第5話 二度目の出会い
―――それは、自分の勤務時間があと30分もすれば終わる、という夜も回って午後9時30分頃のことだった。
「深山、なんか外うるさくない?」
遼の声に外を見やれば、コンビニの駐車場の角で、騒いでいる若者集団らしきものがうかがえた。
「どーせ、酒入った学生だろ?」
それかニート。
京介はああいうのは相手しちゃだめだ、と知らん顔を通そうとする。
「でも様子が尋常じゃないんだけど」
「尋常じゃない?」
眉根を寄せた。
尋常じゃないってどういうことだ。
何かあって店に損害があったら困るので、様子を見ようと外に出ることにする。
あーもう、なんでこんなめんどくさいこと。あれか?最初あんな予想たてたからか?
心中、出勤時の予想を後悔しながら出入口に向かう。
誰か一人は売場にいなくてはならないため、遼は留守番だ。
「ちょっと見てくる」
「うん」
一枚目の押し戸を開けて、二枚目の引き戸を開ける。
少しだけ雪の混じった夜風が、冷たく頬を撫でた。
ったく…あと少しで上がりだってのにお願いだから面倒おこすんじゃないぞ。特になにもなかったらすぐに店に引き返そう、冬だし寒い。
そう考えて集団に向かって歩いたが―――次の瞬間、その集団から聞こえてきた声が、それを許さなかった。
「だから行かないつってんでしょ!あんたたち耳ついてないの、耳!!」
この声―――、
「ほんっと顔はそれなりに可愛いくせに可愛げねぇな、この女」
「一発殴ったら?」
「ばっか一発殴ったら可愛い顔が可愛くなくなんだろ」
「あそっか」
そこにいたのは、少なくとも集団ではなかった。
若い男が二人、一人の女の子を取り囲んでなにやら絡んでいる。大方、ナンパでもして振られたのだろうが。
絡まれていたのは―――京介の予想どおり、あの時の京介を買おうとした女の子だった。
少しだけハスキーで、でも声優みたいなアニメ声。
店には来ないと思ったら一体こんなところで何やってんだ?
一瞬考えたところで―――今はそこを考えてる場合じゃないだろ、俺。
「あのー、すいません」
まだなにやら騒いでいる男に、後ろから声をかけた。
「あぁ?邪魔すんじゃねーよ」
「…あ―――」
京介に気づいた彼女が、目を瞠る。
それに気づいたけれど、とりあえずはこのうるさいハエを片付けることに専念した。
「そうは言われてもこっちとしては店先で騒がれると、他のお客様にご迷惑なんですが」
「だからなんだよ」
うっわぁめんどくさいの来た。
「営業妨害で警察に電話しますよ?というよりここを出てくる前にもう電話して来たんですけど」
「なっ…」
もちろんハッタリだが、ハエ二人の表情はまずい、というものに変わった。
「お客様から苦情が来てたもので」
「…………」
男が黙る。
「俺警察はやだよ、行こう」
先程から京介と角突き合わせている男より小柄なもう一人の男が、そう言った。
以前お世話になったことがあるのか、凶暴そうな男の方も苦虫を噛み潰したような顔をする。
二人は一旦目を合わせると、ちっと舌打ちをして意外とあっさり引き下がるのだった。
遠ざかる背中を見送って、ついで傍らの『一万円』少女に視線をうつす。
「―――大丈夫かよ。一体何やってんだ」
縮こまって押し黙る彼女に、京介はそう声をかけた。とりあえず彼女に外傷はなさそうなことに、ほっとする。
……そこまで思考をめぐらせて、俺はいつのまに客と店員の線引きなくしてタメ口使ってんだ、とハッとした。
けれども覆水盆に帰らずで、今さら気づいてももう言った言葉は取り消せない。
「……………あー…」
ガシガシ、と頭を無意識に掻く。
「すみません、えーと」
「…………………………………のんでないじゃない」
「はい?」
「助けてなんて、頼んでないじゃない!あたしに買われる気がないんならかまわないでよ!」
…………………………………………………………………………は、はぁ!?
なんだ、それは。一応助けたのに、理不尽ではないか。
そんな思いで口を開こうとした京介だが―――。
「深山!!」
「!」
10メートルくらい離れた向こう側から、遼が刺々しい口調で自分を呼んでいるのが見えた。
「いつまで様子見してるんだよ!込みそうだから戻ってきて」
「〜〜〜〜、」
自分が店員をやっている以上仕方ない。
とにかく店に戻らなければと踵を返す。
頭にはきていたけれど、またこの女は絡まれかねない、と京介は思い当たり、もう一度口上で注意しようと振り向いた。
―――どうせ、怒ってる顔してんだろうな、と思いながら振り向いて―――今度は京介が、目を瞠った。
「―――、」
……泣きそうな、顔をしていた。
だけど、泣かないと決めているように彼女は必死に我慢していた。
京介に見られていることに気づいているのかいないのかは分からないけれど、俯いて、唇を噛みしめていた。
なんだよ、なんでそんな表情してんだよ。
かけようとしていた言葉がかけられなくて、京介はフリーズする。
なのにここからさっさと立ち去ることはできなくて、二人の間には沈黙が落ちた。
すぐ近くを通っているはずの自動車の騒音も、どこか遠くから聞こえている気がして―――。
「深山!!!」
「わっ」
ビク、と体が揺れた。 遼の声にはいい加減苛立ちが紛れている。
……そういえば戻ろうとしてたんだ。
京介は彼女の肩を一度だけポンと叩いて、店に走って戻るのだった。