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コツコツコツ……

誰もいない廊下を、二筋のダークグレーの長い髪を揺らしながら歩く女性。その左手に封を切った手紙を握りしめ、やがてこの階にただ一つ存在するドアの前で立ち止まる。ノックをして返事が返ってくるのを聞くと、薄紫の服を着た人物は左手でドアノブを回し部屋に入った。

「ナンバー377、クレア・ラズローです。お久しぶりです、理事長」

窓の外を見つめて立っていたスーツ姿の男性が振り向いた。そして四十代中頃の黒髪の理事長は茶色のつやのあるソファに座った。うっすらとしわのある顔は優しい印象を思わせる。

「座りなさい」

クレアは頷くと向かい側に座り、テーブルに手紙を置いた。

「帰って来たばかりなのに呼び出してすまないね」

「いえ。報告書提出のため、学校には来る予定でしたので」

「そうか。まずは……お疲れ様、と言うところだろうね。開戦前に帰国できたと聞いて安心していたところだ。この通り、鳥文も届いているよ」

そう言って封を開けられたグレーの封筒を机に置いた。

「……ご心配をおかけして申し訳ありません。まさか、ヴィラシスクに戻る直前に開戦を耳にするなど思ってもいませんでした。サージェスタ国内では様々な情報が錯綜していましたので、危うく戦の混乱に巻き込まれる所でした」

「情報操作か、こんな時期に。逆に混乱を招きそうだが、まぁそれはともかく。どうだったかな、サージェスタは」

理事長は少し微笑んでクレアを見つめた。クレアは暫らく青紫色の瞳を閉じると、再び瞳を開けてゆっくりと口を開いた。

「二月滞在しましたが……現在はご存知の通り、先週からサージェスタは首都を中心にマルキア国に進行しています。私が滞在する以前より、開戦の準備をしていたようでどこか緊迫した雰囲気でした。しかし首都だけでなく、周辺地域も治安が良いとは思えません。反ヴィラシスク派の動きも活発化しているようですし、国王陛下御訪問の際は警備をより強化すべきだと私は考えますが……詳細は報告書をご覧になって下さい」

「なるほど、軍部に進言しておこう。……君も被害を受けたようだね」

理事長はわずかに見える彼女の左腕のすり傷を見逃さなかった。

「……はい。ヴィラシスク人がビジネスや公務以外でうろついていると、偵察やテロリストと誤解を受けるようです。私が学生と言っても信用してくれませんでした。それで一般人だったので騒ぎにならない程度に相手をした……つもりです。苦情はおそらくないとは思いますが……」

理事長は少し笑って腕を手すりに置いた。

「報告書は後から目を通しておくとして、本題に入るとしよう。手紙は呼んだかい?」

クレアはテーブルの上にある手紙に視線を落とした。

「これは事実なのでしょうか……」

「真偽はともかく、重要な任務だ。危険は伴うが、サージェスタで二月過ごした君なら大丈夫だろう。早速指定の場所に向かってくれ」

「……はい」



「副長」

薄明かりの部屋の中、大きな黒のソファに偉そうに座った明るい茶髪の男が、窓の側に立つ紺の髪の男に声をかける。

「……ヴィロ、いい加減そう呼ぶのはやめてくれ」

「しかしあなたは副長で私は少長、事実ですからねぇ。何も間違っていないと思いますよ?」

「……お前が言うと気持ち悪い」

ヴィロと呼ばれた人物がわざと肩をすくめると、青色の瞳をドアの方に向けた。

「レイル、今から来るんだろ?連れ二人」

「ああ。研修術士と攻撃武術系の……」

「そう、攻武系の奴!知ってる奴かな。一度手合わせしてみたいよ」

にやっと笑うヴィロにレイルは背を向け窓の外を見上げた。

「手加減しろよ、攻撃武術系の軍大生だからな」

「……はぁ!?」

ソファの音を立てヴィロは立ち上がった。

「軍大生!?軍人じゃないのか?特務なんだぞ?」

「ああ。異例だが、いい選択だと俺は思うがな」

「は?」

レイルは濃紺の髪を揺らして振り返ると、窓と窓の間の壁に寄りかかって腕を組んだ。

「国境の緊張状態や干ばつ地域への援軍増員派遣などで軍部は深刻な人手不足だ。さらに特務で人出を裂いてみろ、軍による警備体制や救援活動は手薄になり、現在どうにか保っている国の均衡は確実に崩れるぞ」

ヴィロは崩れるようにソファに沈むと天井を仰いだ。

「でもまだ学生なんだぞ!?それにこれはそんな易しい任務じゃない。俺たちは子守りかよ」

「軍が動けば大所帯になる。長距離動くにしても目立ちたくはない。年齢的にも外見的にも疑われない人選なんだろう。軍人は雰囲気が違うのか、一般人になかなか馴染めないからな。ま、安心しろ。その軍大生は才持生(・・・)なんだそうだ。下手な兵よりはよっぽど腕が立つはずだ」

「サイジセイ?」

ヴィロは体を起こして窓の側に立つレイルを見た。

「軍大の特殊な授業を受けている生徒で、ゼオ将軍以来20年ぶりの才持生なんだそうだ」

「……ゼオ将軍。確かにあの人は超人だけど。んで、才持生っていうのは普通の軍大生とどう違うんだ?」

「俺も隊長に聞くまでは知らなかったんだが、軍大校と軍上層部で将来、武術と唱術においてマスターランクに達する可能性があると判断された軍大生のことを才持生というそうだ。未来の将軍または軍部長官の筆頭候補というところだな」

ヴィロはニヤリと笑って足を組みなおす。

「ほー。てことは軍の秘蔵っ子、お前の対抗馬か。……才持生ねぇ、おもしろそうじゃないか」

レイルは無視して視線を窓の外に向けたまま話を続けた。

「それともう一人。同行者の研修術士は救術部隊の新人らしい」

「新人か……大抜擢だな」

「ココス救術長によれば、治療術や結界術だけでなく薬草学などの知識も多少あるらしい。まぁ、大丈夫だろう」

「ココ婆さんがねえ……。救術士ってことは、女か」

「……お前、やっぱりそこか」

「そりゃあ、むさ苦しい武術系だけじゃなく、一人くらい女がいないとな。でもその前に……」

そう言いかけてヴィロが立ち上がると、右腕を大きく回した。そして彼は入り口に立てかけた紺の大槍に手を伸ばした。

「……ちょっと遊ぶかな」

そう言って彼はにやっと笑った。


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