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「何だ、これは」
アレキサンダーの声に、ロバートは目を上げた。アレキサンダーが手にしているのは、王太子妃であるグレースからの手紙だ。先程、王都から書類とともに届けられた。
「何故、こんなわけのわからない紙が、ソフィアからローズへの手紙で、私への手紙がない」
わなわなと震えるアレキサンダーの手が持つ紙を見て、ロバートは微笑んだ。紙に、インクで何かが書かれている。何を書いているのかさっぱりわからないが、幼子の仕業であれば納得だ。
「ソフィアが『ローズへ、おてまぎありがとう。だいすきです、げんきですか、あいたいです』と言いながら書いたらしい。なぜ、私ではない。なぜ、私への手紙がない」
アレキサンダーは騒ぐが、無いものは無い。
「親子で同じ言い間違いをなさるのですね。アレキサンダー様も、おてまぎとおっしゃっていたような記憶があります」
「そういうことはいい」
ロバートにとっては懐かしい思い出だが、アレキサンダーにとってはそうではないらしい。
ローズを相手に嫉妬するアレキサンダーを、ロバートは微笑ましく思いながら、手元の大量の手紙の仕分けをしていた。
ロバートは、ソフィアからローズへの手紙がある理由を知っている。
「前回、王都へ書類を送る際、ローズがソフィア様へ手紙を書いたので、そのお返事でしょう」
「どういうことだそれは」
「グレース様は、アレキサンダー様からの手紙を受け取っておられます。ソフィア様にはそれはない。きっとソフィア様も、グレース様のように手紙を欲しいのではないかと言って、ローズが何か書いていました」
ロバートは、宛先の者がいる部署毎に手紙を仕分け、紐で軽く縛った。その手紙の束を籠に並べていく。回数を重ねる毎に手紙が増えた。王都から離れた南の地で任務につく者達にとっては、愛する家族との私信だ。心の支えでも有るだろうから、早く届けてやりたい。
「なぜ、それを私に言わない。ローズは何と書いた」
「おげんきですか、といった程度の内容だったはずです。私も記憶は定かではありません」
文字を読めない幼子相手だというのに、ローズは、文字を一つ一つ大きく書いてやっていた。そんな気遣いをするローズが、可愛らしかった。ローズが、きっと優しい母になるだろうなどと思えた。
「では、私は他も配らなければなりませんので、失礼いたします」
ロバートは、沢山の手紙が入った籠を手に、仮の執務室を後にした。なにせ人手が足りない。本来、小姓の仕事だが、小姓の人数も少ない。読み書きが出来て、王都から来た、寄せ集めの集団を把握している者となると、さらに少ない。
結果、ロバートは王都から書類と一緒に手紙が届く日は忙しいのだ。断じて、ローズに嫉妬したアレキサンダーが面倒だったから、急いだわけではない。
ロバートには、王都から遠い東の地、イサカの町に派遣されていた経験がある。当時ロバートは、何度も王都に、住み慣れた王太子宮に帰りたいと思った。ロバートを支えたのは、手紙の片隅にかかれていたローズからの私信だった。
ロバートを気遣い、王太子宮でのささいな出来事を報告してくれるローズの気遣いが嬉しかった。御者のベンに、お前は手紙の最後を最初に読むのかと、からかわれたのも、今では懐かしい思い出だ。
当時のことを思い出し、ロバートは、書類と一緒に、王都へ手紙を届けてやるようにした。皆遠慮がちだったが、一人二人と手紙を託す物が増え、その返事も増えた。今や書類そのものよりも、手紙のほうが、分量が多い。
何事かを言う者もいるが、ロバートは取り合わずにいた。人の行き来という意味では手間は同じだ。
ロバートは、手紙の入った籠を片手に、館の中を順に歩いていった。