第21話 三度目の出会い【前編】
こんにちは。今回は今までに比べたらちょっと早いUPになりました。
今回もなかなか仲の進まない(笑)二人にお付き合いください。
翌朝―――京介がまだベッドで惰眠を貪っていると、夢現つの世界に心地よい生活音が届いて目を開ける。
トントン、という包丁の音、何かを焼く油の爆ぜる音。
ぼやけた世界の片隅で、あぁなんかこういうのいいなぁ…と思う。
このままもっと寝ていたい、なんて思うけれどこの音を立てている主と早く会いたいというのも事実だった。
「しゃーねぇ、起きるか」
ギシッ、とベッドを鳴らして起き上がり布団類を軽く畳む。そうしてから今日着る服を選び、上半身裸になったところで、
「京介朝ごは―――、」
「ぅおっ!?」
部屋にこのタイミングで入ってきたのは他の誰でもない、コウだ。
裸の京介とかち合ってコウは動きを停止する。叫ぶでもない、頬を染めるでもない、ただ停止。
「お、おいコウ…?」
見られた方はいたたまれない。
せめて何かコメントをしてくれコメントを。
世界が止まったのではないかと疑うほど完璧に停止していたコウは、
「―――お邪魔しました」
そう一言告げて踵を返すのだった。
お邪魔しましたっておい。
なんとなく拍子抜けして、京介はまた着替えはじめる。今着替えたところで今日の講義は昼からなのだが、まぁたまにはゆっくりご飯を食べて学校に行くのもいいだろう。
そんなことを思いながらコウがいるはずのリビングに向かうと、彼女はもうローテーブルに着いて何故か俯いて正座していた。
「さっきは悪かった、とりあえずおはようコウ」
そう声をかけると弾かれたように顔を上げる。
「…なんで京介があやまるの、ノックも何もしなかったあたしが悪いし…」
答える声の歯切れが妙に悪い。
「あーまぁそうだけど。男の裸なんて見ても面白くないもん見せたかと思ってさ」
「……そっ、」
力いっぱい反論しようかという勢いを見せて、しかしコウは結局口をパクパクさせただけで「―――なんでもない」と終わった。
また俯くコウの顔にまっすぐな髪がさらさらとかかる。その隙間から見え隠れする彼女の頬が赤く見えたのは自分の欲目だろうか。
…なんだ、ちゃんと反応してんじゃん。
思わず嬉しくなって口角が緩む。少なくともちゃんと男と認識してくれている証のようで嬉しかった。
―――いや、ダメだろ意識されたらこっちの意識も余計つられて危なくなる!
一人葛藤しながら頭を抱える。心中ウンウン唸っていると、
「ねぇ…なんか言ってよ」
「えっ」
「今日ちょっと頑張って、朝ごはん…ちゃんとおかず揃えてみたんだけど」
言われてテーブルに視線を移せば、そこにはいつもとは違うメニューが揃っていた。朝食づくりはその日早く起きたほうがするというのが自然とルールになっていて、作ると言っても朝はお互いトーストによくて目玉焼き、というのがスタンダードだ。
それが今日はご飯に味噌汁、焼き魚や卵焼きまで揃っている。
「…うまそうだな。どうかしたのか?」
うん、あの…とコウは語り始める。
「今日、久しぶりに学校行くじゃん?」
「あぁ」
「ちょっと気合い入れようと思って。それで早起きして、ちゃんとご飯作ってみた。学校また行こうって思えたのも京介のおかげだから…感謝の意味も込めて。だから―――」
「うん」
「………味わって食べてくんなきゃすねるから」
「はい!?」
神妙な面持ちで聞いていたところにいきなり感情の直球が来た。
「すねっ…、すねるっていきなりなんだよオマエ」
そう返したあとにふつふつと笑いが込みあげる。
「ちょ、…ははっ、ごめん、面白い」
「!!面白いって言うな大真面目なんだけどっ」
「あぁハイハイごめん、ありがとう」
「ハイは一回ッ」
「ハイよ。―――ったく可愛いなオマエ」
ぽろっと言ってからハッと気付いた。
…………………………………………………俺は今なにを言った。
恐る恐るコウを見やると、デジャヴかというほどに同じ格好でカチカチになって俯いている。
「いや、あのだから―――、気にするな、とりあえず嘘は言ってない」
嘘は言ってないってなんだ俺!
「あー…その…」
もはやなんと言えばいいのか分からない。かける言葉をなくして口籠もっていると、
「…分かったら食べてよ、ほら」
差し出されたのは卵焼きののる皿だ。
「あ、あぁそうだよな。せっかくコウが作ったんだし」
むず痒いような微妙な空気のなか、いただきます、と手を合わせてそれを口に運ぶ。砂糖と塩の絶妙なバランスが舌のうえに広がった。―――この一週間に何度か彼女の手料理は食べているが卵焼きを食べたのは初めてで、だから素直に感嘆の情で感想が口をついて出た。
「……うまい」
その瞬間にコウの顔がほっとしたように綻ぶ。それを真正面から目にして思わず京介は卵焼きの塊をそのまま飲み下した。
「っ!…ゴホッ、…ぅ」
「え、ちょっといきなりなにむせてんの!大丈夫?」
「だ、大丈夫だ…ゴホッ。うん、で、作ってくれただけでコウは食べないのか」
豆腐とネギの味噌汁を頂きながら問う。
あー相変わらずコウ和食つくんのうまいな、しみる。
「食べるよ。…だから京介のこと待ってたんじゃん」
一人で食べるのはさみしいから、と京介には聞こえた。
「悪い、そうだよな」
「……なのになかなか起きてこないし。それで起こしにいったら…あ、あんな」
また赤くなって俯く。
―――だからあんまりそーゆー表情見せんなって!……………決意が揺らぐだろ。
「…それはホント悪かった」
「べつに…」
「ご飯うまいよ。一緒に食べよう」
そう笑いかけると一拍おいてコウは箸を手に取る。
ゆっくりと食べはじめる目の前の女の子を見ながら、京介は考える。
―――あと3週間。3週間自分はあの時の決意を覆すことなく彼女と過ごせるだろうか。
3週間たって彼女がいなくなったとき自分は何を思うだろうか。
彼女は―――コウは、この生活を、自分と関わったことを良かったと思ってくれるだろうか。
色々思うことがある、そしてそのたび暴走しそうなもう一人の自分に気付かされる。
だけどお願いだから―――一緒にご飯が食べられるようなこの小さな幸せを、自分自身で壊すことがないように。
「…もし壊すならきっとそん時はもう一人の自分だな」
「え、何?」
「―――いや、なんでもない」
怪訝そうに眉を寄せるコウを見ながら、京介はどこかぼんやりと、この時はそう思っていた。
「いやっ、だぁーかぁーらぁー、あたし見たんだって!」
「嘘だぁ。だってさっきの選択、とってたはずなのにいなかったじゃん」
「それはだからきっとなんかまた用事があって!」
「…用事ねぇ。で、それがホントだとして、アンタはなんでまたそんな興奮してるわけ」
「……う、それはぁ」
京介が朝、あのあとコウを見送って昼過ぎの今学校に来ると、掲示板の前でなにやら盛り上がっている女子2人がいた。
まみとその友達で同じサークルメンバーの一ノ瀬だ。
「よぉ。掲示板の前でなに騒いでんだ」
「うわっ、先輩」
「深山さん。こんにちは」
前者がまみ、後者が一ノ瀬で、京介はなんの気なしに尋ねる。
「べつにそこまで驚かなくていいだろうが。で、なに騒いでんだ?」
「あー…えっと」
どちらかというと落ち着きがある方の一ノ瀬が答えようとして、しかしちら、とまみに視線を送る。
「私めんどくさいので。まみ、深山さんに説明してよ」
「はっ!?いきなりなんで」
「いいじゃんべつに。イヤなの?」
「や、いやとか…そんなんじゃないけど」
「じゃあお願いね」
私次の講義の席取りしてくるね!と一ノ瀬はさっさといなくなってしまった。
まみと共に残された京介はなんとなくバツが悪い。
「なんか悪いな、どーでもいいことで引き止める感じになって」
「や、全然いっすよ。…そっ、そーいえば先輩っ、こないだのハンバーガーは食べたんですか?」
こないだのハンバーガー、と言われて、一瞬はて何のことだったかと考えをめぐらす。
「あ…あー、あれか。うん、食った、うまかった」
コウに会いに行ったときのことだ。そういえばこの後輩にはそんな言い訳をしてサークル室を出てきたのだと思い出す。
他人にその口実の部分を真っ向から切り込まれるといやに恥ずかしくて、京介は自分の顔が赤くなってないかと不安になった。
「…なんですかその顔。行った先でなんか嬉しいことでもあったんすか」
「…い、いや、別に何も。てか俺より今はなんでおまえらが騒いでたのかっていう理由言うところじゃなかったのかよ!」
そうとっさに噛み付くと、まみはつまんないのと口を尖らせた。
「うちらはべつに…それこそ先輩にとっちゃどうでもいいことですよ。―――うちらの学年に、ここしばらく学校来てなかった子がいたんですけど」
「…で?」
「あたし、その子―――イズミ、っていうんですけど、イズミのこと今朝見た気がして。でも一ノ瀬がいるわけないって言うから……」
その内容に、いつだったかのサークル室でのまみと一ノ瀬の会話を思い出す。
「あー…おまえらもしかしてその子の話、前サークル来たときも話してたことなかったか。たしか頭いいとかなんとか」
「そう!そうなんですよ。イズミほんと頭よくて。もしやめちゃうならもったいないねって話してたんすけど…」
あたしがなんでムキになってたかっていうと、とまみは続ける。
「あたし、入学したときからずっとイズミと友達になりたいなって思ってて。だから学校きたんだったら話せたらいいのにって思ってたから」
「なるほどな」
そんなことを思われているイズミとやらは幸せ者だ。学校に出てきたら迎えてくれるひとがいる。―――それはなんて幸せなことなのだろう、と京介は思う。
今日久しぶりに学校にいったコウにも、そんな人がいたらいい。
「…先輩?なんか違うこと考えてます?」
「あぁいや…」
しばしまみを見つめてぽん、と頭を叩く。
「おまえのそういう部分に救われてる奴きっといっぱいいるよ。そのイズミって子とも友達になれるよう、応援してる。がんばれ」
笑って言うとまみは一瞬で赤くなり、
「あ、あたりまえっすよ!見ててくださいね!放課後サークルに報告に行きますからっ」
そのままダッシュでいなくなる。
―――ってことはあれか。俺は今日の放課後必ずサークル行かなきゃなんないのか。
思わず失笑。でもまぁどうせ今日は午後からラストまで講義が入ってるのだから、それも悪くないと思えた。
首尾よく講義も終わりサークル室にいると、ドタドタドタ……という足音のあと、バタン!と勢いよく扉が開く。
「せんぱーいっ」
「おまえ…もうちょっと静かに入ってこれないのか」
「だって嬉しくてっ」
「なにがだ」
「昼に言ってたことですよ!あたし―――例の子、イズミと交流できました!」
「へー、よかったじゃん。で、どうなった?」
「それが聞いてください!あたしが入ってるサークルの話したら、実はイズミも読書好きらしくて!入りたいって言うもんだから連れてきちゃいましたっ」
展開はえーなオイ。と思うが仲間が増えることは一向に構わないので、イズミこっち!と廊下にいるであろうその子を手招きしている後輩を見守る。
「ふっふーん、先輩、イズミが可愛いからって驚かないでくださいね」
「なんだそりゃ」
「じゃーん!あたしの新しいお友達、イズミコウちゃんでーすっ」
―――その時、正直いって京介はこれ以上物事に対して面白い反応がとれなかったことはないと思う。
「……ドウモ。イズミコウです」
そう言って目の前に現れたのは、紛れもなくここ一週間生活をともにしているコウその人だったからだ。
今回もお読みいただきありがとうございました。
面白いあとがきを目指す、とか言って3日坊主にさえならなかったのはえぇ、私です。
それはそうと←
最近本格的に自分のサイト持とうかなぁとか目論んでますので、その時にはどうぞよろしくお願いします。
いえ、実現するかわかりませんけども。