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「ここね……」

左手に持つ地図と目の前の木造二階建ての大きな屋敷を見比べると、肩にかけた荷物に地図を入れた。そして両開きの大きな扉の左扉を開けて中に入ると、大きな吹き抜けと二階へと続く左右の階段が現れた。床には緑の絨毯が敷かれ、キャビネットには高そうな骨董や花が飾られている。入り口正面の大きな扉の隣にある大きな柱時計は五時五十分過ぎを指していた。左右には小部屋が一つずつあり、明かりは夕方にもかかわらず点いていない。正面の部屋以外は。

(……ドアの隙間から明かりが漏れてる。待ち合わせ場所のロビーはここね)

そして正面の部屋の扉をノックして入ると、窓際に寄りかかった状態で腕を組んで立っている黒いロングコートを着た濃紺の髪の男とその隣でにこりと笑う明るい茶髪の大柄の男、そして部屋の中央のソファに座っている女性がいた。髪を一つに結い上げた五十代前半くらいの貴婦人は目が合うと優しく微笑んだ。

「あなたが救術士の方ですね。私は今回この仕事を依頼した者です。残念ながらまだ全員お越しになっておりません。全員が揃うまで、どうぞおかけになってお待ち下さい」

彼女は視線を婦人の青いドレスの上で輝く赤い石の指輪に移すと、もう一度婦人の顔を見た。

「どうしました?」

「あなたは……誰?依頼人じゃないわね」

婦人は微笑んで口に手を当てた。

「どうしてその様な事を?」

沈黙していると、二人の様子を窓のそばで眺めていた濃紺の髪色の男が口を挟んだ。

「……遊びすぎだ、ヴィロ」

すると突然婦人の姿がゆらぐと燃え上がって消えた。そして壁際にいた明るい茶髪の男が興味深そうに彼女を見て目を細める。

「せっかく協力してもらったのに、どうして分かったんだ?これが幻影だと……」

ヴィロは眉間にわずかにしわを寄せて立っている彼女を見上げた。

「一つは影。先ほどの婦人は座っていたのに影が不自然に揺らいでいた。それは、炎の幻だったからよ」

「よく気づいたな。なぁ、レイル?」

「そうだな……」

窓のそばに立つ男が腕を組んだまま頷く。

「二つ目は、指輪」

「指輪?」

ヴィロは腕を組んで首を傾げる。

「正しくは指輪の宝石よ。どんなに姿を似せていても、光り輝く宝石は幻に過ぎない。幻は光の反射をしないから、宝石の輝きがないのよ。つまりここから見れば、光り輝く宝石もただの赤い石ころだわ」

ヴィロはちらっとレイルと視線をかわすと、自分の顎に手を当て彼女の方をまじまじと見た。

「なぁるほど。予想以上だな。それに結構、美人だし。兵士としても十分やっていけるんじゃないか?ただ……」

すると突然、正面からではなく背後からヴィロの声が聞こえてきた。しかし彼の姿は正面にある。

「敵か見方か分からない相手の前でお得意の結界を張らずに手ぶらとは、感心しないな」

そう言ってヴィロが彼女の背後で紺の大槍を振り下ろそうとすると、彼女は振り向いてカンという大きな音と同時に槍を受け止めた。彼女の長い二筋のダークグレーの髪が揺らしながら。ヴィロは驚いて空色の瞳を見開くと、彼女が左手に白銀に輝く細長い槍を握り、ヴィロの槍を受け止めている事が分かった。その間にさっきまで正面にあったヴィロの幻影は炎に包まれて消えた。

(槍か?どこから……)

その様子を見ていたレイルも驚いた様子で二人を見ていると、彼女はふと笑った。

「三つ目は……あなたが私を救術士と間違ったこと。依頼人が私の事を知らないはずがない……これが八割の理由よ」

ヴィロは驚き、やられたという顔をして腕の力を緩めると槍を背中に収めた。レイルは彼女の正面まで来ると左手を出した。

「部下が失礼した。私はヴィラシスク軍第三攻武部隊所属、レイル・シュザード副長だ」

するとクレアは軽く頭を下げた。

「こちらこそご無礼を。ヴィラシスク第一王立軍大校、攻撃武術科所属、クレア・ラズローです」

そう言うとクレアは彼の漆黒のロングコートの中で収められている剣を見て、笑顔で握手した。

「シュザード副長……右利きであられるのに、お心遣いありがとうございます」

レイルは自分の腰にある剣を見ると感心したように呟いた。

「なるほど。私のことはレイルで結構だ」

クレアが振り返るとヴィロも左手を差し出した。

「驚かせて悪かったな。同じくヴィラシスク軍第三攻武部隊所属、ヴィロ・コルツ少長だ。怪我はないか?」

「大丈夫です。こちらこそご無礼を……申し訳ありませんでした」

そう言って手を取るとヴィロは微笑んだ。

「しかし女性というのには驚いた。女性は基本的に唱術、特に救術系がほとんどだからね。攻武系にこんなきれいな女性がいるとは……これからが楽しみだ。なぁ?」

「ん?……ああ、そうだな。攻撃武術系の女性兵士はうちの隊長ぐらいだからな」

気のない返事を聞いてヴィロがレイルを見ると、彼は何やら考え込んでいるようだった。

「おい、レイル。どうした?」

「……ああ、先ほどの武器のことが気になってな」

「それ、俺も気になるな。一体どこから出したんだ?……って槍は?」

ヴィロは辺りを見回し、沈黙を貫くクレアを見ると肩をすくめた。

「追求するなってことか、ざん……」

ヴィロが残念だと言いかけた時バタバタと足音がドアの向こうから聞こえてきて、失礼しますという大きな声と共にクリーム色のワンピースを着た小柄の女性が入ってきた。驚いて三人が彼女を見ると、彼女は床に荷物を置き体を折って息を切らしていた。金髪のふわふわした短い髪が彼女のかわいらしさと親しみやすさを引き立てている。彼女は息を整えるとゆっくり体を起こしながら言った。

「遅れてすいませんでした、私は……あれ?シュザード副長とコルツ少長じゃないですか!」

ヴィロは彼女に近づくと彼女の頭を荒っぽく撫で回した。

「エナじゃないか。もしかして今回同行する新人救術士っていうのはお前か?」

「へ?……ってことは二人が……」

「……そのようだな」

レイルが呟くとエナは乱れた髪を整えながらおそるおそる彼を見上げた。

「……シ、シュザード副長。あ、あの……本当に、すいませんでした!」

「……まさかと思うが、今日遅れてきたのも……」

エナがえっと……と言いながらエメラルドグリーンの瞳を彷徨わせているのを見てレイルはため息をついた。それを見たヴィロが耐え切れずに笑い出すとレイルが冷たい目で彼を見た。

「そんな目で見るなって。まあ、しかしあれは珍事だったね。副長就任式にお前、遅刻したんだもんなぁ。将来有望視されている真面目一徹のお前が、よりにもよって政府高官も出席していた就任式に……隊長とゼオ将軍は笑ってたらしいが、その他はみんな青ざめていたらしいからな」

ヴィロは笑っているがエナの顔はだんだん青ざめていった。

「ほんとにすいませんでした、私が方向音痴で訓練室に案内してもらったために……まさか攻武部隊の棟にいるなんて思わなくて。しかも救術部隊の棟ってすごく離れているんですね……」

エナは思い出したのか頭をがっくりと下げた。

「ココ婆さんもいい人選してるよ。ともかくレイル、エナは今年の主席救術入隊者だ、新人だが特に問題ないだろ。ま、一時間早く集まっといて良かったな」

「……そうだな。エナ、もう気にするな。今回は俺たちと一緒だから大丈夫だろう」

エナが苦笑いをすると、クレアの方に視線を向けた。

「それであの……隣の方は……」

「彼女がもう一人の軍大の同行者だ」

レイルが言うとエナは驚いてクレアを見た。

「ええー!?女性……だったの!?そして年下……美人ですし。あっ、私ヴィラシスク軍第三救術部隊所属、エナ・フィオン研修術士です。一歳しか変わらないので呼び捨てで……あまり軍大生と変わらないし。よろしくね」

学生と変わらないってそりゃまずいだろ……と聞こえてくる声を無視してエナは両手でクレアの手を握った。クレアは少し躊躇いながら自分より小さな彼女に挨拶をした。

「……クレア・ラズローです。こちらこそよろしく……エナ」

するとエナはニコッと笑った。


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