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第23話 ウソとホント

「えっと…二人もしかして知り合いなの?」

 サークル室で出会ったコウと京介、その両者の反応を見て、こんな時だけ聡いまみは微妙な表情をして尋ねた。コウはその表情を見てハッとする。

 ―――あ、まみちゃん……そっか。あたし、この質問になんて答えればいいんだろう。

 知り合いか。そう聞かれてそうだと言うことは容易い。けれどその一言で京介との関係を片付けたくないという感情がコウの中にはあって、思わず口籠もった。なにより、さっきの話で彼女の京介に対する気持ちも知ってしまったから、余計にどう答えたらいいのか分からない。

 そこに助け船を出したのは京介本人だった。

「友達になりたいやつ、ってコウのことだったのか」

 まみに向かって尋ねる。「あ、はい…」

 京介には一見して驚いた様子はない。

 …なんで京介そんな平然としてられんの。

 一人だけ動揺して自己紹介がカタコトになってしまったことが、妙に悔しい。

「びっくりした。まさかコウが来るなんて」

「い、和泉と先輩はどこで知り合ったんすか?」

 意を決したようにまみが聞く。

「どこでって…」

 京介と目が合った。アイコンタクトで『言っていいのか?』と尋ねられている気がするが、答えに窮する。まみたちに知られるのがいやだ、というわけではない。自分の中では母のことも区切りがつき始めている。ただ―――自分と京介しか知らない出来事が第三者に広まるのが嫌だった。

『…わかった』

 京介の口がそう動いた気がした。

そしてそのまままみと一ノ瀬に向き直る。

「知り合ったっていうかな」

 えっ、なに、なにが分かったの。てか京介何言うつもり!

「―――従兄弟なんだ、俺とコウ。そんでこいつ今俺んちに下宿中」

『え!!』

「え」

 まみと一ノ瀬が驚愕するのに続いてコウも小さく声が出た。馬鹿あたし!

 慌ててぱたっと口を手で押さえる。

「まぁ驚くよな。…ちょっと事情あってコウが一人暮らしすることになって、だったら俺んちに来ればって。姉もちょうどいなくなったから、シェアっぽくなったほうがお互い家賃も安いし。大学が俺の家から通える距離だってのは知ってたけど同じ大学ってのはコウ教えてくんなかったから分かんなかった。オマエ、言えよ」

 すらすらと並べ立てられる嘘設定に舌を巻く。しかも所々事実なのが妙に真実味を帯びさせていて、従兄弟という距離感を出すために小芝居まで振られたことが分かる。

 ―――ノったほうが、いいのだろうか。

「そ、そんなこと言ったって京介聞かなかったじゃん。あたし悪くないもん」

「べつに悪いとは言ってない。つかオマエ、今朝弁当忘れていっただろ、自分で作ったくせに」

 これは事実だ。

「!!気づいてたなら持ってきてよね」

「はぁ!?無茶言うな、同じ学校だって知ったのついさっきだぞ」

「う〜………。京介の分まで作らなきゃよかった」

「なぜそうなる!はっきり言って助かったしうまかった、明日からもお願いしたいくらいだ」

「……………あっそぅ」

「今のそういう返事する流れじゃなかったよな!?」

「うるさいツッコミ狂」

「こいつ……。悪かったなツッコミ気質で」

 途中から完全にふつうのやりとりになっていた。ハッと気づいて京介に返事するのをやめると、そのやりとりを傍観していた二人が口を開く。

「な、なんだほんとに従兄弟なの?いや、びっくりした、ね、一ノ瀬」

 どうやら一応それっぽくは見えたらしい。

「うん…あ、じゃあ二人今から帰る場所一緒なんだ」

 一ノ瀬に不思議そうに言われてコウも気づく。あぁそうか…帰る場所、一緒なんだ。

 その事実はコウの心を無性にあったかくさせた。けれど同時にまみが何を考えているのかが気にかかる。やっとできた友達。京介のことを憧れだとは言っていたけれど―――。

「いいなぁ和泉、先輩と家一緒なんて!過去問とかもらいほーだい……あ、でも和泉ならべつに先輩ごときに過去問とかベンキョー教えてもらわなくても試験とか楽勝かー」

 あははと笑いながら、まみはそんなことを言い放った。……なぜかほっとした。

「ごときってオイ。つかオマエの中で俺はどんだけ過去問担当者なんだ、過去問にしか頭いかないのか」

「そ、そんなこと…!そもそもなんで学年だって離れてる先輩から過去問借りてると、」

「あぁ、そういえばそうだよな。なんでだ?2年から借りたほうがいいんじゃねーの、オマエ」

「え」

「今度からそうすれば?」

「え、……いや、です」

「なんで」

「…………………………………………………………………………………うぅ」

 コウには理由が分かる。そしてきっと一ノ瀬にも。更にそれは絶対気軽に言える理由ではないことも。

「?」

「だって―――先輩の過去問丁寧なんだもん!!」

「…はぁ?」

 丁寧だから?

 京介が口に出して聞き返した言葉はまみの本心ではないだろう。けれどコウはまみが出した答えにまたほっとした。同時にそんな自分が嫌になる―――あたし、性格悪い。

「うん、そう!そうなんです!先輩ってちゃんとドコ出て出なかったかとか、書き残してくれますよね。それが助かるんです、私過去問ないと留年決定ですから。過去問バンザイ!先輩には頼りきりです」

「…そこ胸張って言うトコじゃねぇぞ?」

「う、うるさいな!喜んで下さい、あたしがいることで先輩の存在意義がですね、」

「俺はそんなレベルなのか!はいはい、もう分かったから今日帰っていいか」

 帰るぞコウ、と京介の視線が自分に帰ってくる。自分とよりよほどテンポよく進む会話と自己嫌悪の感情を前に、ぼーっとしていたからか返事がとっさにできなかった。

「あ…うん」

「ふんだ、深山先輩なんて!和泉、また明日ね!明日も学校来てね!」

 まみが腕にがっしりしがみ付きながら京介にベー、と舌を出す。

「おい…」

「…もちろん。一ノ瀬さんも、また明日」

 最初から最後まで傍観者だった一ノ瀬に挨拶すると、彼女は笑って手をひらひらとさせた。

 賑やかなまみと落ち着いている一ノ瀬に見送られて、二人でサークル室を後にする。廊下を歩くコウの胸中は、初めてだらけの感情で複雑だった。










 京介とコウがいなくなったサークル室は静かだった。見送って戸口に立ったまままみは動かない。

「まみ」

 一ノ瀬の呼びかけに振り返らずに返事する。

「一ノ瀬、あたし、ふつうのあたしだった?」

「ん、いつも通りアホな後輩だった」

「はは、なにそれ。あたし…おかしいな、一ノ瀬。なんか目から水が…」

 目が熱い。そう思ったときにはいつの間にか涙が落ちていた。俯いているからか、床にぱたぱたと小さな水溜まりができる。

 嗚咽を堪えていると、ふわっと後ろから一ノ瀬に抱き締められた。

「一ノ瀬…。あたし先輩のこと、ただの憧れじゃなかったのかな。なんかすっごい痛い」

「ん」

「……好きなんだ。深山先輩のこと」

「ん、知ってる」

「今ね、先輩ここ出てくときに、和泉にはばれないようにあたしに小さい声でありがとなって言っていった。はじめから―――」

 はじめから、朝の励ましやがんばれよと言って頭に手を置いてくれた優しさは、自分に向けられたものではなかったのだ。

 今朝に見せてくれた優しさの先にはきっとコウがいた。京介はその時点では同じ人物だと知らなかった彼女のことを、まみが話す『友達になりたい子』とダブらせていた。

 そしてコウにも友達ができたらいいと―――だからまみに『ありがとう』なのだ。

「一ノ瀬〜どうしよ〜思ってたより痛いよ〜だって従兄弟は結婚もできるんだよ〜しかも一緒に住んでるとかフラグ立ちまくりじゃん〜お互い名前呼びだし〜でも和泉とだってもっと仲良くなるんだからぁ〜」

 泣きながら本音を垂れ流すまみはある種可愛い。一ノ瀬は思わず笑う。

「まみはそういうのがいいとこだよね。悩みはもちろんあるけど、なんかそれすら明るく悩むっていうか」

「…だって、本音なんだもん」

「うん。そうだよね。先輩も好きだけど、あんた和泉のことも大好きだもんね」

「うん」

 一ノ瀬が腕を解いてまみの頭を撫でる。

「あしたからまたがんばろ」

「……うん」

「自覚やっとできてこれからが勝負だなぁ」

「……………うん」「まずは過去問せびる後輩カテゴリーから抜け出そうか」

「……………………うるさい」

「あ、今なら素直にうんって言うかと思ったのにー」

「…過去問借りるのは、確かに接点持つための口実だけど実際に切実な問題でもあるから話がべつ」

「はいはい」

 返事してから一ノ瀬もまみもなんとなく笑いだして、空気が和らいだ。

「―――ありがと、一ノ瀬」

「ん、じゃお礼に今からパフェ奢って」

「またぁ!?あんったホント好きだねパフェ」

「いいじゃん。さ、行こ」

 ぐちぐち言いながらまみは目的地に向かって歩き始める。

 文句は言いながらも、気分はどこか晴れやかだった。










「…あたし、あんたの従兄弟だったんだ」

「………………」「なんであんな嘘ついたの?」

「…………………」

「ねぇ、京介ってば」

「…………………………」

「―――聞けッ、あほ!」

「うぉっ?」

 家までの道を歩いている途中、ガツン、とすごい衝撃で腿の後ろ辺りにキックが入った。かなり痛い。

「コウ、おまっ…。前にも足だすのは止めろって言わなかったか」

「知らない。聞いてない。心の中で言っただけなんじゃないの」

 …はてそうだったか。思い出そうとして、どちらでもいいと思い直した。

「従兄弟って言ったのは、赤の他人同士で同じ家に住んでるのは普通じゃないからだ。変に勘ぐられるのはめんどくさい」

 恋人同士ならいいけどな。というのは、思ってても口に出さない。

「だったら一緒に住んでるっていうのを秘密にしとけば、」

「言うと思った。考えて見ろ、同じ大学で同じサークル、共通の知り合いがいたらそれを隠し通すのは不可能だ。今ならまだいいけど―――コウはこれから先、きっとあいつらともっと仲良くなるだろ。そしたら、」

 自分はまだいい。男側だし、知られて困ることなんてほぼない。でもコウは。

「………そうしたら、オマエが困る事態になるだろ。女の子同士で、そういう重大な秘密があとから露見されるってのはよくは分かんないけどまずいんじゃないのか。だったら、初めから一緒に住んでるってのをバラした方がいいと思ったんだよ」

 従兄弟なら同じ学校にいてほとんど他人とかよくあるし…。とってつけたように言って、その後にあと3週間もすればコウは出ていくのだと思い出した。これじゃあまるでずっと一緒にいるかのような。

 …いかに自分がコウと一緒にいれることを疑わずに過ごしているか知れて、自分自身にため息を吐いた。

 コウからの反応がない。声をかけようとして横顔に振り返れば、ぎゅっと左の袖が握り締められた。

「コウ、」

 のぞき見た横顔は、今までも何度か見てきた泣きそうで、でも唇を噛みしめることでそれを我慢してるような表情だった。

 店の駐車場で絡まれているのを助けた時。自分に函館に一緒に来てと言ったとき。―――初めてコウの名前を呼んだとき。

 感情が揺れたときに見せる顔だというのはもう知っている。

「…………、」

 自分が彼女に何を言おうとしていたのかもう思い出せない。その表情に戸惑うような朱色がささっているのを見て何も言えなくなった。

 何かしてしまいたいほど凶悪にかわいいと思えるその表情を、この先誰にも知られたくないと思った。

「なぁコウおまえ、」

 ずっとこの家にいる気はないか。

 そんな台詞が思い浮かんで音にならずに飲み込んだ。

 ―――馬鹿か俺は。

 結局頭を一度撫でただけでいつの間にか止まっていた足をまた動かし始めた。

「ごめん、何でもない」

「………?」

 終始黙ったままのコウは一瞬だけ首をかしげて不思議そうにしてみせた。

 それには笑って返事をしておいた。

 ―――その日の晩ご飯は、蹴ったことへの謝罪と共にコウが作ってくれた。例によっておいしい和食だった。

 蹴りが出たことに対して謝罪があったのって実は始めてなんじゃないかとか割とどうでもいい感想を抱きながら、その日の手料理も完食したのは言うまでもない。


今回も読んでくれた方々ありがとうございます! 

最近感想書いてくれる方がなんだか増えてヤル気ボルテージが半端ない私です(笑) 

ところで偶然にも、最近私も初めて行ったお店でパフェ食べたんですが、半分食べたか食べないかで断念しました…やっぱり自分はしょっぱいものが好きだ!!元祖津軽人なめんなコラ!…と。 

あ、ちなみに余したパフェ達は友人たちのお腹に消えましたよ。限界来るまではおいしくいただきました★キラッ

雰囲気よかったからまた行きたい(´∀`)

そんなわけでぼちぼちあっちの幼なじみたちもそろそろ進展させねばなぁ…と思ってます。 

かみんぐすーんとか言ってがんばってみますヨ!

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