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第10話 半分こ

 部屋に入ると、いきなりコウが部屋付きのイスを持ってきて、それをテレビの前に陣取って膝を抱えて座り込んだ。

「あたしここにいる」

「へ?」

「ここにいるから。そっちも自由に寝て」

 一瞬頷きかけて、はっと我に返る。

「…ちょっと待て。意味分からん、何のためにホテルに泊まったんだよ」

「…あんたが寝るためでしょ」

「ちげーよ!オマエを寝かせるためだっつの!そんくらいさっきの会話から察しろ!」

「…………………」

 コウが難しい顔で黙りこくって、俯いた。

 分かれよ、そんくらい!

「…俺こっちにいるから。コウがベッド使え」

 言うと、コウがゆるゆると顔を上げた。立っている京介を涙目で見上げる。

 …心臓が大きく脈打った。―――だからなんでその表情。

 硬直し、困惑する京介にか細い呟きが聞こえる。

「今、また名前…」

 は…名前?

「さっきも…外で名前呼んだ」

 話の意図が、つかめない。

「呼んだ…けど、まずかったか?」

 自分に名前を教えてくれたということは呼んでもいいのだと思っていたが、違うのだろうか。

「違う。そうじゃなくて…」

 ふるふると首を振って、イスの上に立てていた両膝に顔を埋める。

「誰かに名前呼ばれるの、久しぶり…」

 独り言か京介へ向けた言葉なのか。微妙に判断のつきにくい声音に、何か反応すべきなのか迷う。

 ただ、その時のコウがとても小さく見えて、肩が震えている気がして―――泣くのか?

 京介は気がついたら、コウを正面から抱きしめていた。

「………………」

 コウは何も言わない。

 イスに座っている彼女をきつくは抱きしめられないから、京介は優しく力をこめる。

「…俺ずっと、気になってるんだよな。オマエ何者?年は?なんでいきなり函館に?…一緒に、って選んだのがなんで俺」

 腕の中にいるコウの表情は、京介からは分からない。それでも拒絶の反応が出ないから、そのまま言葉をつむぎ続けた。

「むこう出てきてからずっと考えてたんだ。聞けないし。それでもとりあえず最後まで付き合おうって思ってたんだけど―――でも、今のオマエ見てたらなんかもうそういうの、どうでもよくなった。ただ…今この場にいるコウを悲しい顔にさせたくないって、なんか今はそれだけ思う」

 …せめて俺が一緒にいる間だけでも。

 囁くと、コウの体がピクッと揺れた。

「事情、話したくないなら話さなくていいよ。でも、話す気になったらその時は話してくれたら、まぁ嬉しいかもな」

 そこまで言って、そっと彼女を離した。

 震えがとまっていたから、ほっと息をつく。

「寝ろよ、今日はもう。…この距離でよく見たら目の下にクマあるじゃん」

 立ち上がって、ぽんぽんと2回頭をたたく。

 その間、ただコウは京介を見つめていた。

 京介は話をたたんだつもりで歩き始める。

 けれど、はしっと服の裾を捕まれた。

「ん?」

 振り向くと、イスに座ったままのコウは、下を向いている。

「…るい、」

「え?」

「ずるい、自分だけ!」

「な…何が?」

 次の瞬間、コウは立ち上がる。服の裾は掴んだままだ。

「あたしの名前は名乗らせて、呼んでおいて、そんな優しいこと言って!自分は名前教えてくれないわけ!?…せっかく……せっかく素直にお礼言いたくても、名前呼んでありがとうも言えないじゃん!」 

 コウの気迫に圧倒された。…怒るとこ、そこなのか。

「名前…、言ってなかったっけ」

「言ってない」

 涙目のままで拗ねたような表情をするから、思わず可愛い、と思う。…そうじゃなくて、自分! 頼むから今の状況で可愛いとか感じるな!

「ねぇってば」

「あ、あぁ」

「だから名前は?」

「……」

 コウが下の名前で名乗ったので、こっちも下の名前を言うべきかと一瞬迷う。

 しかしその迷いはほんとに一瞬で、呼んでほしいと思ったのは無条件で下の名前だった。

「京介」

「キョウスケ?」

「あぁ、漢字は…」

 電話の横に置いてある、備え付けのメモにさらさらと字を書く。コウはそれを覗き込み、一度噛みしめるように京介、と呟いた。

 服の裾を掴む力が強くなったと思うと―――。

「ありがとう、京介」

 俯いたまま小さな声でぽつりと言った。

「…どういたしまして」

 ―――微妙にむず痒い空気になってなんだか居たたまれないのは俺だけか。

 ゴホン、と一つ咳をして気を取り直す。

「よし、さすがにもう寝よう。その前にコウ、風呂だけ入ってくれば」

 見やると、こくっと黙ってうなずいて風呂場へ向かう。持ってきていたらしい本当に必要最低限の着替えを持って、バスルームに消えた。

 それを見届けて、京介はベッドに腰掛けて携帯を開く。コンビニを出てきてから初めて携帯を操作して―――驚愕した。

 なんだこの着信とメールの数!!

 不在着信、3件。

 メール、12件。

 恐る恐る開くと、不在着信の方は3件とも姉だった。いつもなら深夜12時を過ぎて帰宅しようが、飲み会で朝帰りしようが何も言わない姉だが、今日に限ってなぜかしつこく電話してきていたらしい。

 不思議に思ってリダイアルする。 2回目のコールで姉が出た。

「あ、もしも」

『お姉さまに3回も電話かけさせやがってしかも3回とも無視るなんていーぃ度胸ね京介?いつからあんたはそんなに偉くなったのかしら』

「…………………………………………………………………………………………」

『聞いてんの京介、ねぇ』

「…………………」

『返事しないと次会ったときはったおす』

「…ナンノヨウデスカ」

『あのね、私もうあの家にいないから』

「……………はい?」

『だからぁ、言ったじゃんこないだ、彼氏ンちに行くって』

 言ってたけど、と京介は口籠もる。

 早すぎ、見送るくらいはしてやろうと思ってたのに、と呟くと。

『うんうん、これだから弟って可愛いのよねー。ありがとう、私は大丈夫だから。だからさ…』

「ん?」

『あの部屋の管理、お願いね。家賃高めだけど、なんならだれか友達とかとシェアしてもいいし』

 あーそっかシェアか…。

 その手もありか、と一人うなずく。

『ま、そんなわけだから。ほんとは今日あんたがバイトから戻ってきたら話そうと思ってたんだけど、来ないから出てきちゃった。帰ってきても私いないからね?じゃ、よろしくー』

 そう言い残して電話はぶっつり切れた。

 …どこまで自由人なんだあいつ。

 待ち受けに戻った画面を見ながら息をつく。そういえば、と思い出して残ったメールの受信BOXを開くと、やっぱりというかなんというか、ほとんどの相手は新谷だった。

“おまえあの子と知り合いなのか”

“どういうことだ、説明しろ”

“コンビニは暇だけど俺の心が暇じゃない”

“知り合いなら俺に紹介しろ”

“つかドコ行ったんだ”

“返信しろ、アホ”

“まさかどっかに連れこんでんじゃねーだろな!”

 ―――………等々。

 待ち受けにいつまでも未読メールの表示が出ているのもうざったいので一応すべて目を通したが、 やっぱりうざったいのでパタンと携帯を閉じて放置した。

 ちょうどそのタイミングでコウがバスルームから出てくる。備え付けの浴衣に着替えていて、なんというか直視は避けることにした。

「次、入るの?」

「………いや、俺は朝でいい」

「…そう」

「もう寝よう。日付変わってるし、明日もふつうに朝早い。さっきも言ったけど、コウ、ベッド使えよ?俺は…椅子でいいから」

「は?ベッドに寝ないの」

「一緒に寝るわけにいかねーだろ」

 ふつうに考えてあり得ない。それに、コウのことは名前以外知らないが、もしかしたら彼氏くらいいるかもしれないのだ。…てかこの容姿ならいるだろふつーに。

 …だったらその彼氏に悪い。

 黙りこくった当の彼女は、なにか逡巡している。

「―――いいよ」

「へ?」

「ベッド、使って良いから。どうせあたしが椅子使うって言っても、ベッドに寝なきゃダメっていうんでしょ?だったら、そっちも…京介もベッド使って。あたしだけ気持ち良く寝るなんてできない」

 ―――一瞬何を言われたのか分からなくて呆然とした。

「…コウはそれでいいの」

「うん」

 頷くコウは、まっすぐ京介を見る。 そしてそのまま京介のいるベッドまで来ると、自ら布団をめくってベッドに潜り込んだ。

「―――半分こだからね」

 半分こって、小学生か。思ったけれど口には出さず、代わりにこぼれ出たのは笑みだった。

 京介も靴や上着を脱いで寝やすい格好になる。隣を気にしながら自分もベッドに入ると、コウが微妙に身じろぎする気配がした。

「電気消すぞ?」

「えっ…」

「暗いのだめか?」

「………………………」

 沈黙は肯定として受け取る。

「じゃあつけとく」

 消しかけた電気をまたつける。背中を向けているコウの肩が、ほっと下がったのが分かった。

「おやすみ」

 声をかけると、

「………………………………………………………………………………………………………おやすみ」

 かなり長い沈黙のあと、蚊の鳴くような声でコウから返事があった。


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