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手紙を配り終わったロバートは、探し人を厨房で見つけた。
「ローズ」
桶の傍らに腰を下ろし、ジャガイモを洗っていたローズが顔を上げた
「ロバート。どうしたの。今日は、書類とお手紙が届く日でしょう。忙しいのではないの」
「もう、配り終わりましたから」
最近は、各部署の責任者に手紙の束を渡している。一人一人に配り歩ける分量ではなくなった。数日後に、各部署の責任者たちが、手紙を集めて執務室に持ってくる。書類と一緒に手紙は王太子宮に届けられる。王都から離れた地で任務に当たる者達と家族の心を、手紙が繋いでいた。
「皮を剥けばいいですか」
ロバートは洗い終わったジャガイモを手にとった。
「えぇ。ありがとう」
ローズの返事と同時に、ロバートは小刀で皮を剥いていく。最初の頃、人手が足りず、ロバートは厨房を手伝い、薪を割った。近習としてのロバートしか知らない者達は、ロバートの手際の良さに、驚いた。
王太子の腹心が、率先して雑事をこなすため、誰も文句を言わずに雑事をこなした。早朝に、日頃の鍛錬の代わりに、アレキサンダーとロバートの二人が薪を割ったのも影響しているだろう。
「貴方への手紙もありましたよ」
ロバートの言葉に、ローズの手が止まった。
「私に」
驚くローズに、ロバートは言葉を続けた。
「ソフィア様からです」
「まぁ」
ローズが微笑む。
「何が書いてあるか、わかりませんが。グレース様のお手紙によると、ソフィア様からあなたへの言葉が書いてあるそうです。今は、どちらもアレキサンダー様が持っておられます」
「そう。後で見せていただきたいわ」
ロバートは、ローズが洗い終わったジャガイモを、籠ごと台まで持ち上げてやった。ロバートが皮を剥いたジャガイモを、ローズが一口大に切っていく。
「後のほうが良いでしょうね」
「何故」
「アレキサンダー様は、ソフィア様からご自身宛てのお手紙がなかったので、ややご立腹でした」
「あら」
ローズが声を立てて笑う。
「アレキサンダー様も、ソフィア様にお手紙を書かれたらよいのに」
「えぇ。私もそう思います。ローズに嫉妬など」
「お会いになりたいのでしょうね」
二人の手が止まった。
ロバートには、父親はいるが、会いたいと思ったことすら無い。家族を王都に残しているアレキサンダーの気持ちは、ロバートにはわからない。今、傍らにいるローズがいてくれたら、ロバートはそれでいい。
ローズは親のことを知るのが怖いという。アレキサンダーが、娘のソフィアに会いたいというとき、ローズが何を感じているのかも、ロバートにはわからない。
「アレキサンダー様は、ソフィア様にお手紙を書かれるかしら」
先に、言葉を発したのはローズだった。
「えぇ、きっと」
ロバートは、軽く身を捻り、ローズの額に口づけた。愛する人が側にいるということは幸せだ。
「早く後始末が落ち着いて、王都に戻れたら良いわね」
ローズは微笑んでいた。
「はい」
「グレース様、ソフィア様にお会いしたいし、サラさん、ミリアさん、ブレンダ様にも会いたいわ。ミランダ様も元気かしら。今度は、ソフィア様だけではなく、ミランダ様にもお手紙を書こうかしら。グレース孤児院にも行きたいわ」
ローズの言葉に、ロバートも会いたいと思える人がいることを思い出した。師匠も、ヴィクターも、アレクサンドラも、庭師のジェームズも、小姓達もいる。
会いたいと思える人がいることも幸せだ。
南で喫緊に済ませなければならないことの大半は、片付きつつある。まだ王都に戻る日の目処は立っていないが、そう遠くはないはずだ。
「南のこの地も悪くはないけれど、王都に帰りたいわ」
「そうですね」
ロバートは、王宮に務めさせるようにしたお転婆娘達のことを思い出した。まだあの娘達は良い。ローズよりも大人びていたお転婆達は、侍女としてそつなく振る舞っている。問題は、王太子宮に務めさせる予定の腕白達だ。俺たちは、リゼの兄ちゃんだというが、弟の間違いだろう。
戻り次第、あの腕白達を王太子宮で、小姓として務めさせる必要がある。どう考えても、大仕事だ。
「どうしたの」
ロバートの様子に、ローズが、首を傾げていた。
「王都に戻ったあとの、仕事を思い出しただけです」
ロバートの言葉に、ローズが笑った。ローズには、腕白達のことは、まだ教えていない。
「ローズ、あなたが笑っていられるのも、今の間だけですよ」
なにせ、ローズの知り合い達だ。ロバートは、腕白達の教育を、ローズに手伝わせるつもりだ。彼らと再会したとき、ローズが何と言うかを、ロバートは楽しみにしていた。