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第31話 素直な気持ち


『ちょ、やめろってマジでやめてくれ』

『えー、いいじゃないですか深山さーん。ほらほら』

『そうだぞ深山ーノリ悪いぞー』

 壁を通して居間から騒いでいる声が聞こえている。コウは自室にひいた布団の上に座って、掛け布団を頭から被ってひざを抱え直した。

 確かに最近京介を避けがちで必要だった会話も交わしていなかった自分にも非はあるかもしれない、だがしかしこれはなんだ。その罰なのか。

 女の子ときゃいきゃいしてる声なんて、

「聞きたくないし、バカ京介」

 今日ここでバイトの人と集まりがあると事前に知っていたなら、自分だってそれなりの対処行動はとっていた、たぶん。そうじゃなくてもさっきみたいに喧嘩腰でなければ、この事態を切り抜けるもっといい案が浮かんだのかもしれない。―――篭城ってどうなの。

 自分に素直に、そう思って意を決して帰ってきて出鼻を挫かれた。その勢いのまま拗ねて自室に引きこもってしまった自分が情けない。

 コドモだな、あたし。

 溜息をついて時間が早く過ぎることを祈った。現在時刻は23時を回っている。飲み会は盛り上がっているようで、飲んだくれて出来上がった男女の声が入り乱れていた。聞くに王様ゲームを始めたらしく、先ほどからやたらに黄色い歓声が上がっている。

『新谷お前マジ後で殴るからな、てか助けろ遼!』

『えー、さすがに僕も王様として下した命令は簡単に覆せないし』

『深山さん諦め悪いですよぅ。ほらっ』

『本気かオマエも!』

『はい、あたしはべつに減るもんじゃありませんし。だから…ね?』

『ねじゃない、そして近づいてくるんじゃない!』

『深山往生際わりー。おとなしくしろ…って!』

『ばかやめッ、』

 そこまで聞いて耳をふさいだ。

 バカなのはあたしだ。

 最初から分かっていたことだったのだ。

 ―――こんなにこんなに京介が他の女の子と近づいているのが嫌なのに、これが恋愛感情でなくてなんなのか。

 『触れられて嫌じゃなかったら恋愛感情の好き、触れたいと思ったらそれも恋愛感情の好き』

 そう言われたのはつい昨日のことだ。その時点で答えは出ていた。

 だってあたし、自分で思ったじゃん、キスされそうになったの嫌じゃなかったって!

 唇を噛み締めていろんな感情が声に出そうになるのを我慢した。遅いのか。もう手遅れなのか。でも、だけど、

 京介のことは、諦めたくない。  

 頭から被っていた布団をはいだ。起こせ、行動を。じゃないと何にも変わらない。

 居間に行こうとノブに手をかけて、そのとき向こうでも動いた気配があって足が止まった。 

『俺トイレ!』

 必死で抜け出したいらしい京介の声が聞こえる。この家でトイレは居間よりコウの部屋の方に近いため、バタバタと足音がこちらに近づいてくるのが分かった。

一瞬自意識が飛んで、

「え、―――うわっ」

 気がついたら京介を自分の部屋に引っ張り込んでいた。

「コウ…!?」

 相変わらず無声音で京介は名前を呼ぶ。瞳に浮かんでいるのは驚愕と戸惑いの色だ。

 ……え、あたし今なにを。

 自分でもよくわからない。頭が真っ白だった。開けっ放しのドアの向こうで、誰かが京介を追ってくるのが分かる。

「おい深山逃げんじゃねー!」

 慌てて京介がドアを閉める。閉めるがこの部屋には鍵がない。万が一部屋に入ってこられたら逃げようがなく、京介は一瞬コウの背後にちらっと視線を走らせると、

「悪い。でも殴るなよ」

「は」

 どういうこと、と聞く間もなくさっきまで自分がくるまっていた布団に押し倒されるように隠された。さらに自分たちの上からかけ布団もかけられる。ちょっと!講義の声を上げようとして口を大きな手のひらでふさがれた。なにが起こっているのか分からない。

 喋んな、ばれる。

 耳元で半分息のような声で言われて、思わず声が出そうになった。

 おかしい。耳ってこんなくすぐったい器官だった?

 アツイ。熱くて、暗くて、狭くて、近い。

 すぐ間近で京介の瞳とぶつかった。

「―――ぁ、」

「深山、隠れたの分かってんだからな。トイレに人入ってねーじゃねーか!」

「!!」

 声がどんどん部屋に近づいてきて、もう1つ部屋あるな、ここが怪しい、とか言いながら外側からガチャッとドアノブに手をかける音が聞こえる。

 ああもうだめだ。いくらなんでもバレるに決まってる―――ぎゅっと目をつぶって覚悟を決めた瞬間、

「もうやめときなよ新谷。他人様んちの部屋勝手に覗くなんてよくないと僕は思うけど」

「遼。でも元々はオマエが出した命令なのによー。遂行しねえと俺の気がすまねぇじゃん」

「何でそんなとこだけ無駄に律儀。それ、もっと常識的な方向に持っていきなよ」

「聞き捨てならねえ!俺は普段から律儀で誠実なジェントルマンだろ」

「はいはいそうかもね。そしたら僕、命令変えていい?律儀で誠実なジェントルマンは命令聞いてくれるだろ」

「ん?あ、あぁ…そうだな」

「じゃあ、命令。これから新谷はバイト仲間内では必ず皆から名前呼び捨てにされること」

「それいろいろおかしくないか!?」

「なんで。嬉しいだろ。女の子にも名前呼んでもらえるんだよ。あーうらやましいな、太郎、ほんとうらやましい。じゃあもう居間に戻ろうか太郎。そろそろ0時回るし、お開きの準備もしないとね太郎」

「いちいち太郎が多いんだよ眼鏡…」

「似合っててごめん?太郎も視力落としてみたらいいじゃん。僕手伝うしさ」

「うぜー…キラキラした笑顔うぜー……」

 いきなり始まった、かつ神の助け舟のような会話は徐々に遠ざかっていった。

た、助かったの?

どうやら危機は脱したようでコウは無意識にほう、と溜息をつく。緊張してガチガチになっていた体から力が抜けて、

 ―――それからはたと思い出す。忘れていた。布団の中に京介と二人でぎゅうぎゅう詰めになっていたのだった。

「!い、いつまでっ」

 とにかくやたらと近い―――しかもその分触れているからだの面積も多い―――ことに対する恥ずかしさで、とっさに足、正しくは膝が出た。鈍い音がして、蹴った先は変質者が相手ならまだしもたぶん知り合い相手に冗談でも蹴ってはいけない場所で、蹴られた京介ははがれた掛け布団と一緒に床で悶絶している。

 あ、なんかやばい。

 微妙に涙目で「コウ、おまえ…」と呻いているのを見て悟る。

「ご…ごめん。今後どこを蹴ってもそこは蹴らないようにする」

「なんで蹴る前提なんだよ、まず蹴る癖を直せよ」

「癖だもん、たぶん無理」

「おまえなぁ!」

「…相変わらずだね。つっこむの」

「だから誰がやらせてんだよ…」

「あたしじゃないよ」

「コウだろ」

「そんなこと―――………ふっ、」

「なに笑ってんだ。本当に俺今死ぬかと思って…、コウ?」

「ふ、……うッ」

 自然だ。いつもの自分たちだ。そう思うと一気に鼻の奥がツンとした。いつの間にか交わしていた会話は以前とまったく変わらない距離感で、京介がここにいて、自分がここにいる。それだけだ。ただそれだけなのに、その事実を認識するだけで、どうしようもなく涙腺が緩んだ。

 ほっとしたような嬉しいような胸が締め付けられるような感覚が、ぐちゃぐちゃになる。

「――、ぅ」

「コウ?」

 京介が覗き込むように距離を縮める。コウの視界には京介しか映っていない。

「………きょ、きょう、すけ」

「…ん?」

「きょうすけっ…」

「うん」

「きょ、…っ」

「……どうした?」 

 答える声がどこまでもやさしい。

 ―――京介。京介。京介。

 考えるまえに感情が先行した。

 ―――好き。

「京介のこと、好き」

「―――え」

 京介が瞠目する。

「ごめんなさい、いきなりわけわかんなくてごめんなさい。でも、今なら分かる、分かったの。あたしっ…、あたしも、たぶん、だいぶ最初っから、京介のことが、好きだった」

 呼吸が苦しくて喋るのがつらいと思ったら、どこからかは分からないが泣きながら話していた。ぼやける視界に京介の姿を捉えながら、それでも今まで言えなかった素直な気持ちがこぼれてとまらない。

「あのね、や、やさしいところがすき、いつも話を聞いてくれるところがすき、面倒見がよくてだれにでもやさしいところもすき、だけど」

「……」

「だけど、ほかの女の子にやさしくしてるの見るのはやだ、一緒にいるところ見るだけでもいや、見たくない、今みたいに声だけだって聞きたくない、あ、あたしは京介のそばにいたいし、京介にもあたしのそばにいて欲しい、ご飯はいっしょに食べたいし、一緒にテレビ見て、くだらない話して笑いたい、朝はおはようって言って夜はおやすみって、あたしが、だれよりいちばんに言いたい」

「………―――」

「わがままなのかもしれない、だけど京介の隣にいるのはあたしがいい、あたし以外の子になんてさわんないで、さわられないで、」

「………コウ」

「お願いだから―――っ」

「コウ!」

 名前を呼ばれた。そう思ったら抱きしめられていた。頭の中がめちゃくちゃで、状況を把握できない。息をするのが難しい。空気が欲しい。少し苦しい。でもこのままでいい。

 ぼうっとしながら、けれど京介の腕の中は妙にあたたかく居心地がいいことは分かって、受け入れられたことを知ったコウはほとんど反射で本能的に肩口に顔をすり寄せた。                                

「…もういい。分かった。分かったから」

 耳元で聞こえる京介の声も氾濫した思考を落ち着かせるのにはじゅうぶんで、波が引く感覚に任せて目を閉じる。力を抜いて体を預ければまた抱きしめられて、呼吸が落ち着いていくのを感じた。頭を撫でられる感触がきもちいい。

 ここは、あたしの場所。

 漠然とそんなことを思った。



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