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第25話 決壊

 ―――あれからもやもやした気持ちのままバイトを終えた京介は、暴風雨の中を急ぎ足で歩いていた。

 帰り道での天気は今朝のお天気お姉さんが言った以上の、季節はずれの台風でもくるのかという悪天候ぶりで、もう家にいるはずのコウのことが心配だった。

 始終店のなかにいたのでいつからこんな天気になったのかは定かではないが、授業のあと無事に帰れたのかとか、貸した傘は折り畳みだったから風強くても折れてはないだろうとか、あいつちっこいから飛ばされてんじゃなかろうかとか、そんな心配ばかりが頭を過る。

 やっと着いて階段を上がった。インターホンを押すと応答がない。もしやもう寝たか?

 試しにドアノブを回してみると、なんと扉が空いた。あぶねーな、鍵しめろよちゃんと…などど思いながら靴を脱いでいると、今まさに風呂場から出てきたらしいコウとかち合った。

「!?」

 寝てたんじゃなくて、風呂かよ!

「きょっ……!」

 うすけ、と続けようとしたのだろうか。次の瞬間自分の格好に気付いた彼女はその場に座り込んだ。

 コウはバスタオル一枚だった。髪もまだ濡れている。

「………っ!」

 叫び声さえ上げられずにただ涙目で唇を噛みしめながらこちらを睨む彼女に、全身の血が熱くなった気がした。

 あ、もうだめだコレ―――心のどこかでそう思った瞬間、

「バカ!あほ!いつまで見てんの!!!早く居間いってよあたし動けないじゃん!!」

 いきなりの罵倒だ。金縛りがとけたような感覚で、慌てて居間に駆け込む。廊下ではなにやら自分のことを罵り続ける声が聞こえたが、それも次第に止んだ。

 自分の部屋入ったか?

 恐る恐る確かめようとした時、バチン、と音がしていきなり部屋の中が真っ暗闇になった。次から次へと起こるアクシデントに呆然とする。

「やっ………!」

「コウ!?」

 空気を切るような鋭い悲鳴が一瞬聞こえた。裸を見られそうになった時でさえあげなかった声に、すぐに強風で停電か、と状況を把握する能力を取り戻して、急いで彼女のもとへ走る。この時ばかりは真剣にコウのことが心配だった京介は、今のコウの状況に思い至っていなかった。

 即ち―――

「大丈夫か?」

「は、入ってこないで!」

「いや、でも」

「入ってこないでってば!…………あたしまだ、何も着てない、から」

「な、なにも?」

 …バスタオルも?―――それを聞いてどうする俺。

「部屋…、入ってすぐ、停電したから…着る前だったの」

 だから、見ないで。

 いつもより頼りなく、か細い震える声で言われて息を呑む。

 今が暗闇で本当によかったと心から思う、これならどうあっても彼女は見えない―――自分が動揺することもない。

 廊下の壁に腰掛けて、ここにいるし見ないから安心して着替えろと声をかければ、探り探りといったふうで引き出しを開閉する音や、…………衣擦れの音が聞こえる。視覚が閉ざされているせいで聴覚が敏感だ。

 意識、するな。

 脳内に描かれそうなその情景をごまかすように声を発した。

「なんでこの時間に風呂はいってたんだ?いつももっと早い時間に入ってるだろ」

「…だって、あたしもさっき帰ってきたばっかりで雨に濡れちゃって。さっきまで一ノ瀬さんたちとご飯一緒に食べてたの。だから今シャワー浴びようと」

「…傘、役に立たなかったか」

「違う!傘は役にたったと思う…たぶん」

「たぶん?」

 どういうことだ?と疑問符がつく。

「あの、傘まみちゃんに貸したの。あたしより家が遠いみたいで…でも傘持ってきてないっていうから」

「なるほどな。あいつ家こっちとは逆方向に遠いもんな」

 答えると沈黙が続いた。

「……コウ?」

 しばらく返事がないので不思議に思い名前を呼ぶ。それでも返事がなかった。

「―――一ノ瀬たちとなんかあったか」

 朝と昼の様子が思い出されて、無理に聞かないようにと考えていたはずなのに思わず口をついて言葉が出た。

「…なんで」

「いや、ほんとなんとなく。朝からちょっと様子違うかなってだけ」

 ―――返事は頭上から降ってきた。

「確かに、ないこともない。でも、大丈夫…大丈夫にする。それからお待たせ、ありがとう」

 ―――そうか。つよくなってんだな。その言葉は胸のなかだけで呟いた。

 着替えを終えて部屋から出てきたらしい彼女は、暗闇のなか京介の居場所を探るように一瞬首を巡らした。座って足元にいる京介には気づいてないようで、京介?と不安そうに名前を呼んでいる。

 見えてないのか。気づいて立ち上がろうとした次の瞬間、京介のことを探すために歩こうとしたコウが、当然ながらすぐそばにいた京介自身に躓いた。

「わっ!」

 そのまま座っている京介に倒れこむ。

「…ごめん。ここにいたんだ」

「………いや、」

 咄嗟には答えられなかった。―――押しつけられている体温が熱い。たぶんコウはTシャツ一枚に、ハーフパンツだ。自分が同居し始める時に貸した。それが、支えた感触で分かるくらいに近かった。

「―――、」

 ずっと、自分の中で燻っている、熱が。―――あついは自分なのか、それともコウなのか、その判断はつかない。

 ただ、すぐそばから香る自分とは違うシャンプーやボディソープの匂いに、くらくらした。

「?京介?」

「…アホ、気を付けろ」

 あつさを逃がすように息をゆっくり吐いて彼女の手を取ると、キッチンに向かった。

「ど、どうしたの…」

 答えずに記憶どおりの場所から蝋燭を取り出すと、ガスコンロで火をつけた。その作業をするために一旦離した手をまた繋ぎ、それを持って居間に行くと目の前のローテーブルに置いて京介はソファに座った。つられてコウもソファのうえで体育座りする。

「ここに、いろ」

「え?」

「暗闇、苦手なんだろ」

 なんで、と彼女の唇が動いた。

「…空気で、何となく」

 何となく分かってしまったから、暗さに怯えるコウを庇護することで衝動的な感情を置き換えようとした。それは京介の自分自身への予防線だ。

 なのにコウがいつの間にかまた涙目になって、淡い光のなか見つめてくるものだから頭を抱えたくなる。

 その予防線を一瞬でぶち壊すような。

 ―――だからそういうのやめろ。

「京介…って、ほんといつもずるい」

「は?なんでだよ」

 ずるいのはどっちだ、と思うから声に剣が出てしまう。それを意識しながら自制できない。

「だって、なんていうかあたしの弱いとこばっかり京介は知ってる。あたしは、京介のこと結局なんも知らない」

 拗ねたように下を向き呟く彼女の頭をわしゃわしゃとなでる。

「そんなもん、聞けばいくらだって教えてやるよ。だから拗ねんなよな」

「べつに、拗ねてないし!ちょっ、わしゃわしゃするな!髪乾かしてもないんだからへんにカタつくじゃん」

「気にすんな、どんなんでも可愛い…、」

 空気がゆるんだことにほっとして油断した。ふつうに言いかけて口をつぐむ。

「……………」

「か、かわいいこともなくはない」

「バカじゃないの」

 アヒル口でそっぽを向くその頬は、蝋燭の光の中でなお色付いていた。……訂正、ふつうにかわいいだろこんなん。

「ねぇ、―――いくらでも教えてやるよって言ったよね」

「…言ったけど?」

「じゃあ、その…ずっと気になってたこと、聞いてもいい?」

「なんだ、なんかあったっけ?」

 自分がコウにたいして聞くことはあれど、コウがこちらに聞くことには心当たりが全くない。

 だからたいしたことない問いだとゆるく構えてしまった結果、その衝撃に突き飛ばされた。

「京介って彼女いるんだよね?」

「は!?」

 もし今牛乳を飲んでいたら、噴出していた自信がある。

「なんで!」

「え、だって…細かいとこにやたら気が利くし、家の中でちらほら女物見かけるし…………冷蔵庫の中とか、一人暮らしの男のひとの中身じゃないんだもん」

 ……………………………………………………………な、なんだそれは。

 ―――細かいところに気が利くのは昔から姉にこき使われて、(主に美歌のための)快適な生活へのポイントをつかんでいるからだ。女物があるのは言わずもがなで、冷蔵庫の中身に至っては家事全般京介の担当だったからである。

 …全部あいつのせいじゃねーか。

「違う、コウあれは全部姉だ。姉のせいだ」

「…………姉?」

「昨日一ノ瀬たちに嘘言ったときだって姉のこと言っただろ?」

「え?だからそれは嘘…」

 コウは困惑した顔をする。

「いや、嘘じゃない。姉のくだりは本当だ。だから決して彼女がいるわけじゃ、」

「そ、そうなの…?」

 吐息をつくように答えた彼女は、どこかほっとしているように見えた。―――彼女がいなくてほっとする。それは一体どういう。

「よかった…」

 あたし、お姉さんの話のとこも嘘の一部なんだと思ってた、とコウは笑う。

「…仮にいたんだとして、こういうふうにオマエのこと家に置いてたんだとしたら俺は相当神経おかしい男だろ」

「あ、うん…ごめんそうだよね」

「つーかなんでそんなこと気にしてたんだ」

 ここは聞かなきゃ気が済まない。京介は間髪入れずに問う。

「だって」

 この答え如何によっては自分たちの関係は変わる。そんな気がして心臓がうるさい。

「…怒られるかなって」

「………………………………………………………………………………はい?」

「だから、怒られるかなって。だって自分の彼氏が他の人の面倒見てるのってイヤでしょ、いくらあたしが………妹扱いだとしたって」

 そこで哀しそうに笑うコウの本心はなんなのか。結局自分には分からない。いつもいつも、やきもきさせられているのは京介ばかりだ。だからつい思っている事をそのまま口走った。

「なんだよ、それ」

「なにって」

「勘違いすんな。俺がいつもしてるのは、妹扱いじゃない。女扱いだ」

 感情のままに告げて、それから後悔する。だけど口は止まらない。

「俺はいつだってコウのこと女だと思ってた、最初の夜からずっと。今だって…。オマエ、女が自分の男物の服着てるのって男にとってどんな影響あるのか分かってんのか?」

 今のは完全にアウトゾーンだ。だけどもう無理だった。

「オマエは…、コウは、今やっと周りのことも自分の気持ちも落ち着いて来た頃だろうし言うつもりはなかったけど」

「…………………」

「俺はオマエのこと女として好きなんだよ、覚えとけバカ」

 言ってしまった。バカなことをした、と思う。こんなタイミングで―――拒否されるに決まっている。

 きっと、コウはいつもの無表情に近い表情で断るような返事をすると思った。たとえばまさに「京介はお兄ちゃんみたいな存在で」、とか「今はまだそういうこと考えられない」とか。

 けれどいつまで待ってもそんな声は聞こえなかったから、京介はゆっくりと俯き気味の彼女を覗きこむ。薄明かりのなか、彼女は予想に反して戸惑うような恥ずかしがっているような、それでいて泣きそうな尚且つ怒りだしそうな、―――もの凄く複雑な表情をしていた。

 けれどその頬は依然赤いままだ。

 その反応に、一瞬理性が飛んだ。

 なんかもう、いいんじゃないか俺。

 気付いた時には横に座っているコウの頬に手をあてて、自分の方を向かせていた。コウは逃げない。動けなくなっているだけかもしれないが、そこまで考えてやれる余裕はなかった。

 震える唇との距離がなくなっていく。焦点さえ合わない位置まで近づいた時に、周囲が急に明るくなった。

「!」

 停電が復旧したらしい。我に返って京介はコウの肩を押して自分から距離を取らせた。

「…ごめん」

「………」

 コウは何も言わない。

「停電も復旧したみたいだし…、もう大丈夫だろ。髪、乾かして寝ろ」

 視線を合わせずにそれだけ言うと、京介は部屋に逃げ込むように居間から出た。これ以上一緒にいたら彼女の意思を無視して自分のしたい事だけをしてしまいそうで怖かった。

 これで明日から避けられるの決定、だな。

 ベッドを背もたれに床に座り込みながら、悠長にもそんな事を思った自分がいた。けれどそれに反してどこかすっきりしている自分がいることも、また事実だった。


あけましておめでとうございます! 



久しぶりなカンジになってしまって申し訳ないです。平謝ります。



ちょっと確認してみたら、前回の「あけましておめでとうございます」が16?17?話くらいだったんですよね。……………一年で10話もUPしてねぇ……………………………!!! 



ちょっと衝撃受けました。でも今回2話UPしてます!許してください!そして京介が予想外に暴走してるんだが!こんなのシナリオになかった! 



そんなんですが今年も付き合ってくだされば嬉しくて空も飛べる気がします! 


皆さんも実りある年になりますように祈ってます^^



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