1-7
「訓練するには絶好のロケーションね!」
エナは長い白の手袋をしながら周囲を見渡した。広い緑の広がる庭園は手入れがされておらず、湖も濁っていて底が見えない。ところどころに落ち葉が溜まっている決して綺麗とは言えない庭園だが、訓練するには十分な広さがあった。
「元気ね、エナ……」
「昨日あれだけ寝てたらなぁ……」
クレアが微笑みながら言うとヴィロがエナの後ろ姿を見て呟いた。
「そんじゃあ、始めますか」
そう言ってヴィロは大槍を地面に突き刺すと、レイルとヴィロは視線を交わした。
「俺とヴィロで二日に分けて二人の能力を見る。それで今後の戦闘について判断するから、全力とは言わないが七割は出して戦ってくれ。それからここは人様の庭だ……破壊するなよ、ヴィロ」
「分かってる、ちゃんと加減するって」
そう言うとヴィロはクレアの腕を引っ張った。クレアはヴィロを見上げると彼はにっと笑った。
「今日俺はクレアを見るよ。油断していたとはいえ、あの時かわされたっきりじゃスッキリしない」
「私は別にかまわないけど……」
レイルはヴィロとクレアを見ると頷いた。
「分かった……好きにしろ。だがほどほどにいておけよ。大怪我しては話にならない、いくら救術士がいてもな。準備が出来たら始めるぞ」
ヴィロは槍を持って振り回すとそれぞれ二手に分かれた。
レイルとエナは池のそばにあるベンチの方へ移動した。レイルが漆黒のロングコートを離れた場所におくとエナの方を見た。エナが頷くとレイルは腰紐にある剣の柄に手を置き、エナは水色の杖を持って身構えた。
「お願います。」
「……実践風に行くぞ」
一呼吸置くとレイルが剣を抜き走ってエナの方に向かってくる。エナは杖を地面に突き刺して詠唱を始めると、杖にはめ込まれた透明の魔力の石、ルクが光った。レイルがエナに剣を振り下ろすとエナの結界に剣は押し戻され、レイルは少し驚きながらも一度退いた。そして剣の飾り紐にぶら下がる2つのルクのうち赤のルクを剣にはめ込み、走りながら詠唱すると大きな爆発音と共にエナの結界が解けた。
(炎属性、しかも上級術!?)
「くっ……」
エナは地面に立てていた杖を持ち、こちらに向かってきたレイルの剣と交わるが杖と共に跳ね飛ばされた。エナは膝をついて衝撃をかわすが、顔を上げると喉に剣先を突きつけられていた。
「う……参りました」
見下ろすレイルを見てエナは地面にペタッと座り込んだ。レイルは剣を下ろすと鞘に収めた。
「怪我はなかったか?」
「ちょっと着地に失敗して擦り剥いたくらいだから、平気です」
そう言って服についた土を落としながら立ち上がると、レイルの顔を見ておそるおそるたずねた。
「それで……どうでした?」
「救術士はもともと実践向きじゃないからな。だが、エナは身のこなしもいい。結界も一度剣を通さなかったからな……魔力も強いようだ」
エナは前方の少し離れた場所に落ちている杖を取りに行きながら言う。
「身のこなし方は兄に習ったんです。それと私結界には自信があって、今のような単結界ではなく広域結界でも結構持ちますよ。広域になると強度と持続時間も落ちちゃいますけど。単結界は中級唱術までならなんとか耐えられるんですけど、さすがにさっきの上級唱術じゃあ無理だったみたいです……」
「いや……だが強度もよかったと思うぞ」
「それは私だけの力じゃないんで」
レイルがその答えに不信に思いエナを見ると、彼女は杖を拾って首にかけている濃いピンク色の石が付いたのネックレスをレイルに見せた。
「増幅石です。私はもともと魔力が高いんでこの石を使っても、体力の消耗が少ないんですよ。これを使って結界が強化され、一度目の攻撃をはじいたというわけです。この特務に参加することが決まってからココス救術長が貸し与えてくれたんです」
そう言ってその石を首にかけるエナを見ながらレイルは納得した。
「ココス・ピューズ、さすがだな」
「さすがなのはあなたの方ですよ。上級唱術をさらっと使って疲れた様子もないし……だいたい上級唱術を使える人が攻武部隊にいること自体おかしいんですよ」
レイルは肩を落とした。
「……俺の専門は剣術だ。唱術ではない。ともかく結界が中級唱術に耐えられて剣を通さないなら、ある程度大丈夫だな。そうなるともう少し受身の練習と、回復術の確認だな……」
エナが頷くとレイルは池の向こう側にいる二人に視線を向けた。
(……何なんだ、この武器は)
クレアの攻撃をかわしながら彼女の武器を見る。クレアが一本の細長い白銀の槍を振り下ろすと、ヴィロは自分の大槍で防いだ。そしてクレアを槍共々力で押し戻すと、彼女は一端後方に退いて、先ほどの槍を半分の長さほどの二本に分けた。それに驚く暇なく、クレアが短刀のように短くなった双槍を一本、ヴィロの方に投げたので、彼はとっさに動いてよけた。その槍はヴィロのそばの地面に突き刺さる。そして前方からもう一本の槍を携えて走ってくる彼女に身構えると、突然地面に刺さっている先ほどかわした短い槍が眩しい光を放った。
「まずっ……」
とっさにヴィロは腕を顔の前に持ってくるも光が彼の視界を遮った。目の前が真っ白になると背後から空を切る音が聞こえてくる。とっさに頭を下げると、それはさっきの二本の槍が交差してできた白銀のブーメランだった。そのブーメランがターンして背後にいた彼女の手元に戻ろうとしている。ヴィロはクレアに走って近づきながら、自分の大槍を彼女に向かって投げた。戻ってくるブーメランをジャンプして取ろうとしていたクレアはそれに気づくと、避けるように左にずれて一端着地し体制を整えようとしたが……その瞬間、ヴィロに腕を掴まれそのまま素早く背負い投げられた。クレアの元に戻らなかったブーメランは地面に弧を描いて倒れた。クレアは地面に叩きつけられると喉元に短刀を突きつけられ、目の前のヴィロを見てゆっくりと両手を上げた。それを見たヴィロは短刀を彼女から離して、立ち上がった。
「ふぅ。……にしてもすごい武器だな」
ヴィロは地面に倒れているクレアに手を差し伸べるとクレアは体を起こしながら言った。
「ヴィロは体技もできるのね、油断したわ。それ以前にブーメランをかわされるとは思わなかった……」
「あーなんとかね。しっかし武器が長槍から短い双槍、そしてブーメランになるとはね。かわすのも一苦労だな」
そう言ってヴィロは地面に座るとクレアの顔を見た。
「武器を状況で判断して使え分けているし、これといった隙もない。まぁ俺が攻武系だからあんまり唱術を使わなかったみたいだけどな。ちなみに俺は火属性の“幻炎”しか唱術は使えない。あれ以外は全くだめ。唱術は苦手なんだ。クレアはけっこう使えるみたいだな」
「ええ。攻撃五属性の中級唱術まではとりあえずね」
「攻撃五属性って……全属性じゃねぇか!」
「ええ、今は上級唱術の勉強をしているところよ。唱術はわりと好きだから。でもどうしても武術タイプの人が相手だと詠唱の時間配分や体力を考えて、使わないことが多くなるわ。やっぱり唱術と武術を効果的にうまく組み合わせて使わないと……」
クレアは砂埃を叩き落としながら立ち上がった。
「レイルとはれるな……」
「レイル?」
「ああ……あいつは二属性の唱術をマスターしているからな。元々、魔力も高いみたいで初級唱術ならルクを使わなくても発動できんだよ。攻術部隊でもそんな奴は滅多にいないってのにな。それに剣術も一流だ。でも……攻撃五属性中級レベルはすごいな。さすがに攻術部隊にも全属性を使える奴はたぶんいないぞ。ま、攻術部隊からスカウトされる前にうちに来いよ、レイルみたいにな」
ヴィロも立ち上がって背伸びをすると地面に突き刺さっている大槍を抜いた。
「だいたい実力も分かったし、特に教えることもない。俺たちは戻って休むか」
「そうね。疲れたわ……先にシャワー使わせてもらうわね」
「ああ。俺が背負い投げをしたから砂だらけだな。何なら一緒に入る?」
にっこりと笑顔で言うヴィロにクレアは躊躇うことなくきっぱりと言った。
「そんな分かりきった事を聞かないでほしいわね」
そう言って屋敷へ戻るクレアの後ろ姿を見ながら、ヴィロは呟いた。
「……冗談でも手厳しいね、クレアは」