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第6話 境界線

 店に戻って人がいなくなるまでレジをやって、まだ終わっていなかった仕事を手早く片付けて、夜勤の人に軽く引き継ぎをして。それから京介と遼はやっと退勤をした。

 京介はすぐさま近くにあった椅子に腰掛けて、それから背伸びをする。遼はその向かいに座って、制服を脱いでいた。

「あーなんっか妙に疲れた。…てか店長…人増やしてくれよ…平日に二人はどう考えてもきついだろ…」

 店長が聞いていたら「はははーそんなこと言って君たち二人でもできてるだろう」と言われそうな、けれども実際に働いている京介と遼にとっては切実な呟きが思わず口をつく。

「まあ、確かにきついよね。やれないことはないけどいざというとき対処できないことがありすぎる」

 遼の言葉に、京介はここぞとばかりに賛同した。

「だよな。両方のレジに3人ずつ並んでるときに電話がなったり」

「そういう時に限ってコピーの仕方分からないから代わりにやってって人がいたり」

「ATMの使い方が分からないって言われたり」

「300円を一円玉300枚で出してきたり」

「FAX壊しちゃう人がいたり」

「自分で動きたくないからって全部僕達に商品持ってこさせる人がいたり」

「トイレの貯水タンクにエロ本突っ込んでトイレつまらせる奴いたり」

「買った栄養ドリンクその場で飲んでカウンターに捨てといてってゴミ置いてく人いたり」

「…………………………………………………………」

「…………………………………………………………」

 そこで二人は一瞬顔を見合わせた。

「なんか最後の方…もう忙しさ関係なかったな」

「そうだね。これじゃただのお客様に対する愚痴だ」

 ぷっ、と噴き出して二人は笑う。

 ほんとに、世の中にはいろいろな人がいるものだ。

 ―――それから他愛ない話をして、制服も名札もすべて片付けて。あとはもう帰ればいいだけ、となった段のことである。

 遼がおもむろに、そういえばさ、と口を開いた。

「あの、9時半くらいの外での一悶着。深山一緒にいたのあの時の女の子じゃなかった?」

 京介は口をつぐむ。見てなかったふうに見せかけてちゃんと分かってんじゃねーかよ。

「あぁまぁ…そうだけど」

「やっぱり。どうりで戻りが遅いと思ってた」

「どうりでってなんだ!」

 京介としては異を唱えたい。たった2回会っただけの女子、それも1回目は『1万円で売れ売らない』の押し問答をしただけの客だ。どこに「どうりで」な要素を見つけだすのだと言うのだろう。

 仏頂面で遼を見返すと、分かってないの?という目線を寄越された。

「深山、あの子のことすごく気にしてるじゃん。店に来なかった間、出入口気にしてるのバレバレ。さっきだって店に戻るよりまだ傍にいたかった、みたいな反応だったし」

 一息で言われて、京介が息を呑んだ。俺…そんな態度とってたか?

「とってたよ」

「心読むなよ…」

「いやなんとなく分かって」

 京介は肩を落とす。

 …………………………………こいつほんと怖い。

「もし本当にそんな態度だったんなら―――あのまま帰したら、また絡まれそうな気がして心配だっただけだよ」

 息をついてアウターを羽織る。

「ふーん…」

 京介がこの動作をした時は帰るという合図であることを分かっている遼は、これ以上話はのばさない。

「じゃ、おつかれー」

 バックルームを出ていく京介に「お疲れさま、また明日」とこちらも返しながらその背を見送る。

 京介は今「また絡まれそうで心配だから」と言っていたが。

 ―――店に来てない間出入口を気にしてる時点では、あの子が絡まれる事件なんて起こりもしてないんだけどな。

 ……おそらくそれも、本人は気づいていないのだろう。




 あーっ、たくあの女のせいで無駄に疲れたわ。

 京介はアウターのポケットに両手を突っ込んで夜道を歩きながら、先程の一万円少女との会話を思い出していた。

―――『あたしに買われる気がないんならかまわないでよ!』

 一応助けてやったのになんであんなこと言われなきゃならない?俺がなんかしたのかよ。つーかそもそも夜に女が一人で外歩いてんじゃねぇっつの。

 理不尽な想いが募って、自然足取りも速く、荒くなる。人助けしたのに損した気分になっているのが、納得できない。

 次、店に来ても徹底的にビジネスライクに対応してやる―――そう、思うのに。

 常に頭に浮かぶのは、別れ際の泣きそうな顔で。

 一体彼女は何を抱えているのだろう。何を我慢しているのだろう。

 そればかりが京介の思考を捕らえて離さない。

 そのうえ、どこか漂う危なっかしさに、客と店員の線引きをいつの間にか消されている。

 今日思わず口を突いて出たタメ口が、そのいい証拠だ。

 京介は、無意識に止まっていた足に気づいて足を踏み出した。

 シフトは明日も入ってる。わけ分かんないことに気をとられるよりも、仕事しなきゃな。

 一応のところはそう結論づけて、思考を中断することにする。

 ―――たとえそれが、自分の感情に沿わないことだったとしても。


今回京介と遼が愚痴りあっているシーンがありますが、あれはすべて実際私がバイトしているコンビニで体験した実話です(笑)

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