第27話 友達【後編】
「こんばーんっ!いきなりどしたー、いや嬉しいんだけどさ。てかなんで一ノ瀬ほんとあたしより先に和泉とパジャマパーティーしようとしてんの?ずるいにもほどがあるっつの!まぁそんなことはいいのよ結果的には一緒だし。和泉お待たせー、呼んでくれてありがとね。で、今日はこれどーゆー集まりなの?」
「はい来たよおしゃべり大魔神」
部屋の温度が2℃は上がった気がする。それほど陽気な声だった。
「ほらね和泉、喜々として来た」
「うん…ごめんちょっと面白い」
思わず笑うとまみが「なになに何のハナシ」といいながら、慣れたもんだとばかりにベッドのうえ、つまり一ノ瀬の隣にどかっと腰を下ろす。
「あ、御覧のとーりあたしはもう寝れる状態で来たからおかまいなく」
「はじめから構う気ないわよ」
「だと思ってこれだからねー、腐れ縁なめんなよっ」
「舐めてたらこんなこと言いません」
「おぉう一ノ瀬がデレた〜」
このこの、だのやめなさいアホ、だのとやっている二人はなんだかんだで仲がいい。いかに気のおけない友人なのかが分かる。
それが少し羨ましい。
「あ、ごめんね和泉まみのアホがうるさいから話が進まなくて。話したいことが、あるんだよね」
「一ノ瀬、アホ言うな」
「はいはいうるさい、ほら…和泉が深山さんとのことで話があるんだってさっきあんたにメールで言ったでしょ。逃げてないでちゃんと聞く」
ピタ、とまみの動きが止まる。
「………コレだからイヤだ腐れ縁」
「うふ、腐れ縁なめんな」
語尾にハートがつくトーンで、一ノ瀬はわざとらしく首を傾けた。うぅ、と小さな声で唸った後、まみがコウと視線を合わせる。
その瞬間コウは自分の心臓が速いことを自覚する。
「う、」
「……和泉、話って?」
大方予想がついているのかもしれないと思った。どことなく聞きたそうな聞きたくなさそうな複雑なオーラを放っている。
「あの、京介とのことなんだけど」
切り出すと二人は黙って頷いた。
「ごめんなさい。ほんとのこと、言ってなかった。あたしたち従兄弟でもなんでもないの」
「え!!!!!!!マジで!!!!」
「…………………………」
一番言いにくかったことをまず一気に言った。まみは分かりやすく、一ノ瀬は絶句といった反応に一瞬ひるむが、まだ言わなければいけない続きがある。
「あー…、ちょっと待って和泉。えっと、それはほんとに本気でマジなの。二人は従兄弟ではない?」
まみより冷静な一之瀬の追及に首肯する。
「うん。ごめんね今まで黙ってて。ほんとはもっと違う事情があって…京介が言ってたことは、えーと、本当の部分もあるんだけど、従兄弟っていうのは違くて」
一呼吸おいた。
「……あたしたち、赤の他人なんだ。ただ、一言で言うのはちょっと難しくて…あの、長くなるかもしれないけど聞いてくれる?」
顔を見合わせた二人は、戸惑いながらも肯定の意を示す。
「―――1ヶ月くらい、まえのことになるんだけど―――」
そうして話した。母のこと、京介との出会い、一緒に函館まで行ってもらったこと、京介が居場所をくれたこと、その居場所は自分が二十歳になるまでのあと二日であること。
最後に、同居生活をしていく中で数日前京介に告白されたこと。
二人は、最後まで黙って聞いていた。
「はー…ごめんなんか一気に予想外のこと言われすぎて、うまい反応できないや。」
最初に口を開いたのは一ノ瀬だった。まみはうつむいていて表情がよく見えない。
「ごめん、そうだよね。でも、これがほんとの事情なんだ。京介があたしたちの関係を従兄弟って言ったのは、一緒に住んでることは隠さないほうがいいからだって。同居してることをバラして親戚ってことにしといた方が後々困らないはずだって」
言われて一ノ瀬は考える。確かに知り合いだということが分かった直後のあのタイミングで、『赤の他人です』と教えられ、なのにその後『隠してたけど実は同居してました』と言われるよりかは、『従兄弟同士で都合がいいので同居してます』、その後『従兄弟ではなく他人でした』と言われたほうが、衝撃と傷は浅いのかもしれない。ちら、とまみを見る。―――主に片思いしている人にとって。
それでも五十歩百歩、やはり驚いたは驚いたし、隠されていたという事実にいい気はしないのが人間だろう。声を発さず顔も上げないまみの代弁者のような気分で、一ノ瀬はコウに尋ねる。
「なんで、あの時に全部教えてくれなかったの。結局は最初に教えてくれてたほうがよかったんじゃないの」
「……………」
今度はコウが俯いた。只でさえ造りが小さいコウが、余計に小さく見える。
責めるようなこと言ってごめん、和泉。でも今これをそっか、話してくれてありがとねってさらっと言って終わるだけじゃ、ほんとに表面だけになっちゃう気がするから。話すのが難しいことなら、無理には話す必要はないとさっき言った。それでもあんなに躊躇していた重要事項を話してくれたということは、和泉もきっと覚悟を決めた。だったらこっちだって腹割って話さなきゃ不公平じゃん―――ねえ、まみ。
「私たちはさ、ほんとに和泉と仲良くなりたくて。だから隠されてたことは少なからずショックだよ、やっぱ。しかもその相手が、私たちとも親交ある深山さんとなればさ」
「ご、めん、なさい」
「…でも、うれしかったのも事実」
「―――え」
コウがバっと顔を上げた。隣のまみもこちらを見ている。
「今、私はうれしいよ。だって、隠してたことを話してくれたってことは、和泉も思ってくれたってことでしょ。私たちと、ほんとに仲良く………ゴホン、その、………友達になりたいって」
コウの目が見開いた。
「だって、そうじゃなきゃなかなか話せないよ、こんなこと。いろいろ、つらいことがあったんだね。それを救ってくれたのが深山さんだったんだね。―――話してくれて、ありがとう」
コウは唇を噛んで眉を下げている。どうやら泣くのを我慢しているらしい。
なんだか可愛いと思ったが、今それをこの場で口に出すのはあまりにもそぐわないだろう。
「うん、私はそういうことなんだけど。あんたはどうなの、まみ」
矛先を変えれば、まみはびくっと肩を揺らした。
「赤の他人同士で一緒に住んでるのは非常識?ずるいと思う?―――嘘をついてたコウが、許せない?」
すると、今まで沈黙を護っていたまみが、いきなり立ち上がって叫んだ。
「ん―――なわけ、ないでしょっ、一ノ瀬のばか!!!和泉のことが許せないなんてっ、そんなこと、あるわけない!!だけど……っ、でもっ、ずるいって思うのも嫉妬してるのもむかつくっていう感情があるのも確かだよ!!悪い!?だってあたしは先輩のことが好きなんだもん当たりまえの感情でしょ!?それの何が悪いのっ!?実は従兄弟じゃなくて赤の他人でした、そんで一緒に住んでます!?あほかそんな少女漫画みたいな話あってたまるかっ!」
そこまで一気に言うとまみは肩をはあはあ上下させて必死に息を整える、その声と頬は涙で濡れていた。
「だけどさ…和泉よかったねって思う気持ちがあるのも、確かなんだよっ…。だってあたしは和泉とずっと仲良くなりたくて友達になりたくて、知り合ってからもいっつもどっか影のある和泉に、心から笑ってほしくてアホなこと言ってみたりして。それが…先輩ならできるんだもん、そんなの、応援するしかないじゃんかぁぁあぁあぁぁ」
それっきり、まみは堰を切ったように泣き始めた。
目が熱くなった。鼻の奥がツーンとした。どうして今まで気づけなかった。二人が二人とも、こんなにコウのことを思ってくれていたことに。
「まみちゃん、まみちゃん…っ。ごめんね、ありがとう」
気づけばコウも立ち上がって泣きじゃくるまみに抱きついていた。ごめんとありがとう以外言葉が出てこない。そんな二人を一番背の高い一ノ瀬が、まとめて抱きしめにかかる。
「あーあーあーもう二人してビービー泣いちゃって。まったくかわいいったらありゃしない。いいじゃんまみ、よく言った。あんたも、それが本当の気持ちなんでしょ?コウもさ、ほんとに話してくれてありがとね、お母さんのこととか、話すのつらかったでしょ」
ふるふると頭を振る。いや、つらい経験であったことには違いないが、今は京介や―――この二人の友達のおかげで、負の感情が呼び起こされることはない。
「ほら、もう笑って笑って。まみ、あんたもだいぶすっきりしたでしょ、言いたいこと言えて」
一ノ瀬が不適に笑う。どうも先ほどのまみへのフリは、こうなることを分かっていってやったような節がある。
「………………いやまだ言ってないことがあるむしろこれが一番大事ってくらいのことが」
「は?なによ」
怪訝な一ノ瀬と不安そうなコウの間近で、まみは今日一番の溌剌さで叫んだ。
「あんたいつの間に和泉のことコウって呼んでんの!!だれがいつ許可した!あたしだってまだ呼んだことないのに!!」
―――その時コウは思った。これほどまでに呆気にとられた一ノ瀬の顔を見ることは、この先当分はないだろうと。