53――久々の登校
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北海道から帰ってきてすぐにまゆとかイチに会おうかと思ったのだが、思いの外飛行機の旅に疲れていたのかベッドに倒れ込んで眠ってしまった。
起きたのはもう夜だったのでとりあえずアプリで帰宅の挨拶だけメッセージで送ると、まゆからは即レスが返ってきた。『今から会いに行く』というメッセージが来たので、明日は部活に顔を出す予定であることを告げてなんとか押し留めることができた。心配してくれるのは嬉しいけど、こんな真っ暗な中で女の子にひとり歩きさせるわけにはいかないしね。
姉貴と母にも心配を掛けてしまったようで、家に帰ってきて早々にふたりに抱き締められたのにはびっくりした。外傷としては頭のタンコブぐらいしかないのですぐに安心してもらえたし、そのタンコブも病院で眠っている間もしっかり冷やしてもらっていたみたいで腫れも引いている。痛みもほとんどないから、もう治ったようなもんだよね。
明日は先輩たちに迷惑を掛けたことを謝ってから、多分留守番組だった同級生たちも心配はしてくれているだろうからお礼を言おう。頭の中でやることリストを作っていると、いつの間にかまた眠ってしまっていた。昼寝もしたのに次の日の朝までしっかり眠れたあたり、体だけじゃなくて精神的にも疲れていたんだと思う。
これだけ寝たのだから翌日はすっきりと目覚めて、朝食もしっかりと食べた。今日の部活は見学しろと監督に指示されているので、制服を着て登校する。監督に指定された登校時間は部活が始まる時間よりも1時間ほど後だったので、通学路で他の女バス部員に会うことはなかった。それにしても暑いな、北海道も世間で言われているほど涼しくなかったし。
ジリジリと照りつける太陽に焼かれるように歩いて、やっと学校へと到着した。これだけ日差しが強いと、何故か日焼けしないオレもいよいよこんがりと焼けそうで嫌だ。日焼け止めは姉貴の言いつけで、毎日ちゃんと塗ってるんだけどね。
靴箱で上履きに履き替えて、第一体育館へと向かう。今回インターハイで優勝したんだから、多分第一は女バス専用みたいな感じにしてもらえるんじゃないかな。これまでも女バスが専有していたようなものだけど、ごくたまに他の部活のスケジュールが入ってきて使えない日もあったからね。監督には是非第一体育館を勝ち取れるように、学校側と交渉してほしいものだ。
体育館に近づくにつれて、バンバンとバスケットボールが床にバウンドする音が聞こえてくる。なんだか新しいクラスにはじめて入る転校生みたいな、変な緊張感がある。これだったら部活が始まる時間に来てた方がよかったかも、なんて思っていると後ろから突然声を掛けられた。
「河嶋さん!」
右手を上げながらこちらに走ってくるのは、同学年の男子だった。男バスの……名前、なんだっけ? もしかしたら自己紹介されてないのかもしれない。名前のわからない謎の男子に、とりあえず手を振り返した。
「あ、男バスも部活……左手、どうしたんですか?」
当たり障りなく会話して別れようと思ったんだけど、左手に巻かれた白い包帯が目に入ったので思わず聞いてしまった。手首から肘の下ぐらいまで結構広範囲に巻かれているんだけど、血とかで汚れてるわけじゃないから打ち身とかなのかな? 骨折だったら包帯じゃなくて、ギブスみたいな硬い素材で固定されるだろうし。
「部活中に不注意で壁に思いっきりぶつけちゃってね、骨に異常はなかったんだけどすごく腫れてたから病院に行ったら巻かれたんだ」
「お、お大事に……」
どうやったらそうなるのかわからないけど、折れてないなら治るのも早いんじゃないかな。オレは苦笑しながらそう言って先に体育館に向かおうとしたんだけど、彼はオレに並んでついてきて話を続けてきた。
「むしろ河嶋さんの方が大丈夫なの? 試合中に相手選手と接触して、意識がなかなか戻らなかったって聞いたけど」
「ええ、もう大丈夫です。特に怪我もなかったですし、唯一あった頭のタンコブも今日の朝にはもうほとんどわからないくらいで」
『触ってみます?』と頭を彼に見せると、何故か彼は顔を赤くして慌てたように手を振った。まぁタンコブの元の大きさもわからないし、今触っても比べられないから意味ないもんね。
さすがに『名前はなんでしたっけ?』と聞くのも失礼すぎるし、名前を呼ばないことを不審に思われないように気をつけながら会話しつつ一緒に体育館まで歩く。その間に女バスの優勝を寿がれたので、素直にお礼を言った。男子も女子に追いつけるように頑張ると言うので、『頑張ってください』と応援しておいた。この夏で引退する3年生がほとんどだろうし、どこの学校もチームの戦力ダウンは避けられない。そう考えると、ウィンターカップってどのチームも全国を狙える確率が高い大会なのかもしれない。
とにかく次の目標に向けてお互い頑張りましょうね、と激励し合って男子とは入口で別れた。観音開きのドアが開いていたのでそこからひょっこり覗き込むと、やっぱり真っ先にオレに気付いたのはまゆだった。
「ひなたちゃん!」
オレを発見したまゆが声を上げて、まっしぐらにこちらに走り寄ってくる。『ピピーッ』とけたたましい笛の音が鳴ったことから察するに、多分ゲーム形式の練習中だったのだろう。コートにいるのは両チームともうちの部員っぽいからよかったけど、他校との練習試合中だったらペナルティをもらっていたことだろう。
まゆはオレの目の前で止まって、まるで壊れ物を扱うかのようにオレの体のあちこちを撫でるように触る。怪我がないか確認してるんだろうけど、ちょっとくすぐったい。
「ご心配をおかけしました、まゆ先輩」
「ホントだよぉ。病院に運ばれてから一度も会えなくて、すっごく心配してたんだからね」
涙声でそう言うと、まゆはオレにぎゅうっと抱きしめてきた。小さく嗚咽を漏らすまゆをどうするべきか悩んでいると、他の部員たちもこちらに近づいてくる。あかりちゃんや柚凪ちゃんたちも、心配してくれていたのか普段と変わらない感じのオレの姿にちょっとホッとした表情をしていた。ひと通りみんなに声を掛けられて、それに答えていると監督が近づいてきた。
「お前ら、試合を放りだして何をしてるんだ……まぁ、仕方ないか。集中も切れただろうし、一旦休憩にしよう。ああ、ひなはちょっと一緒にきてくれ」
呆れた表情を隠しもせずに監督がそう言うと、さっさと出口へ向かって歩いていく。ただオレにはまだまゆがヒシっと抱きついている状態でどうしようかと思っていたら、瑠璃先輩をはじめとした2年生の先輩たちがオレからまゆを引き剥がして離れたところに連れて行ってくれた。口パクで『ありがとうございます』とお礼を言うと先輩たちは頷いてから、早く監督を追いかけなさいとジェスチャーしてくれたのでそれにありがたく従う。
小走りで監督に追いついて横に並ぶと、監督が体調について尋ねてきたので『もう大丈夫です』と答えておいた。オレの答えを聞いた監督は少し口に出すのを躊躇った後で、『相手が謝罪したいと言っている』と唐突に話し始めた。最初は相手って誰だろうと不思議に思っていたのだが、オレに謝りたい人なんてひとりしかいないじゃないか。決勝戦でオレと接触した南さんのことだ、そんなの考えるまでもなくわかるだろうにまだ寝惚けてるのかな。
「あれは試合中の事故ですし、謝られるようなことはないですけど……」
「まぁ、あちらとしてはお前を病院送りにしてしまったんだから、謝ってちょっとでも精神的な罪悪感を軽くしたいんだろうよ。もちろん直接ではなく、パソコンを使ったテレビ通話での謝罪だがな」
監督同士で連絡先を交換していて、うちの監督からオレの目が覚めたことを連絡しておいたらしい。するとあちらの監督がオレの登校予定日を聞いてきて、差し支えなければその日に彼女から謝罪をさせたいと申し出てきたそうだ。
「『差し支えなければ』とは言っていたが、有無を言わせない勢いがあったぞ。あちらにしてみれば有力選手だしな、大学への推薦とか学校の都合もあるんだろうが……」
相手側からのチャージが発端なのに、何故こちらが気を遣わなければいけないのか。そんな苛立ちが多分に含まれた監督の言葉に、『私は大丈夫ですから』とフォローしておいた。確かに大人の都合を優先しているようにも聞こえるけど、南さんの精神状態を第一に考えての行動だと考えれば別に腹は立たない。例えば画面に映った南さんが『自分は全然悪くない』と言わんばかりに開き直った態度なのだとしたら怒りも感じるだろうけど、さっきも言ったが試合での事故なのだから今のところ気持ちはフラットだ。勝ちたい気持ちが先行し過ぎたとか、ラフプレーの理由としてはそんなところだろう。
インターハイ決勝での試合経験という希少な経験をふいにされたことだけは、ちょっとだけ文句を言いたいかな。まぁ全国に出るチャンスはウインターカップは2回、インターハイも2回もある。もう一度同じ舞台に立てるように頑張るしかないか。
「病気がちだったからかもしれないが、ひなはもうちょっと自分のことを大事にした方がいい。相手からのラフプレーで負う怪我についてはどうしようもないことなのかもしれないが、頭を強く打てば一生目が覚めなかったり体が動かなくなったりすることもある。吹っ飛ばされた状態では難しいかもしれない、けれど頭を庇ったり受け身を取れていたら今回みたいに意識を失うまではいかなかったかもしれないだろ? もしもお前が昏睡状態になったとしたら、まず間違いなくまゆは廃人のようになる。ご家族だって悲しむだろうし、友達だって辛い思いをする。『自分のために』が難しいなら、周りの人間のために自分を大事にしてくれ。もちろん私も、ひなが怪我をしたら悲しむからな」
監督にはオレの飄々としている態度に思うところがあったのか、懇願するかのように真面目な声音で切々と諭された。オレってそんなに自棄っぱちな人間に見えているのだろうか。オレだって痛いのはイヤだし、怪我には人一倍気をつけているつもりなのだが。
監督の言葉に内心で小首を傾げながらも、とりあえず『気をつけます』と答えた。その後もしばらくゆっくりと歩くと、小会議室とプレートが付いている部屋へと辿り着く。さてさて、南さんはどんな感じで話を切り出してくるのか。ちょっとだけ緊張しながら、オレは監督に続いて部屋の中に足を踏み入れるのだった。




