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「おえー、こんなにか……」
次の日昼食を食べ終えたヴィロはメモを見ながら呟いた。
「少長……じゃなかったヴィロ、みんなで決めたんだから……さっさと行きますよ!」
「……お前、早く呼び方慣れろよ」
「無理ですって、さっき決めたばかりじゃないですか!」
「……敬語よ、エナ」
エナはうっ……と言いながら苦笑するクレアの青紫の瞳を見つめた。
「仮にも上司なのよー。もう染み付いちゃって……無理無理」
「……仮じゃないし」
ヴィロがそうつっこむと、レイルもクレアにしがみつくエナを見ながら肩を落とした。
「お前が副長やら少長やら呼んでたら、すぐに軍人だってばれるだろ……あと三日で慣れろ」
「う……努力しますけど、敬語だけは見逃してください……」
エナは子供のようにクレアの背後に隠れた。その様子を見ていたヴィロが不服そうにエナを見る。
「お前、レイルの前じゃ素直じゃねぇ?」
「そりゃあ、恩もありますし常識人ですし」
「人徳の差だろ」
レイルが言うとヴィロはじろっと彼を見た。
「……なんだ?」
「なんでもねぇよ……エナ、買出し行くぞ」
ヴィロがエナの腕を引っ張りながら出て行くと、レイルはクレアの方を向いた。
「こっちも始めるぞ」
「ええ」
太陽がじりじりと照る中、メモを見ながらヴィロとエナは商業街を歩いていた。店が連なり客引きや買い物客でごったがえしている。
「デルトアほどじゃないけどほんと、すごい人ぉ」
エナは買い物客を見ながら呟くと、ヴィロは隣のエナを見た。
「お前……王州と比べてどうすんだよ。ま、ピテラ州は国境を中心に栄えているところだから、行商人が旅の途中でよく立ち寄るんだ。だから物資も豊富で異国の物も手に入りやすい。もしかするとデルトア以上にな」
「へぇ……。国内のことはよく知っているんですね」
「嫌味か……」
「いいえ、褒めてるんです」
そう言って興味深そうにきょろきょろしているエナを見てヴィロはため息をついた。
「ほら、とっとと終わらせて帰るぞ。お願いだからはぐれるなよ」
「たぶん大丈夫ですよ!」
(たぶんって……。人選ミスだろ、レイル。俺は迷子の見張りか?)
そう思いながらヴィロはエナを注視しつつメモを握り締めた。
その頃クレアとレイルはソファの前方にある木製の硬い椅子に座り、険しい表情で地図を広げたダイニングテーブルを見つめていた。
「やはり、情報が少な過ぎだわ」
「ああ。行商から情報を集めるにしても時間がない。最短距離で目的地のあるティカン州に行くなら……北部を通るバシュアナ州経路だな」
クレアは少し顔を曇らせてレイルを見た。
「……これはあくまで噂だけど、マードというバシュアナ西部の町に、反ヴィラシスク過激派組織キリヤの本部があるという話を聞いたことがあるわ。本当かどうかは……でもそうだとすると、バシュアナの隣のマルキアのペルロにもキリヤの影響が少なからずあると思う」
「キリヤ……それが本当ならまずいな」
「本来ならキケ経由でマルキアのティカンに入るのが妥当だけど……サージェスタがマルキアの首都州であるキケに進軍している今、危険だし検問でも足止めをくらいそうね。なるべく首都周辺は避けて通りたいわ」
「……マルキアの首都リュンベル、か。確かに、サージェスタのクムランは首都州だが出発地だから仕方ないとして、マルキアの首都州までは通る必要もないからな」
「ええ。二国の戦力からしても、戦場になるのは間違いなくキケ州でしょうね」
二人が暫く沈黙した後、レイルは前にかがみペンを持った。
「とすると、やはりこの経路しかないな……」
レイルはそう言って地図に線を引っ張るとクレアは呟いた。
「……こっちはこっちで問題だわ」
「あー、重かったぁ……明日、筋肉痛かも……」
突然聞こえてきた声に二人が振り向くと、ソファのそばにヴィロとエナが大荷物を持って立っていた。エナはどさっと音を立てて床に荷物を置いた。そしてソファにふらふらと近づくと、ばたっとうつぶせの状態で倒れた。ヴィロはその場で床に右膝を立てて座る。それを見たクレアは椅子から立ち上がってどこかへ行ってしまった。
「遅かったな……調達はどうだったんだ?」
「まぁ、だいたい揃ったけど軽量防寒具は明後日以降にならないと届かないそうだ。でも注文してきたから大丈夫。あとは全部揃ったぞ」
「そうか、どうにか間に合いそうだな」
するとクレアは毛布を持って来てソファで眠るエナにかけた。それを見たレイルは立ち上がり床に座り込んでいるヴィロを見た。
「お前と俺で買って来た荷物を四人分に分けるぞ、確認だ」
「はいはい、全く人使いの荒い。クレア、悪いけど夕飯頼むね」
クレアは頷き、二人は買ってきた荷物を床に並べて四人分に分け始めた。そしてクレアは寝息を立てて眠っている金髪の少女の寝顔を見て台所へ入った。