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第7話 始まり

 ―――次の日もバイトだった京介は、今日も例に漏れずコンビニだ。

 それでも今日はメンバー構成が3人の日で、昨日に比べればちょっとは楽ができるかな、と考える。

 バックルームに入るともう遼と、3人目の同期バイト―――昨日ドタキャンして京介を出勤に追いやった男だ―――も出勤していた。

「よーっす深山。昨日はごめんな」

「おー、新谷(にいや)。まぁ別にいいけどまたデートか?」

「俺にそんなこと聞くなんて愚問でしょ」

 ニコッと笑って色気を振りまくこの男、新谷という名の言ってしまえば生粋のタラシである。

 持ち前の明るさと整った顔でモテるのだが、

「でも名前が太郎じゃね」

「小澤コノヤロウ!下の名前言うなって言ってんじゃねぇか!」

「太郎、うるさい」

 ………名前がひどく可哀想だった。

 この3人がコンビニの夕方勤務での同期であり、尚且つ今一番勤務歴が長い3人だ。

 新谷も京介も、入った時から幾度となく遼の歯に衣きせない物言いに撃沈させられてきたが―――ほんと小澤は相変わらずだな、とタラシ男が息をつく。しかも理路整然としているものだから、余計太刀打ちできない。

 もちろん遼は、相手のそんな態度を歯牙にもかけていないのであるが、それでも憎めないから不思議だ。

「あーあ、女の子が一緒のシフトならこんな扱いされないのに」

 新谷がぼやいた。夕方勤務のメンバーの中で、たった二人の女子の顔を思い出しながら言っているのが手に取るように分かり―――それほどまでに女子に囲まれたいのかおのれは。

 京介がそう突っ込むより先に、遼が口を開いていた。

「残念ながら僕ら男だから、女の子の反応を期待されても困る」

 遼、突っ込みポイントが違う!

「期待なんて。むしろ気持ち悪いでしょおまえらがそんな反応したってさ。…あぁ、せめて『あの子』が今日も店に来てくれたらヤル気出るのになー」

 ぐでーっと背もたれに全体量をかけながら、なおも来ないかなー、来てほしいなー、と新谷がしつこく呟く。

「…あの子?」

 遼の方は『あの子』に心当たりがあるようで、ああ、と相槌をうっているが、京介は、全くと言っていい程分からなかった。

 …新谷太郎という男を考えてみる。

 ―――こいつがヤル気を出す、イコール可愛い女子。

 今日も店に来てくれたら、イコール準常連客。

 ………結果。

 いたっけ?そんな客。

 京介のそんな心中を表情から読み取ったのか、遼がフォローするように付け足した。

「深山も見たら分かるよ。絶対知ってるから」

「あ、あぁ」

 そう言われてしまえば、そうなのかとしか答えられない。しかしついその微妙な言い回しに、引っかかりを覚えてしまうのは人間の性か。

 そもそもが普段このタラシ男とシフトが被ることがあまりないわけで、新谷のお気に入りの客の情報なんて入るはずもない。

 まぁそれでも遼が見たら分かるって言ってんだし、べつに新谷のお気に入りが分からないところで俺の日常生活に支障はないし。

 この時の京介はそう考えていたのだが―――数時間後、その見解を180度転換することになる。




 今日は人の出入りが少なくて、それなのに3人―――しかも全員ベテランの域だ―――なものだから、正直やることがなくなっていた。

 この機会だからと、優先順位が低く普段全く手がつけられていない棚清掃をやろうと、京介は一度バックルームに戻り道具を取ってくる。

 お菓子が陳列されている棚の前を陣取り、

「俺棚清掃してるからー」

 と声をかければ『了解』とユニゾンで返ってくる。

 なんだかんだでチームワークはいいのが長所だ。

 口ではめんどくさいを連発する新谷は実はマメで、今も全部の商品を見回りながら売れてデコボコになった商品の列を、全部前に出して回っている。

 遼は、器用さが評価されて通年ポップづくりを頼まれており、カウンターの隅で今もその作業をしていた。

 3人が静かな、人のいないコンビニでそれぞれの仕事をしており、この時間はなかなか嫌いじゃない、と京介は思う。

 もし―――もし、今この時に昨日の事件が起こったなら、最後までついててやることができたのに。今なら俺が抜けても2人で回せる。

 そこまで思考が滞りなく巡って、だからなんでだ!と京介は自分に突っ込んだ。

 なんで俺は最初の時といい、昨日といい、あの女のことをここまで気にする!『何かを抱えてそう』?『何かを我慢している』?だからなんだと言うのだ、自分には関係ない。所詮、自分と彼女は客と店員。紛れもなくただの他人なのだから―――。

 その時、ピンポン!と静寂を破り唐突にドアベルが鳴った。瞬時に思考が引き戻される。少し乱暴な戸の開け方だ。

『いらっしゃいませこんばんはー』

 遼と新谷の、またしてもユニゾンが耳に届く。出入口が見えない京介も次いで挨拶しようと息を吸い―――吸って、いきなり目の前に現れた人物に、そのまままるごと息を呑んだ。

「お願い、一緒に来て…!」

「は―――」

 昨日の彼女だった。今まさに、京介が思いをめぐらしていた。

「無理なこと言ってるのは分かってるの、でもお願い、一緒に来て…っ」

 ―――いきなり過ぎて事態が飲み込めない。でもひとつだけ分かっていることがある。

 目の前に困っている女の子がいて、自分のことを必要としている―――それだけは、今の京介にも理解できた。

「…見て分かると思いますけど、俺今仕事中なんです」

「だから、お願いしてるじゃない!」

「それが、人にモノ頼む態度ですか」

「…っ、一生の、お願いだからっ…」

 ―――はぁ、と息を()いて清掃していた手を止めた。

「今、いくら持ってんの?」

「え…」

「前に500万用意してくるって言わなかったか」

 言った。初日に。でも―――。

「今…は、315円」

 悔しそうに唇を噛み、仕方なしに呟く。

 京介は、二度目のため息を吐いた。

 ―――結局、大概俺もお人好しなんだよな。

「…いいよ。買われてやるよ、315円で」

 おい、深山?と話を聞いていたらしい新谷の困惑した声が聞こえる。無視した。

「買われてやるから―――こんなところで一生のお願いなんか使うな」

 今度は呆気に取られているのは彼女の方だった。そのまますぐにバックルームに戻り、道具を片付けて、ユニフォームも脱ぐ。財布と携帯をアウターのポケットに突っ込んで、退勤登録も忘れずに済ませた。

「行くぞ」

 さっきのままでつっ立っていた彼女の左手を引いて、カウンターに歩み寄る。

「そういうことだから、あと頼んだ」

「えっ?はぁ!?」

 状況に頭がついていかない新谷が、素っ頓狂な声を出す。

 めんどくさくなったのでまぁいいかと今度は遼に視線を移して、「頼んだから」ともう一回繰り返した。遼は、いつもの何を考えているか分からない表情で、ただ黙って頷いた。




 店を出ると、彼女が焦ったふうに言葉を紡いだ。

「ほんとに、いいの」

 だって仕事の途中―――そう言って、それでも歩も繋いだ手の強さも弛めない京介に、彼女はまた黙って口を閉じた。

「…その、仕事中だって言ったのにそれでも一緒に来いって言ったのはそっちでしょーが。何を今更」

 言ってやると、グッと黙り込む。だけれど、返しも早かった。

「でも!315円だったし、全然知り合いでもないのに…」

 それを言うのはどの口か。思うけれど、実際口から出た声音は優しいもので。

「…いいんだよ」

 歩を止めて、彼女を振り返った。

 ブラウンに近い、明るい茶色の瞳と視線がかち合う。

「どうせ遅かれ早かれ捕まる運命だったんだって」

「え?」

「なんでもない。こっちの話」

 再び手を引いて歩きながら、京介は思う。

 ―――きっと自分は、最初に一万円を差し出されていたときから、彼女に心の8割囚われていた。そうして、『一緒に来て』と言った少女の、気丈な態度とは裏腹に握りしめられた両の拳の震え―――それを見たときに、残りの2割も囚われた。

 だから、こうなったのはもう仕方ない。…そう、感じている。

「…ところで一緒に来てって、ドコに行くんだ?」

 肝心なとこ聞いてなかった、今もう20時なるけど?

 そう見やると、彼女は一瞬考え込んだ。再び上げた顔には、決意の表情が浮かんでいる。

「―――函館に」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?」

 一瞬思考が飛んだ。聞き間違いか、ぱどぅん?

「函館に、行く」

 聞き間違いではなかったらしい。残念なことに。

「あ…っんたはまた何をいきなり」

「行くの、函館に」

 意志の強い瞳は揺らがない。

 は…函館に?今から?

「ないない、ありえない」

「それでも行くの!」

 彼女は駄々をこねるように唇を噛みしめた。その表情をされると自分は弱い、ということはとっくに分かっている。

「〜〜、分かった。じゃあ、とりあえず今日は電車使って行けるとこまで行こう。まだ終電でもないし。できるだけ安くあげたいから普通列車で行く。異論はないな?」

 一気に今日これからの予定を告げると、彼女は黙って頷いた。行けさえすればそうそう文句はないらしい。

 それならば、次することは決まっている。当面のお金をおろさなければならない。

 どっかコンビニ、と思うが、ああして出てきた手前自分が働いているコンビニに戻るのもキまらなくて嫌だった。すると彼女が考えていることを察したのか、

「お金おろすなら、駅にもコンビニある。あたしも行きたい」

「そうだっけ?じゃあそうしよう」

 そんなわけで、二人は駅に向かって歩き始めた。

 この謎だらけの少女に聞きたいことは山ほどあったが、それは後からいくらでも聞けるだろう。

 とりあえず今は駅に―――。

 と、そこで初めて店からずっと手を繋ぎっぱなしだったことに気がついた。

 年頃の女子からしたら、好きでもない男にずっと手を握られているのは嫌だろうと「あ、手、ごめん」と謝って離す。

 離した手は、そうするのが惜しいと思わされるくらいには、柔らかくて、握っていて気持ちのいい手だった。

 て、変態か!俺は!

 バツの悪い思いをしながら、彼女得意のあの勢いで(なじ)られるのかと、本人を見る。返ってきた答えは、一言。

 ううん、それだけだった。

 存外おとなしいその反応に、怪訝に思い顔を覗き込む。京介170センチ、相手は目算155センチくらいな為、結構な努力が必要だ。

 彼女は、心ここにあらずといった表情で、今の今まで京介が握っていた左手を見つめている。

 …やっぱ嫌がられた?でもそこまで嫌悪感あるような感じでもないしな。

 無意識的にじっと観察していると―――

「必要以上に近寄んないでっ。あと見るな!」

 いきなりふくらはぎあたりにバシッと強烈な蹴りを入れられた。

「いてぇ!」

 季節柄履いていた彼女のブーツの踵がより凶器となって痛い。

「オマエなぁ、口は出しても足出すな、足!」

「フン」

 叫ぶ京介を無視して、彼女は歩行を再開させる。

 可愛くねえな!

 心中毒づくが、口には決して出さない。出したらまた蹴られる気がする。

 ―――函館への二人旅の、始まりだった。

 そのあと、駅に着いてから携帯を見ると遼からメールが届いていた。開くと、『ちなみにバックで言ってた新谷のお気に入りってその子だよ。新谷が深山いつのまにってうるさい。追及がうるさいだろうけどこれからいろいろ頑張って』簡潔にそれだけ書かれていた。

 新谷のお気に入りって、こいつだったのか!

 京介は天を振り仰いで、あの時ちゃんと話を聞かなかった自分を後悔した。


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