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第9話 諸事情により

 ―――女性の声のアナウンスが、終着駅だということを告げる。それと共に、どこからかねぇという声がする。

 それらの音を、京介はどこか遠くから聞いているような気がした。

 答えたいけど、答えられなくて、もどかしい。

 ねぇ、という声がもう一度頭に響く。京介はそれでも答えられなかった。いや、答えなかったと言うほうが正しいか。

 待て。もうちょっと…、

「ねぇ、狸寝入り?」

 瞬間、ガツンと弁慶の泣き所に鋭い衝撃が入る。

「痛ぇ!」

 直で骨にキた。これで起きない奴はさすがにいないだろう。

 狸寝入りなわけあるか、と京介は自分では寝ていると気付いていなかった眠りから一気に覚醒した。

「オマエ…すぐ足出す癖どうにかしたほうがいいんじゃないか」

 この先何かあるたびに足を出されたのではたまったもんじゃない。帰る頃には一体、と考えて一瞬空恐ろしくなった。

 蹴られたところをさすりながら窺うと、京介の脛を蹴った張本人―――コウは、ふいっと横を向いてしまう。

 そのまま座席から立ち上がり、一番近くの出口へ向かっていった。

「…おい」

「終着」

 答えるのも面倒くさいとばかりに一瞥をくれたコウは、ゆっくりとした動作でホームに降り立つ。

 もう着いてたのか。

 気付いていなかった京介は、少し急ぎ足で追いかけた。

 …最初から分かってたことだけど、マイペースだよな相当。

 小さな背中を追いながら、なぜだか既視感に襲われる。

 なんでだろうと考えて―――姉の顔が思い浮かんだ。

 …似てる、ゴーイングマイウェイな感じがとてつもなく似てる。

 傍若無人というか厚顔不遜というか、とにかくその部類に入る人種だ。

 なんでだ。なんで俺のまわりにはそんな奴ばっかりなんだ。

 姉然り、コウ然り、はたまた遼や新谷もその部類に入ってもおかしくない。

 ってか遼は絶対そうだ。なんかそういう奴らを引き寄せる磁石でもついてんのか、俺は。

 辟易しながら前を行くコウを見つめる。出会ってからずっと彼女が使い続けているショルダーバッグが揺れていた。






 駅を出ると、すぐ目の前にビジネスホテルがあった。泊まるところはまさにその辺のビジネスホテルにしようと考えをまとめた京介だが、コウにはまだそのことを言っていない。

「なぁ、今日泊まるとこなんだけど」

「どこでもいい。なんでもいい」

「…お金は?」

「………あんたに、心配されないくらいには」

 微妙な間が空いた。

 だけどまっすぐ前を見て言い切るコウを見たら、嘘だとは思えない。なんでそんなお金持ってるんだ、とも追及できない。

 …ていうか、どこでもいい、なんでもいいって年頃の女の子が言っちゃいけないだろ。

 その言葉が口をついて出ることはなく、黙ってホテルに向かって歩き始めた。わりと都会らしいこの辺では、深夜近くても人が多い。

 いくらか歩いてふと横を見ると、コウの姿が消えていた。

「はっ?」

 なんでだ!焦って振り向く。周囲に視線を走らせると、当の本人は数メートル後ろで酔っ払いのサラリーマンに絡まれていた。

「………、おい…」

 頭を抱える。

 絡まれやすすぎだろ!

 コウは腕を掴まれていた。―――抵抗する素振りはほとんどない。口でなんとか言って離れてくれる相手ならいいが、どうもそうは見えないのは京介の心配のしすぎだろうか。

 つい一瞬考え込んでいると、その隙に男が彼女の腰を引き寄せた。その行動を視界に入れた瞬間、もう体は無意識に動く。

「―――コウ!」

「……え、」

 名前を呼んで、身体ごと自分の方へ奪いとる。出会ってから初めて呼んだ名前には不思議と違和感がなかったが、当の彼女が『コウ』と呼んだ京介を潤んだ目で呆然と見つめた。

 なぜそんな反応なのか。疑問が浮かんだけれど、今の優先事項はそこじゃない。

 サラリーマンは、ひたすらきょとんとしていた。

「すいません、俺たち急いでるんで。…行くぞ」

「ちょっと」

 彼女の反応なんて―――そんなの、知ったことか。 強引に手を引いて歩きだす。

 ―――コウが、他の知らない奴に易々と触れられるのがどうしても我慢ならなかった。

 そのまま黙々と、つないだ手を引いてホテルまで歩き続ける。

 入り口の自動ドアを抜けたところで彼女が反応した。

「ここなの?」

「そうだけど。どこでもいいって言ったろ、文句は受け付けないからな」

「そうじゃなくて!…あたしは全然、その辺のネットカフェでも」

「いいとか言うなよ。それは俺が嫌だ。オマエを…コウをそんなところで寝かせるくらいなら金くらい出す」

「…なにそれ」

 どういう意味よ、と聞かれる前にカウンターに進んだ。聞かれたところで意味なんて答えられない。

 ―――今は、まだ。

「すいません、部屋2つ空いてますか」

「ご予約の方は?」

 受付の男性が手慣れた様子で質問を返す。もちろん予約などしていない。

「すいません…急だったもので、していないんです。やっぱり、駄目ですか」

「駄目ということはないんですけど…ダブルが一部屋しか空いてないんです」

「一部屋…」

 あまりにもなベタ展開に、眉根を寄せる。ただでさえ付き合ってもいない男女が泊まりなんてまずいのに、一緒の部屋はもっとまずい。

 考え込むと、一歩後ろにいたコウがずいっと前に出てきた。出てくるや否や、きっぱりと言う。

「いいですそれで。泊めてください」

「おい!」

「いいでしょべつに。あたしがいいって言ってるんだから」

「仮にオマエがよくてもこっちの事情がな…!」

 言いかけて、はっと口をつぐんだ。

 …なにかとんでもないことを口走りかけた気が。  黙ると、コウが怪訝そうに見上げている。受付の人が気まずそうに視線をずらしている。…まだ聡い女性相手じゃなかっただけマシだと思うところだろうか。

「…とにかく。あたしはいいよ、これで。なんならやっぱネットカフェ」

「分かったよ!すいません、お願いします」

 ほっとくと本気でネットカフェに行きそうなので、受付の人にぺこりと頭を下げた。かしこまりましたと向こうも頭を下げて、一連の手続きのあと、二人は部屋へ向かった。今晩ホテル従業員の間で話のネタにされるんだろうなと思うと頭が痛かったが、考えないことに決めこんだ。


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