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第26話 友達【前編】

 その日から案の定、コウは京介のことを避けるようになった。というより、お互い授業もバイトもあるとなるとそもそもタイミングが合いにくく、これまで両方のちょっとした努力のうえでご飯だったり寛ぐ時間だったりを合わせていたのだと、こうなってみて初めて分かる。

 『いっしょにご飯を食べられるような、そんな小さな幸せを、』

 ―――壊したくない、なんてつい最近ほざいていたのはどこのどいつだ。

 一人での晩ご飯になってもう何日たったのか。それを一から数える等という自傷行為はしたくない。ただ、以前新谷としたバイト仲間との飲み会の約束の日がもう明日に迫っていたため、ある程度の日にちは経ったという認識はできた。そしてそれはコウがこの家に住みだしてもう少しで1ヶ月、つまりここを出て行く日が近いことも示している。

 出ていったあとはどうするつもりなのか。もう新しく住む家の算段は、京介の与り知らぬところで進めているのか。

 それを聞きたい相手とは、ここ何日かまともに話をしていない―――というか家の中で会えていない―――から笑えてしまう。

「大方、精力的にバイトのシフトいれてんだろーな」

 もし自分が彼女の立場でもそうするだろう。自分のことを恋愛対象として見ている異性と同居なんて、両思いでない限り苦痛以外の何物でもない。きっと家にいる時間をずらしているに違いない。

 床に座ってソファを背もたれ代わりにしながら、彼女が来てから彼女の場所になった、座る人がいない座布団を見つめてため息を吐いた。いつもなら聞こえてくる「何溜息ついてんの」という声は当然ながら返ってこない。











「ありがとうございました」

 やっとお客の波がひいた。

 ほっと息をついたコウは、今日は何時に帰ろう、と無意識のうちに京介と時間をずらす算段を立てていた。

 ―――ほんのちょっと前のことだ。京介に告白された。…バカ、と最後に付け足されたあたり告白、ととっていいものかどうか直後は悩んだが、好きだという好意を示す言葉も確かにくれた。してるのは妹扱いじゃなくて、女扱いだとも。

 あの時は動けなかった。いろんな感情が自分の中に渦巻いていて、混乱してるうちに気付いたらキスされそうになっていた。

 受け入れるのか、受け入れないのか―――そう頭で考える前に自分でも気付かないままに実はもう目を閉じていたことは、京介は知らない。目を閉じるのは、たぶん彼のほうが早かった。

「うぅぅぅううぅぅぅ」

 嫌じゃない。嫌じゃなかった、あの瞬間はむしろ幸せだった、と思う。だけど、離れた京介のことをすぐに追いかけられなかったのは、一瞬でいろんなことが頭に浮かんだからだ。

 京介のことを好きな―――まみ本人から京介がはっきり好きだと聞かされてはいないが、十中八九恋愛感情として好きなんだろうことは一緒にいれば嫌でも分かる―――まみのこと。

 自分を救ってくれた人だから、ただ条件反射的に京介に好意を抱いているのではないか、恋愛感情とは違う好意なんじゃないかという自分自身に対する猜疑心。

 こんな状況なのにこのまま京介と一緒にいたら、よくわからないままにふらふらと居心地がいいという理由だけでなあなあに落ち着いてしまう気がして―――それだけはいやだ、と瞬時に思った。

 京介とのことはそんなふうにうやむやにしたくない。それだけは確かだ。

「和泉さん?上がりの時間だよー」

 いつの間にか出勤していたらしい深夜の時間を担当する人が、終業時間であることを教えてくれてコウは我に返る。

「あ、はい。じゃああの、お先に失礼します」

「はいはいお疲れさまでーす」

 残りの人たちにも挨拶をしてバイトを終了し、さてどうしようと思案する。今の自分で整理しきれないこの気持ちを誰かに相談したくて、このまま家に帰るのは精神的にハードルが高かった。だが京介とのことを相談できるような人間は、かなり狭い範囲に限られている。しかもその狭い範囲の中でも一人は、京介のことをたぶん好きだ。そうであれば適任の相談相手は。

 コウは恐る恐る携帯電話を手に取った。はじめて知り合ったその日に交換した電話番号。使うのはこれが初めてだ。

「あ、あの…一ノ瀬さん?夜にごめんね。ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど…」

 そう切り出すと、あっという間に『今からじゃ外で会うにも遅いし直接話したほうがいいだろうからもう家に泊まりに来なよー』という一ノ瀬本人の提案で、家に泊まることになっていた。近くのコンビニで待ち合わせて、コウは頭がついていかないまま一ノ瀬家までたどり着く。

「おじゃまします…」

「はーい。どうぞ」

 一人暮らしではない一ノ瀬の家には当然家族がいた。夜分遅くにすみませんと居間に向かって廊下から挨拶すると、両親と思しき二人が笑顔でにこっと会釈を返してくれてほっとする。

「私部屋二階だから上行こー」

「うん…なんか、ご両親突然の来客?にも慣れてる感じだね?よくお泊まりあるの?」

「あー、ははっ。うん、てかまみなんだけどね?奴が夜いきなりとか来るから」

「そうなんだ…」

「なんか…いきなり声のトーン落ちたね?和泉、意外と分かりやすいかも。あれか、まみと―――深山さん絡み?」

「―――」

 階段を先立って昇る一ノ瀬を思わず見上げると、彼女も振り返ってカラッとした笑顔を見せる。

「いや、和泉が私に相談っていったらむしろそれしかないっていうか。違う?」

「違わない。合ってる」

「そ。じゃあ、お風呂とか全部入って寝れる状態で色々話そうか。晩ご飯は?食べた?」

「あ、うんそれは大丈夫」

 そこまで確認をとると、一ノ瀬はてきぱきとお風呂やら部屋着やら布団やらの準備をしてくれ、コウを風呂に入らせたあとに自分も入りにいった。好きにしてていいから〜、と言い置いて残された一ノ瀬の部屋―――に敷かれた今日コウが寝る布団の上に座った状態―――で、コウはキョロキョロと部屋を見渡す。

 どうしよう…初めてだ、友達の家に泊まるの。

 真剣な相談に来たのも本当だが、期せずして『お泊まり会』的なものを経験できることにワクワクしている自分がいるのも本当だ。

 お言葉に甘えて準備してくれた布団に寝転ぶと、真っ先に京介のことが頭に浮かぶ。

「……………」

 自分の肩の荷を下ろしてくれた優しい言葉だったり、笑顔だったり、照れた顔だったり。次から次へと脳裏に浮かんでは消えていく。

 こんなに京介のことで頭がいっぱいなくせに、あたしはそれから逃げてきた。

 分かっている。本当はこんなふうに逃げている場合じゃない。けれどもう無心で京介と接することなどできはしない。

…最後に彼とちゃんと視線を合わせたのは、告白やらキス、をしそうになったあのときだ。真剣な表情だったし、声だった。コウの心拍数を簡単に上げる、いつもより幾分低くどこか切羽詰まったようなその声で、正面から好きだと。

思い出してまた息が詰まる。

「〜〜〜〜〜〜〜、」

 あたし、は、

「いーずみ、お待た…大丈夫?」

長考していたらしい。あわてて居住まいを正した。

「なんか顔真っ赤だな〜、何なに、もしかして相談てあれ?深山さんに告白されちゃったとかそーいう?」

 ニヤニヤと冗談口調で言っているが、言葉に詰まって俯くコウを見て、どうやらそれが図星であると一ノ瀬は察したようだ。

「あー…まさかほんとにか、ごめん。それでまみね、ナルホド」

 ベッドにストン、と腰掛けて和泉も楽にしなよと笑う。

「そっか。じゃあ悩んでる原因ってのはソコなの?」

「………それもあるけど、それ以外の理由もある」

「例えば?」

 聞かれて戸惑う。『京介に対するきもちを条件反射的に恋愛感情と勘違いしているのではないか』―――さすがにこの感情ってなに、と根本的な疑問を抱くほど子どもではないつもりで、京介に対し自分が特別な感情を持っているということはいくらなんでも自覚している。

しかし恋愛感情かと聞かれれば自信がない。如何せん出会いが特殊すぎた。

それを説明するには、京介との出会いから話さなければならない。自分にとって彼がどれだけ人間的に大きい存在なのかそれが伝わらなければ、この葛藤もおそらく伝わらない。

「あの…」

 話すべきか。うまくごまかしながらとりあえずの相談をすべきか。

 でもこんなに親身になってくれてるのに。そう思うと言葉が続かなかった。

「和泉?」

「ご、ごめんなさい。あの、」

「…べつに、無理に話す必要はないんだよ?」

「でも、あたしが相談あるって言ったのに」

「ま、それはそうかもしんないけど。でもそれとこれともまた別っていうか…相談がある、だから全部を教えなきゃいけないってわけじゃないと思うんだ、私は」

「……………」

 一ノ瀬はいつもする少し大人っぽい笑顔を見せながら続ける。

「なんにも話せなくてもさ、なんていうかこう…言えることは言ってすっきりするのもよし、ただ傍にいて空気を共有するのもよし。もちろん言いたいこと全部ぶちまけてすっきりするのもよし。要はその人がどうしたいかを大切にしたいというか」

「……………うん」

「すっきりしたい人がすっきりできたらそれでいいんじゃないかと思うわけです」

「…………………」

「…和泉?」

「―――……うん、ありがとう一ノ瀬さん」

 一ノ瀬は驚いたように一瞬言葉に詰まる。

「…あ、いや、うん、こちらこそなんか持論を長々と」

なんか偉そうにごめんね逆に、と言いながら照れたようにはにかんでいる。

「ううん。嬉しかった」

「そか、なら良かったけど」

 空気が和みコウも自然と頬が緩んだ。

 だからか、言葉は自然に出てきた。

「一之瀬さん。あたし、二人に…まみちゃんにも、言わなきゃいけないことがある」

「お―――なんかまじめな話?っぽいね、その様子だと。深山さんとの話にも繋がるの?」

 頷くと、一ノ瀬はそっかと呟いて、なにやら携帯をいじり始めた。聞くと今からまみをここに呼ぶらしい。

「えっ、大丈夫?まみちゃんに迷惑じゃ」

 確かにまみにも話はしたいが。

「いや、来るでしょ。家めっちゃ近いし。てかむしろ喜々として来るよあいつは自信ある。明日、ちょうど休みだしね。夜更かししよーよ」

 悪戯っぽく笑って顔の横で携帯を振る一之瀬につられて、コウもつい肯定の返事をした。

 ―――ねえ京介。あの時はあたしのために小さな嘘をついてくれてありがとう。今からほんとのことを言おうと思う。やっぱり二人は、大事な友達だから。…ううん、ちゃんとした、友達になりたいから。

 こんなときでも真っ先に浮かぶのは、どうしても京介の顔なのだ。コウはそんな自分を自覚しながら、まみの到着を待つのだった。


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