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02――イチへの事情説明


「本当に、この子があの湊だって言うんですか? こんなにサイズも違うのに?」


 姉貴がメイン、オレが補足係としてイチにこの約1年間のことを話していると、納得できないと言った様子でそう言った。


 何度も言うがオレ自身も納得してないからな、この1年で少しは背は伸びたがそれでも男だった頃と比べると30センチぐらい差があるのだから。


「だからさっきからそう言ってるでしょ、いい加減観念して受け入れなさいよ」


 面倒くさそうに言う姉貴がテーブルの上に広げている書類を指差すと、さっきも読んだその書類をイチは再度手にとった。


「この子と湊が実の兄妹だと証明されたけど、母親の小百合さんは湊と美雪さん以外の子供は産んでいない。それなのにこの子が存在しているということは、湊か美雪さんのどちらかがこの子になったとしか考えられないと?」


「そういうことね。おまけにこの国で権威も実力もある人達が集まって調べても、原因も元に戻る方法も全然見つけられないのよ。イチが信じられない気持ちもわかるけど、一番やりきれない気持ちでいるのは湊なの。もう一度言うけど私がこうしてこれまで通りの姿で存在していて、湊の姿がなく、その代わりにひなたがあの日の朝に湊の部屋にいた。この状況証拠と検査結果を見ても、まだ信じられない?」


「……本当なんだな?」


 証拠を積み上げられて信じざるを得ない状況に追い込まれたイチは、最後の確認とばかりにオレの方に視線を向けて静かに尋ねた。最早慌てても仕方がないので、しっかりと頷く。


 すると張り詰めていたものが緩んだのか、イチは脱力して両手を後ろ手で床に着いて深いため息をもらした後、『そっかぁ、大変だったんだな……』と感慨深そうに呟いた。


「療養だって言って嘘ついてたこと、怒ってないのか?」


「そりゃあ一瞬ムカついたけど、でも本当のことを言われたところで何の冗談なんだみたいな感じで、きっと信じてなかっただろうからな。こうして信じさせるために検査とかして判断材料が出揃ってから教えてもらえて、むしろありがたいと思ったよ」


「……なんか、いつもよりオレに優しくないか?」


「べ、別に普通だろ」


 身長の関係でどうしても下から見上げるような視線になりつつもオレが尋ねると、何故かイチが照れたように顔を赤らめてオレから視線を逸した。そんなオレ達を姉貴がニヤニヤした表情を浮かべてみていたが、意味がわからん。


 オレがイチの顔を見上げるのをやめると、イチがホッとしたようにため息をつく。やっぱり親友が女になったら、ちょっと接しにくく思ったりするのかもな。オレもイチが慣れるまでちょっと気遣いながら、慎重に接した方がいいのかもしれない。


 家族と関係者以外だとイチ以外がオレの事情を知らないことを教えると、なんだか嬉しそうな表情を浮かべていた。オレも逆の立場だったとしたら、親友が抱えている秘密をオレだけに教えてもらえたら信頼してると思えて嬉しくなるだろうしな。


「と、言う訳で。改めてうちの従姉妹をよろしくお願いね、せっかく同じ学校に通うんだから先輩として面倒見てあげて」


 姉貴はそう言い残して、何やら用があるからと言ってリビングを出ていった。その場にはオレと、同じ学校と聞いて、イチは驚いている。


「もう一度ウチの学校に入るのか?」


「オレの体を研究している教授がいるんだけど、その人がウチの学校の学園長の知り合いらしくて。受験して合格したって扱いで入学させてもらえることになったんだよ」


 もちろん勉強はめちゃくちゃさせられたけどな。ただ教育に関わっているプロが何人もいたから、面白いと思える勉強のやり方を教えてくれた。それにより学力もよくなって多分普通に受験しても合格できたと思うのだが、ちょうどその時期はオレの体の最後のチェックで色々と検査を受けていたから都合が合わなかったのだ。


 これまでと違って男と女だし、先輩後輩になるし。今までと同じように接することは人目のあるところでは難しいと思うけど、オレ達しかいないところでは変わらず親友として仲良く過ごしていきたい。


「あ、そうだ。イチ、明日って部活ある?」


「午前中だけだが、何かあるのか?」


「うん、午後からヒマだったら買い物に付き合ってほしい。バッシュとか部活で使うTシャツとか、今使ってるのが大分くたびれてきてるんだよ」


 何しろ殆ど毎日バスケサークルにお邪魔してたからな、高田先輩はじめサークルの人達はよく邪険にせずに歓迎してくれてたと思うよ。


 イチとしてはオレが体力とか身長のハンデを背負っていても、またバスケ部に入ろうと思っていることを喜んでくれているみたいで、めちゃくちゃ笑顔で同行を約束してくれた。


「そう言えば部に入るとしても女バスなんだよな、お前大丈夫かよ。馴染めんの?」


「ヴッ……それはオレが今一番不安に思ってることなんだよ」


 サークルでは年上のお姉さん達に守られながらお客様扱いですごい居心地がよかったが、部活というものは同じ目標に向かって頑張る仲間たちの集まりだ。その中でも派閥みたいなものができて気の合う仲間たちとは親密に、それ以外の人とはそれなりにチームメイトとしてやっていくことになる。


 それなりに女子の振る舞いは覚え始めてはいるけど、想定外のことがあればすぐに剥がれるメッキみたいなものなのだ。そんな状態で部に入って、女子として海千山千の部員たちと対等に付き合っていかなければいけないと思うと、緊張と不安で胃が痛い。


 オレが正直に内心を吐露するとイチはなにやら考えているのかしばらく腕を組んだままジッとしていたが、何かを思いついたのか『そうだ!』と声を上げて自分の太ももを叩いた。


「湊、明日の買い物なんだけどさ。ひとり一緒に行くヤツを追加してもいいか?」


「そ、それは別にいいけどさ……あとひなたな。そいつの前で呼び間違えたら最悪だぞ」


 オレが指摘すると、イチは今気づいたとばかりに自分の口を手で押さえた。ということは完全に無意識だったってことか、頼むから油断しないでくれよ。


「それよりも、だ。ひなたは覚えているか、同じ中学の女バスにいた井上まゆって子」


「さすがに男女グループで一緒に遊びに行ったりしたし。それに高校もバスケ推薦で同じ学校に入ったんだから、忘れるわけないだろ」


 井上まゆは中学からバスケを始めた初心者だったはずが、グングン実力をつけて中3では部長を務めていた努力の人だった。才能もあったのだろうが、実になる努力をコツコツと積み重ねられる人柄だったからな。


「アイツ、1年でメキメキと頭角を現してさ。最上級生が引退してからはエース扱いされてるんだよ。ウインターカップでもあいつの活躍で、うちの女バスは3回戦突破したし」


 友達を自慢するみたいに言うイチに、オレはあの子も頑張っているんだなぁと感慨深くなった。っと、話が逸れてる。『それで、まゆがどうしたんだ?』と水を向けると、イチは思い出したように言葉を続けた。


「ああ、そうだった。あいつに用事がなかったら連れてくるからさ、河嶋ひなたとして顔合わせしとけよ。知ってるヤツがいるのといないとじゃ、精神的な不安は全然違うだろ?」


「……ありがとう、イチ」


 オレが嬉しくて思わず満面の笑顔を浮かべると、何故かイチは顔を真っ赤にしてオレから視線を逸した。ああ、今のオレは一応女子だもんな。男同士だとチャラい言動とかもするくせに、相変わらず女子相手には初心なんだなと思うとなんだか微笑ましくなる。


 しかしまゆと会うのも約1年ぶりぐらいだけど、ちゃんと初対面の女の子を装えるのか。明日はこれまでの女子修行の集大成だな、バレないように頑張らねば。


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