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第20話 読書欲に食欲が勝ったという話。

「こんちわーっす!せーんぱいっ」

「あ?あぁなんだおまえか」

 平日の昼、講義が午前で終了していた為久しぶりにサークルに来ていた京介に明るい声がかかった。声の主は後輩の坂下まみだ。いつぞやの過去問は少し前に渡していて、果たしてそれで本当に勉強するのかと京介は疑念を抱いている相手でもある。

「なんだおまえかって失礼ですよ!」

「別に他意はねぇっつの。で?本読みに来たのか」

「あ………、はい、まぁ。わ、私だって一応本好きでここ入ったわけですから」

 一瞬口籠もってまみは答える。それからさかさかと本棚に近寄ると、文庫本やハードカバーの中から漫画を取って読み始めた。

 本好きで入ったって言ったその直後にファーストチョイスが漫画かよ!

 と思いつつ実のところ京介も漫画は好きなので声に出しては突っ込まないが。 サークル室内に設置されている椅子に座って読書を続けるまみの、斜向かいに陣取って京介も小説を開いた。

 ハードカバーの手触りが心地よい。活字の羅列が京介を飲み込む。―――そのまま物語の中に入り込もうとして、入り込めなかった。

 主人公の少女がどこかコウに似ていた。そして相手役の男の性格もどことなく自分に似ている。…こんな時に限って選んだ本は恋愛小説だ。

「〜〜〜〜〜〜〜〜、」

 なんだこの激しく羞恥プレイさせられているような感覚はっ。

 今さら心中ジタバタしてももう遅い。頭のなかは今バイト先の店にいるであろうコウのことでいっぱいになった。

 彼女がバイトを始めたのは少し前で―――同居するようになってからは合計一週間が経過している。

 最近のコウはバイトをじゃんじゃん入れてがっつり働いており、

「………きっと出てくとき耳揃えて返すつもりなんだろうなぁ」

「え?何かいいました」

「いや、なんでも」

 本から顔をあげた後輩に気にするなと意味をこめて手を振って、また漫画に戻った彼女に倣って自分も視線を本に落とした。

 活字で生かされた主人公たちは、今幸せそうに二人揃って同じ時間を過ごしている。

―――それが無性に腹立だしくて羨ましい。

 コウは今日もバイトだと言っていた。

 会いたくなった。こいつらのせいだ。

 責任を物語のキャラクターに転嫁して、京介は椅子から立ち上がる。

 そのまま本を鞄にしまい込み始めたのを見てまみが虚を突かれたように目を見開いた。

「もしかして帰るんすか!」

「あー…うん、帰ることにした」

「…な、なんで」

 なぜか歯切れの悪いまみの言葉に答えを逡巡する。

「―――ハンバーガーが食べたくなったから」

「はあぁ!?」

 疑問の声を上げた後輩にそういうことだからじゃあ、と別れを告げてサークル室を出ると、京介は早足気味にコウのいる店がテナントになっているこの町唯一の百貨店に向かった。





 そういえば一度は働いているコウを見てみたいと思っていたからちょうどいい。

 などと自分自身に言い訳をしながら店に入るとすぐに目当ての人物を見つけた。

 意外に愛想のいい笑顔で接客をしている。どうやらレジ係らしい。

 今の時間レジに入っているのはコウ一人らしくそこには2人客が並んでいた。京介も倣って最後尾につく。

 前の客の男性と、お釣りの受け渡しで手が触れ合っていたのが嫌だった。が、そこは流すことにする。言える立場でもない。

「いらっしゃ……京介ッ」

 マニュアルどおりの接客をしようとしていたコウが京介の時には崩れたので、それで勝手に溜飲を下げた。

「よ。おつかれ、意外にちゃんと頑張ってるな」

「…意外にってなによ」

「や、接客で愛想笑いとか…そういうの苦手分野だと勝手に思ってたから」

 なんせ出会ってから今まで笑顔を見せてもらえたのは2回だ。

 コンビニ店員と客時代で直接の知己でなかったときさえ愛想笑いは見ていない。

 ―――それって逆にすごくないか。うわ、なんかへこんできた。

「ねぇ、京介注文は?来たからにはなんか食べに来たんでしょ」

「へ?……あ、あぁ」

 言われて(ども)った。一番の目的はコウに会うことで、京介の中でまだ昼食をとってないとはいえ食事は二の次だった。がしかし選ばないわけにはいかないだろう。

「そうだな。じゃあ」

 カウンターにあるメニューから選ぼうとしてふと顔を上げる。コウと目が合った。

「どしたの?」

「いやなんか、」

「ん?」

「―――店員と客って意外に距離遠いのな」

 コウもこんなカンジだったのか、と問おうとしてやめた。

 ちょっと微妙な発言だったかな、と思いつつ彼女の反応を待つが、返答は一向に来ない。

「……コウ?」

「―――………」

「コウ」

「…うん、分かってる。遠くなきゃいけないんだよね、本当は」

 そう言って泣き笑いのような表情をした。

 あ―――やらかした。

 そう思っても一度口から出した言葉は戻せない。

 違う、そういうことを言いたかったんじゃない。俺は、

「あ…またお客さん来た。京介、ふつうにハンバーガーのセットでいい?」

「………あぁ」

 言おうとした言葉は続かなかった。

 遮るようにコウに注文を確認されて、京介に弁解の余地は与えられなかったのだ。

 ………弁解て。俺は一体何を弁解して何を言おうとした。

「しっかりしろよ俺…」

 角の席でまみに言ったとおりにハンバーガーを食べながら苦虫を噛み潰す。

 オプションでテーブルに突っ伏していたが、それを注意しに来るような無粋な店員はいなかったのは幸いだった。






 その夜のことだ。

「明日から学校に行こうかと思う」

「へ」

 ご飯のあと2人でテレビを見ているときにいきなりそう切り出したのは、京介の横でソファーの上に体育座りをしているコウだ。

「学校って…大学か。もういいのか?」

 ゆっくり休めと言ってコウを家においている京介としては、気に掛かるのはそこである。また無理をされちゃかなわない。

「うん…もう大丈夫」

 そこまで言ってから、コウは言葉を切って横にいる京介を見上げた。

「―――ハンバーガー買う気もないのに店にまで様子見に来てくれるような誰かさんのおかげでね」

「!!!!」

 京介は目を瞠る。

 それを確認して、コウはしてやったりというふうに笑うと再び画面に視線を戻すのだった。

 き…づいてたのかよ!

 羞恥で撃沈するが、沈めた本人はどこ吹く風でテレビを見ている。

 そしてそれより心を占めるのは初めて目にした、数瞬前のいたずらっ子のようなコウの笑顔だ。

 ずるい、と思う。

 普段笑顔が少ないやつほど―――ただ一度の笑顔でそれ以外をどうでもよくさせるのだから。

「…嬉しかったから」

 だからコウの呟いた声を聞き逃したのは不可抗力だと主張したい。

「え?―――わり、もう一回」

「2回も言わない。おやすみっ」

「はぁ!?」

 目を白黒させているうちに彼女はソファーから軽やかに飛び降りて、自室へと駆けていく。

 一瞬だけ見えた横顔は紅く染まっていた気がして。

 っっだぁあぁぁあぁ!?今なんつったんだよ!?俺の馬鹿野郎!!誰でもいいから30秒世界の時を巻き戻せ!!

 なんて心中叫んでも後悔先に立たずだった。

 この日京介はどうにか寝付くまでコウのセリフを考えることになるのだが、もちろんコウがなんと言ったのかは最後まで分からなかった。


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