本代表のジュニアユースチームにも呼ばれるなどプレッシャーを感じることも増えたのだが、まだギリギリ周りからの期待を自分の力にできた。しかしスポーツ推薦で現在の高校に入学した途端に、学校を背負う逸材としてチームの監督やコーチ陣から過度なプレッシャーを掛けられるようになったらしい。


 当然同じチームの先輩たちは面白く思うはずもなく、南先輩に厳しく当たったそうだ。同学年のチームメイトも味方にはなってくれていたが先輩に表立って逆らうこともできず、結局は先輩たちの鬱憤を南先輩ひとりで受け続ける日々が続いたらしい。そんな中でも結果を出し、年月が経って先輩たちが卒業するにつれてチームメイトたちとの不和は解消されていくが、残念ながら学校間の政治と大人たちの名誉欲にまみれた期待は逆に大きくなって、プレッシャーに押しつぶされそうになっていたという。


 チームメイトたちには頼れるキャプテン、ピンチの時でも絶対になんとかしてくれる選手だと期待される。けれどもひとりになれば押し寄せてくる不安や『そんなに強い選手ではない』という自分自身への自己否定、誰も気持ちをわかってくれないことへの孤独感や大人たちの言いなりになって結果を出さなければいけないという強迫観念に精神が追い込まれていく。


 そんな二律背反を抱えながらも、今年もインターハイへの切符を手に入れたチームは順調にトーナメントを勝ち上がっていた。監督からは『絶対に優勝、それ以外に価値はない』と毎日何度も言われた。その言葉は呪いそのままに、南先輩の精神を蝕んでいく。『◯◯の大学進学が掛かっている、優勝できなかったらお前のせいでその話が無くなるんだ』という脅迫にも似たセリフを何人ものチームメイトの名前に入れ替えて繰り返されて、自分は悪いことを何もしていないはずなのに極悪人になってしまった気分だったそうだ。


 そんな風にぐちゃぐちゃに混乱した状態で迎えた三回戦、勝ち上がってきたチームのどちらかが自分たちと当たる試合を偵察していた時のこと。南先輩の目にとんでもないシュートを打つ選手が飛び込んできた。つまるところ、その選手はオレのことなんだけど。高いリリースポイントとボールの軌道、まぐれ以外で入るはずがない遠距離からのロングシュート。あんなのはブザービーターでしか見たことがなかったと南先輩は言った。


 普通に考えれば入るはずがないのに、放たれたシュートは必ずリングを通る。実際にオレのシュートで得点を重ねて、うちのチームは逆転勝利を飾っている。南先輩は『私にはこの子のシュートは止められない』と直感的に思ってしまったそうだ。狙うならシュートが放たれた瞬間だがセンターの南先輩はその頃には既に自陣に戻っているし、オレのシュートを打つ場所が彼女にとっては敵陣の奥深くなのでオレにパスが通った時点で失点するのがほぼ確実になってしまう。


 自分で言うのもなんだけど、オレのシュート決定率ってかなりのチートレベルだからなぁ。期待という名のプレッシャーを散々掛けられた上に、自分ではどうすることもできない必殺シュートを見せられては精神的に不安定になってしまっても仕方がないのかもしれない。中学レベルだったけどオレも男だった頃には代表に選ばれていたから、南先輩のプレッシャーについては少しだけ理解できる。ただオレの場合はそんな風に隙あらば追い込んでやろうとばかりに、嫌な重圧をどんどん与えてくるどうしようもない指導者はいなかったから。彼女の気持ちが丸ごとわかる訳ではないけど、相当にキツい状況だったんだろうなとは想像できる。


 準決勝は危なげなく勝って、いよいよ決勝戦。そしてあの時オレがジャンプシュートの体勢に入った瞬間、溜まっていたストレスが爆発してあんな行動に走ってしまったそうだ。


「……言い訳にしかならないのはわかっています。競技に身を置く者として、とんでもないルール違反を犯したと自覚しています。本当に申し訳ありません」


「いや、席を立たなくても大丈夫ですから。例え土下座とかされたとしても、さっきの人みたいに気持ちが伴っていなければただのパフォーマンスでしかないですし。南先輩が自分の行動を後悔している気持ちは、すごく伝わってきましたから」


 スッ、と流れるような動きで椅子から立ち上がった南先輩を、オレは慌てて止めた。ちょっと辛辣というか嫌味っぽい言い方をしたのは、先輩がなかなか椅子に座り直してくれなかったからだ。多分さっきのあの監督の人って、生徒に嫌われていると思うんだよね。暗に『無理にそういう行動をしても自己満足だし、あの人と同類になる』と言われれば、きっと止めてくれるだろうと予想して実際にその通りになった。


 例えこれが南先輩の演技で騙されたのだとしても、オレとしてはこの件についてはもういいんじゃないかなと思った。インターハイの決勝戦という大舞台でほとんどプレイできなかったのは残念だけど、オレはまだ1年生だし。これからも大きな大会での出場機会はあるはずだ。一応は被害者側のオレが考えることじゃないだろうけど、先輩だってせっかく才能に甘えずに努力して実力をつけてきたんだからここで気持ちを立て直して欲しい。同じスポーツをやっている人間としては、彼女がこんなことで潰れてしまうのは日本の女子バスケ界にとって損失になると思うんだよね。


 ただ、ひとつだけ聞いておきたいことがある。オレにぶつかってきたあの時、意識を失う前の幻覚だったのかもしれないけど、確かに先輩は笑ったように見えた。あの時の笑みの意味が知りたい、覚えてないかもしれないけど。


「あの事故については、お互いに忘れましょう。先輩にはこれからも選手として頑張って活躍して欲しいですし……ただ、ひとつだけ聞きたいことがあるんです」


「そう言ってもらえると、ちょっとだけ気持ちが楽になります……それで、聞きたいことって?」


「私と接触したあの時、先輩が笑っていたような気がするんです。覚えてないならそれでもいいんですが、もし何か意味があったのならそれを聞いておきたいと思って」


 なるべく詰問に聞こえないように、なんでもないことのように尋ねた。許すって言ったのにキツい言い方になっちゃったら、先輩としても『本当に許されてるのかな?』って不安になるだろうからね。


 最初は聞かれた言葉の意味がわからないように不思議そうな表情を浮かべていた先輩だったけど、何か思い当たったように自分の顔を両手でペタペタと触り始めた。


「えっ、えっ!? わ、私あの時笑ってました?」


「多分……さっきも言いましたが、私の見間違いかもしれないですけど」


 オレが頷きながら言うと、先輩は言いにくそうな表情を浮かべてから意を決したように口を開いた。


「あの時、私としては笑ったつもりは全然なかった……あ、ごめんなさい。謝罪する側なのにタメ口なんて」


「普段通りでいいですよ、私は1年生で先輩は3年生なんですから。年上の先輩に敬語を使われる方が、私としても居心地が悪いです」


 上下関係が厳しい運動部あるあるだけど、やっぱり学年が上の人に丁寧にされるとなんか座りが悪い。南先輩も同じように思ったことがあったのか、『じゃあ、お言葉に甘えて』とタメ口で話してくれるようになった。


 そんな南先輩の話だと、オレに体当たりした時に『これで負けたとしても自分の責任にされることはない』とそんなことを考えたかもしれないということだった。先輩の中ではうちのチームに勝てないと思った最大の理由がオレのシュートだったらしく、そのオレを排除できたことにホッと安堵してそれが表情に出たのかもしれないと。


「本当に最低だ、私。なんであんなことをしたんだろう、バスケ選手なのにバスケで勝負せず、暴力で排除しようとするなんて……」


「……まぁ、事情はさっき聞きましたし。追い詰められた結果だったのなら、仕方がないのかなと思いますよ」


 カメラの向こうの南先輩の目尻にまた涙がぷくりと膨らんできたので、とりあえずその気持ちに同調して励ましておく。でも実際のところ先輩はもうちょっとメンタルを鍛えた方がいいんじゃないかな。挫折をあんまりしたことがなく成功を続けてきた人っぽいから、一回躓くと立ち直るのに時間が掛かるかもしれないね。


 まぁ今回の件については事情を鑑みると先輩が全部の罪を背負う必要はないと思うので、横で聞いているはずのコーチの人にも一応最後に釘を刺してからビデオ通話を終えた。あの監督のおっさんは普通に害悪だし自分の名誉のことしか考えてなさそうだから、『とっとと排除した方がいいんじゃないですか』という意味の言葉をオブラート何枚にも包んで言っておいた。まぁところどころ破れて本音がダダ漏れだったかもしれないけど、それはオレの責任じゃないしな。


 1時間も話していなかったはずなのに、なんかすごい疲れた。はぁ、と短いけど重たいため息をついてグーッと背伸びしていると、背後から監督が『お疲れ』と労ってくれた。


「最初のおっさん、本当に嫌なヤツだったな。私もああならないように気をつけないと」


「監督はあんな風にはならないですよ。時々突拍子もないことを言い出すけど、基本的に私たちのことを考えての行動じゃないですか」


「自分の中ではそう思っていても、長年やっていたら指導者こっち側と選手そっち側でズレてしまうこともあるんだろうからな」


 なんか同じ監督という立場でいる人間として色々と思うところがあったのか、監督がしみじみと呟いた。そう思うと指導者には指導者の苦労があるのかもしれないけど、あいにくとオレは選手としての経験しかないし監督は大人なんだから大人らしく頑張ってくださいとしか言えない。


 問題はもうオレの手からは離れたけど、同じ競技をする者として願わくばあの学校の生徒たちが嫌な圧力に曝されることなくバスケを楽しめるようになればいいなと思う。とにかくあのおっさんを排除しないと、南先輩が引退したらまた誰かをターゲットにして同じことをするだろうからね。コーチ陣が決意してクーデターを起こすことに期待しよう。


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― 新着の感想 ―
全てを大々的に公表して逃げ道無くすのが一番だけど、彼女も競技者として終わる可能性が高いからやらないだろうなぁ。 学校に報告する程度じゃ揉み消されるのがオチだし、教育委員会も同様でしょう。
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