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執務室に戻ったロバートは、真っ白の紙を前に考え込んでいるアレキサンダーに首を傾げた。
「どうなさいましたか」
「何を書けば良いのか、思いつかない」
アレキサンダーが頭を抱えた。
「ソフィアへの手紙だ。文字も読めない幼子だ。誰かが読んで聞かせてやるのだろうが、何を書けば良い」
「お会いになりたいと、よくおっしゃっておられるではありませんか。それを、そのままお書きになれば、良いのではありませんか」
ロバートは自身の言葉に、子供の頃のことを思い出した。アレキサンダーは、アルフレッドへの手紙に、何を書けばいいかわからないと、よく悩んでいた。
毎回悩むアレキサンダーに、いつもロバートは、おっしゃっておられることを書けばいいではありませんかと言っていた。
アレキサンダーも同じだったらしい。
「いざ、手紙を書くとなると、何を言っていたか、思い出せない」
子供の頃と、全く同じアレキサンダーの言葉に、二人はどちらからともなく笑った。
「あの頃、父上が手紙を所望しておられたお気持ちが、今になってわかったが。いざ書くとなると、やはり難しい。仕事ならともかく、私信など、何を書けば良いのか」
アレキサンダーは子供の頃、アルフレッドへの手紙を書こうとして、よく悩んでいた。
大人になり、父親になっても、あまり変わらないアレキサンダーに、ロバートは、微笑んだ。
アレキサンダー様はおてまぎ、あなたはおてあみと、舌足らずで、可愛らしかったのよと語ってくれた母アリアの声が聞こえてくるようだ。
「ロバート、お前も笑っていないで、ソフィアへ手紙を書け」
「何故です」
「ソフィアが喜ぶ」
王宮からの使者が届けてくれるアルフレッドからの手紙を、アレキサンダーは心待ちにしていた。父親からの手紙をもらうことができるアレキサンダーが、ロバートは羨ましかった。それを知ったアルフレッドが、ロバートにも手紙をくれるようになり、本当に嬉しかった。
アルフレッドからの手紙は、今でも大切に、すべて保管してある。母アリア宛のものも、全てロバートの手元にある。
「私などの手紙より、アレキサンダー様やローズの手紙のほうがよいでしょうに」
「子供は、何でも沢山が好きだ」
「おっしゃるとおりです。でしたら、メアリに書かせてはどうですか」
エドガーの妻メアリは、館の侍女が足り無いという話に、真っ先に手を上げた。それ以来、メアリと息子達は、南にいる。ソフィアはメアリのことも慕っていた。
「お前、ソフィアへの手紙を書けないというのか」
「お手紙を書く手が止まっておられるのは、アレキサンダー様ですが」
「お前が書いている間に、私は何を書くか考える」
「では、私はアレキサンダー様が、手紙になんとかけばよいか悩んで、私に八つ当たりをなさったとでも書いておきます」
「それはやめろ。それは」
「ソフィア様は、おてまぎとおっしゃってるそうですね。アレキサンダー様と同じだと懐かしく思いましたと」
「もういい、お前は書くな」
アレキサンダーは、早々にロバートに降参した。
「愛おしいグレースと、可愛いソフィアに会いたいと、書いておく」
「先日、ミランダと仲良くしているかと、おっしゃっておられましたね」
「懐かしいな。子供の頃も、お前とアリアはそうやって、ああいうことがあった、こういうことがあったと言ってくれたな」
「そういうこともありましたね」
母アリアと、アレキサンダーと、ロバートで、あれこれ言いながら、アルフレッドへの手紙を書いた。懐かしい思い出だ。
王都から遠く離れた王領の屋敷と、王宮の間を行き来した書簡は、父であるアルフレッドと、息子のアレキサンダーだけでなく、乳母としてアレキサンダーを育てるアリアと、乳母の子であるロバートの間をつないでいた。
書類と一緒に手紙を届けることを思いついたのは、あの頃の思い出も影響したのだろう。
人手が少なく、何もかも自分たちでやらねばならない生活は、不便だ。不満を持つものも多くいる。だが、アレキサンダーもロバートも、不便な生活に、育った屋敷での日々を、懐かしく思い出していた。
作者基準の「ほのぼの」でした。お楽しみいただけましたでしょうか。
自分の子供の頃の言い間違い、おてあみ、に関しては、黙っている(から誰も知らないと思っている)ロバートです。
本編も続いておりますので、ぜひ、ご覧いただけましたら幸いです。
マグノリアの花の咲く頃に 第四部https://ncode.syosetu.com/n2114hd/
(残酷表現あり、シリアスです)
アレキサンダーとロバートの子供時代(本編開始前)のお話は、幕間の短編としてあります(他者視点含みます。基本シリアスです)
平穏な日々の終わり https://ncode.syosetu.com/n0237gv/
王太子と乳兄弟(王太子アレキサンダーの視察)https://ncode.syosetu.com/n5407gx/
マシューのチキンスープ https://ncode.syosetu.com/n8480gw/
必要とされることの必要性(居場所を得た少年)https://ncode.syosetu.com/n0448gw/
勢子頭パーカーは、王太子様と狩りをしたい https://ncode.syosetu.com/n8400gw/
並び立つために エリック・ティズエリーの決意 https://ncode.syosetu.com/n2067gy/
幕間のお話たちもぜひ、よろしくおねがいします。