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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『BLの魔法』は封印しましょう

作者: ブーリン

「考え直してくれないか、ヴァレンティナ。君は100年に一度の逸材で、君のBL魔法はこの国の平和にとって必要だ。元帥閣下も頭を抱えておられる。」


少将は私に嘆願した。


「頭ではわかっております。でも、心がもうついていきません。BL魔法のように強い魔法は術者の精神的な覚悟が重要なのですわ。もうそれがなくなってきたと申し上げているのです。」


私は涙目のまま少将を見返す。彼はウェーブのかかった髪を困ったようにかきあげた。


「しかし君が密かに敵軍にかけるBL魔法のおかげで、君が怒りを覚えていた占領地でのレイプや望まぬ妊娠は根絶され、最近の領土紛争では我が国はもちろん敵軍にも死者負傷者がでていない。捕虜になった者たちも健康そうに楽しく過ごしている。君はこの素晴らしい実績を誇りに思わないのか。」


「人の精神に影響するような心の魔法は、本来ならニコマコス神の教えに沿って、人々を幸せにするためにあるものです。今の使い方は麻薬や媚薬のようなもの。教典のテキストには沿っていても、スピリットに沿っていません。」


心を操る魔法は人を幸せにするためにしか使えないになっている。例えば自分を傷つけるとか、絶望して廃人にさせるといった魔法は存在しない。私の魔法は『隣人への愛は人を幸せにする』という教えを、いわば悪用したもの。隣人愛を最大限に引き上げてしまうことで、兵隊たちは戦争なんてどうでもよくなってしまうという原理だった。


少将は透き通った綺麗な緑の目で私を見つめ直した。


「彼らは殺し合いよりもよっぽど幸せになっているとは思わないか。このスケールで魔法が使えるのは君だけだ。それにいっときの気まぐれとは言え、望まぬ妊娠が起こるようなこともない。さらに、私の手元に捕虜となったものたちのリビューがあるが、ほとんどがポジティブな意見だ。もちろん魔法の効果が抜けてからアンケートをとったものだが、『同僚を心から愛していた時間は人生で最も幸せなときだった。』『偏見を持っていたが体験してみたら思ったより良かった。』などなど。後悔するものの声はほとんどない。」


「少将、この間講和がなったペスカーラ公国からの苦情の手紙をお読みになったかと思いますが・・・」


「あれは言いがかりだろう?」


少将は少しおかしそうに肩をすくめた。いつもは冷静沈着だけど、こういうときだけは年齢相応に見える。


「ペスカーラの出生率は戦争前から下がっていたのだ。君が責任を感じる必要はない。」


「それだけではありませんわ。兵士の奥様方からは『夫が男に夢中になって抱いてくれなくなった。』『同僚のほうが気持ちよかったと言われて女としてのプライドが傷ついた。』というものも。なかには『たまには犯してほしいと旦那に懇願されたけど、どうしようもなく絶望した。』という方までおられました。」


私が目を伏せると、私をじっと見ていた少将はコツコツと窓辺に進んで外を眺めた。


「ペスカーラの女性たちは保守的すぎるのだ。そのためのグッズも我が国から廉価で提供されている。多少のクリエイティビティがあればなんとかなるはずではないか。第一、ヴァレンティナのおかげで戦場に向かった夫が無事に返ってきたというのに、感謝の言葉もないとは。」


「『夫が五体満足でかえってきたと思ったら満足しすぎていた』なんていうのもありました。」


少将が呆れたように首を振って、ライトブラウンのサラサラの髪が揺れる。


「完全にいいがかりだ。それに君が気にしていた同性愛者に対する偏見や差別が減っているというレポートもある。保守的だったリミニ侯国では部隊が君と遭遇した後、同性婚が合法化されたそうだ。悪いことばかりではない。」


理詰めで私を説得したいみたいだけど、さっきからあんまりパンチがない。いつもはもっと切り込んでくるけど、やっぱり気を遣っているのかしら。


「私もそれは好ましいとは思いますけど、いいことばかりじゃ有りません。例えばうちの軍は魔法にかかった人の一部の人たちに、拷問をした事件がありましたね?」


「あれは済まなかった。残念な事件だったが、知っての通りあれは一部部隊の暴走だ。裁判はまだ続行中だが、それ相応の処罰がくだる。首謀者たちは、『快楽責め』と称して身体的な苦痛を一切あたえず、魔法のおかげで精神的な苦痛もないと主張しているが・・・」


この国は私の魔法を勘違いしている人が多すぎる。


「魔法がとけても記憶はのこるんです。後の人生に精神的苦痛がうまれてしまいます。」


「そうだな。記憶は、消せないな・・・」


少将はなんだか意味深長発言をした。そのまま私の方を向く。いつも涼やかな顔が、今日はすこし苦しそうだった。なんだかいつもより不自然な感じがする。


「ヴァレンティナ、君の辞任は私へのあてつけか。」


「いいえ、少将。少将のご実家から手紙がついたのは、私が辞表を提出した後です。別に問題があったのです。それに私もこのような立場ですから、覚悟はしておりました。むしろ、まったく嫁ぎ先の無い私に、いままで婚約者として接してくださって、ありがとうございました。」


頭を下げる。私の涙が見ませんように。


私に近づくとBLになってしまうという噂のせいで、本来高位貴族の私には縁談がほとんどなかった。さらに私の部隊に進んで入ってきた人たちがみんなBL大好きだったせいで、私はBLハレムの主みたいな誤解までされていた。少将は実情を知っていた数少ない人で、多分気の毒に思って私を婚約者にしてくれていたんだと思う。

でもご実家から『お前は長男だ。どうか跡継ぎをかんがえてくれ!』などと言われていたのは聞いている。婚約が破棄される見込みだとの通達があった。


「顔をあげてほしい。」


気がつくと、いつのまにかハンカチを持った少将は私の目の前にいた。


「泣くな。どうか勘違いをしないでほしい、ヴァレンティナ。私は君と婚約できて幸せだったし、君は素敵な人だ。今言うのは酷かもしれないが、私は君が好きだった。」


「では・・・ではなぜ!少将、私はちゃんと子供も産めます!きっと!魔法を封印する以上、軍のお役にはたてませんが、絶対に少将をBLにしません!」


駆け寄る私を制して、少将は悲しそうに顔を横にふると、思い返すように話し始めた。


「・・・マルキオーネの森に向かった回収部隊がなかなか帰ってこなかったことがあっただろう。あのときは相手の軍勢が多かったから手間取っているだけだとは思ったが・・・」


森の名前が出て、私は嫌なことを思い出しそうになった。


「1000人くらいでしたからね、大変だったと聞いています。」


一晩BL魔法にかかってもらった後、回収して捕虜にするんだけど、その回収を担当する部隊は重労働なので人気がない。シモーナみたいな腐女子をもってしても、お互いから離れたがらない男性二人を馬車まで運ぶには力が足りないし。給料を上げても続けてくれる人がいなくて、大規模な部隊だと回収には時間がかかる。理解のある捕虜のみなさんを動員したこともあったけど、捕虜の取り扱いにかんする条約に違反した罪で訴えられたこともある。


「そう思ったが、万が一魔法にかかっていないものが応戦してきた場合を考え、私は実戦部隊を率いて現場に向かった。」


「え・・・じゃあ、見たんですね・・・」


「ああ・・・」


今度は少将が考え込む番だった。


少将が朝に見た光景と夜に逃げ出した私の見た景色はだいぶ違っただろうけど、マルキオーネの森は私にとってもトラウマだった。


「あの夜は、私にとっても転機でした・・・」


――――――――――――――――――――――――――――――


その夜は月明かりが明るくて、木々の合間から木の柵で囲われた大きな陣地が見えた。


「(ヴァレンティナ様、こちらで大丈夫です。相手部隊はモリーゼ兵1200人と支援部隊80人。味方の捕虜はおりません。)」


森の茂みに隠れて、部下のシモーナが私に耳打ちした。


「(わかったわ。ありがとうシモーナ。この位置ならいける。)」


私の魔法は割と遠くまで届くけど、無関係な人を巻き込んではいけないから、できるだけ近くに行くようにしている。無防備の女を無意味に殺そうとする兵士はあまりいないみたいで、手を出してきても魔法をかけると女に興味がなくなる。


私は杖を一振りして、呪文を唱える。


「『汝の隣人を狂おしく愛せよ、男として、心と体の赴くままに』」


ちなみに『隣人』は初対面の人には当てはまらないと検証されているので、この魔法のせいで村の青少年が襲われたことはない。


「んっ、なんだか甘い匂いが・・・敵襲か!?」


「痺れ薬かもしれん、体が変だ!」


まず見張りが騒ぎ出した。


「お前は西側をみてこい、俺は東側に行く。」


「ああ・・・だが、なんだかお前が心配だ。離れたくない。」


「大丈夫だ。心配ないから、そんな切ない目で見るな・・・なんなら、手をつないでいくか?今夜はお前の願いを叶えてやりたい気分なんだ。」


「ああ、離れるといけないから、指を絡ませてもいいよな?俺だってお前を危険にさらしたくない。」


効果は無事にでているみたい。


「(シモーナ、撤退しましょう。)」


「(いいえ、ヴァレンティナ様。今回は人数が多いですから、ここから見て奥の男たちにもかかっているかどうか確認しましょう。うふふふふ。)」


顔の赤いシモーナは鼻息が荒くなっているけど、私は逆に青くなった。


私の部下はみんな腐女子だけど、実は私自身はそうじゃない。この魔法はそもそも、新聞で兵士によるレイプ事件の記事を読んだ後、兵士に娼婦を同行させるべきかという社説記事に憤慨した私が「なによそれ!そんなの、男同士でよろしくやってればいいじゃない!」と叫んだらなぜか会得したというもの。別に私にそういう趣味があるわけじゃない。


そんな私の回想にも関わらず、陣地からは兵士たちのやり取りが聞こえてくる。


「起きろジョバンニ!敵襲だぞ!おい、なんて格好をしてるんだ!」


「んあ?・・・別に男だらけなんだから関係ないだろう。」


「そんな格好で寝ていたら俺以外の男襲われるだろう!?俺を不安にさせるなよ!」


「お前以外?・・・おい、よせよ、そんな熱い目で見られたら、なんだかドキドキするだろ?お前、いい男だしな。」


「それは嬉しいが・・・おい、顔が赤いぞ、熱があるのか、ジョバンニ?測ってやる。」


「おい、そんなとこ触ってどうするんだ・・・あっ・・・」


柵があってよかった。見えなくてよかった。シモーナとちがって私に出歯亀の趣味はない。


「(もう行きましょうシモーナ。)」


てこでも動かなさそうな部下の肩をゆする。


「何をしている!」


急に鋭い声が響いた。振り返ると二人の男の影がある。


「『汝の隣人を狂おしく愛せよ』」


慌てた私は、早口で喋って杖を振るった。


「グッ、なんだ!?目の前がぼやける。」


「大丈夫かコジモ!しっかりしろ、相手は女だぜ!?」


「おかしい・・・なんかお前がきれいに見える。前から思ってたけどお前、肌綺麗だよな。」


「なにを言い出すんだよ、コジモ。美男子のお前に言われたら・・・照れるぜ。」


とりあえず私に興味を失ったみたいだった。二人連れで良かった。


「(シモーナ、今のうちに逃げましょう。)」


「(いいえ、ここで呪文がフルでなかったときの効果を検証しましょう。後学のために!)」


シモーナは殺気立っていた。


「やばい、なんかわかんないけど、お前の照れる顔は凶悪的に可愛い。もっとみたい。」


「おいおい、お前が奥さんののろけ話をしているときの顔のほうが最高だぜ。コジモの奥さんには妬いちゃうぜ。」


そのとき私は、ペスカーラの奥様方からの手紙を思い出した。


この愛妻家のコジモさんに後遺症が残ったら、奥様は以前のように愛してもらえるかしら。


「今月子供がうまれるんだ。きっとかわいいぞ。お前もうちの子供を愛してくれるだろうか。お前に愛してもらえなかったら、俺は・・・」


「あたりまえだろ、お前の子だぜ?俺を名付け親にしてくれるんだよな。子供が男だったら、コジモでいいだろ?きっと父親に似てべっぴんさんになるぜ。父親瓜二つに育ったらかわいくて舐めまわしちゃうかもな。」


赤ちゃん大丈夫かしら。コジモ・ジュニアは幸せに育つかしら。舐め回されちゃうの?


「いや、お前の名前をつける!俺はルイジという名のこどもを愛でたい!」


「いくら照れさせたら気が済むんだよ・・・ルイジを愛でたいならなら、今目の前にいるのを愛でればいいだろ。」


赤ちゃんごめん!あなたの名前が訳のわからない由来になっちゃう!!


「ルイジ・・・んっ・・・」


「コジモ・・・ハッ・・・ハア・・・」


奥さん、これから出産という大変な時期なのに、旦那さん浮気してます。私のせいで。暗くて見えないからレポートはできないけど。


「(シモーナ、もうだめ、私体調が悪いから、一人で帰ります。)」


「(そんな、これからってときに・・・)」


私の護衛を兼ねているシモーナは、渋々私の撤退に付き添った。


今まで私を襲おうとした兵士は一人のときが多くて、男を探してどこかにいってしまったし、そもそも罪悪感なんてなかったけど、今の見回りの二人を間近で見てしまった私は、今まで私が壊してきた人間関係に思いをはせて怖くなってしまったのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――


「そうか、そんなことがあったのか、それは気の毒だった。だがこの国を護った魔法をせめないでくれ。」


「ええ、ですが今まで見ぬふりをしてきたものを見てしまって、自責の念に駆られたのです。」


私はそれから、まだ見ぬコジモ夫人と赤ちゃんの夢にうなされた。


「気持ちはわかるが・・・これがヴァレンティナではなく普通の斥候だったら、コジモとルイジは死んでいたわけだ。はるかにいい結末ではないだろうか。」


「いえ、純潔を汚されるなら死を選ぶ女性もいるのです。少将のレビューに登場しないだけで、深く傷ついている人がいるかもしれません。」


私がルイジとして育って、ある日、自分の名前の由来を知ってしまったら、きっと生きることについて悩むと思う。


「大げさだと思うが・・・」


「大げさと言えば少将こそ、敵軍は魔法にかかっていたのですし、朝の光景はある意味で予想通りの光景だったと思いますが・・・男性の裸体など公衆浴場でよくみているでしょう?そこまで気持ち悪かったのですか?」


「もちろん地獄絵図を覚悟していたさ。それに私は君のデビュー前の、血みどろの戦場も知っている。ベタベタでも血よりはましかと思っていた。」


そんなに悲惨な状況を想定していたのね。私自身見たことがないのだけど、回収係の人たちからはあまりいい感想を聞かない。


「男どもは性欲に狂ったような顔をしているだろうと思っていたが、力尽きてすやすやと眠る彼らは幸せそうだった。朝まで続いていた連中は、生きる喜びに満ち溢れていたよ。私と目があった一人など、快楽に打ちひしがれていた様子だった・・・君の魔法は、だれも不幸せになどしていなかったよ。」


あれ、少将の表情がトラウマを思い出す人のそれじゃない。


「ではなぜ・・・」


「・・・幸せな彼らを見て・・・ちょっといいなと思ってしまったのだ。」


「少将!!」



なんてこと・・・



ああ、これは神様の罰なんだわ・・・


言葉を失った私を見かねたのか、少将は目を窓の外に戻した。


「いや、私は回収には行ったことはなかったが、今まで君の魔法でとろけさせられた男たちから事情聴取をし、のろけ話のようなレビューを聞いてきたのだ。自分も一度くらいBL魔法にかかってみたいと思っても、不自然ではないだろう?君の魔法は誇るべきものだ。やめるなんて言わないでほしい。」


イケメンの少将がそんなセリフ言っちゃいけない。


「不自然ではないですけど・・・でも少将が・・・なんで・・・」


私は男の人達の心を弄んだばかりに、一番ほしい男の人の心を失ってしまった。


自業自得だけど、私はすぐには受け入れられなかった。


「少将、私は愛されなくても構いません。辛いですけど、他の男性との関係だって認めます。病気にさえ気をつけてくれればですけど。だから、私と結婚してください。」


「だが、私はもう・・・君のBL魔法なしでは・・・」


少将はまだ血迷っているようだった。


「大丈夫、形ばかりでもいいですけど、きっと子供だって産めます。毎晩少将を力尽きて幸せに眠るまでがんばってお相手します!」


「嫁入り前の娘がそんなことをいっちゃいけない!それに君のおかげで差別や偏見が減っているようでね。両親も孫は諦めてくれた。君の上官になった時点で覚悟はしていたそうだ。」


ちょっと古風でジェントルマンなところもいいなと思っていたのに、まさかそんな最先端の好みをもってしまうなんて。


もうやけになる。


「少将、私、胸もそんなにないし、抱き心地的にはそんなに変わらないと思うんです。だから男の子だと思ってお情けをおかけください。どうか・・・」


「待て!もっと自分を大切にしてくれ!それに、私は・・・」


淑女のマナーを無視して迫る私に、少将は所在なさげに辺を見回した。


「そんな、少将、ひょっとして・・・」


私達が部屋の隅で絶望しあっていると・・・


「大変です、一昨日回収されたアッピア軍の捕虜に、女性の軍人が混ざっていました!」


部屋のドアも叩かずにシモーナが入ってきた。やけに冷静な声が響く。


「なんですって!」


おとといは私の仕事納めのつもりだった。普通は二日後になってなにか新しいことが起きることはないんだけど、私の魔法を女性にかけたことがなかったから、何が起こるのか見当がつかない。


「それが、同じ部隊にいた弟と・・・とにかく着いてきてください。」


「わかったわ!」


私はシモーナの後を駆け出した。


弟って、もしなにか起きたら近親相姦!?


なんで?なんで?女性への性暴力を減らすコンセプトの魔法なのに、私が誘発しちゃうの?


私とシモーナは二人が隔離されているという部屋の前についた。中から声が聞こえてくる。


「ふふ、かわいいね、ピエトロ。」


「ふああ、気持ちいいよお、もっとしてえ!」


一人目は女の人の声だった。


遅かった・・・


私膝と手を床につけて崩れた私の前で、誰があけたのかゆっくり扉が開いた。


あれ?


着衣のまま、女の人が男の人を後ろから抱きしめて、体を優しく撫でてまわっている。おかしな光景だけど、微笑ましいと言うかあんまり年齢制限をかけるような感じじゃない。『隣人を狂おしく愛する魔法』にかかると、大抵の人はお互いの体で欲を発散した後、力尽きて寝ちゃうんだけど・・・


「気持ちいいっ・・・もう俺赤ちゃんできちゃうそう・・・」


「赤ちゃんをつくっちゃったらピエトロがこまるだろう?大好きなピエトロを困らせはしないよ。」


「・・・魔法ってしあわせえ・・・俺が魔法使いだったら俺に魔法かけちゃう・・・」


「愛は人を幸せにするんだ、ピエトロ。愛を広める魔法ってすてきだろう?かけられるものなら自分でもかけてみたいよな。」


お姉さんのセリフがイケメンだったけど、男女が逆転してる?


でも私はお姉さんのセリフに勇気づけられた。それに望まない妊娠も起きなさそう。


そっか・・・魔法の趣旨は『隣人を愛せよ』。大事な人が後で困るようなことはしたくない、という気持ちはやっぱり残っているのね。やっぱり根底にあるのは慈しみの心なのね。


もちろん回収時に武器で抵抗されたらこまるから『狂おしく』とか『心と体のおもむくままに』なんて足していて、現に衆人環視の中で姉弟二人はいちゃいちゃしているけど、でも相手は傷つくようなことはしないんだと思う。


神様、ありがとう。


「・・・ふああぅ・・・でも俺・・・・あん・・・婚約者のマリアのことも好きい・・・」


「いい子だねピエトロ、気持ちよくなっても真の愛を忘れない、そんなピエトロが大好きだよ。」


嫉妬しないんだ。多少自我がのこっているのかな。そっか、じゃあコジモも国に帰ったらちゃんと奥さんを愛してくれそう。


ちなみに、お姉さんの言動を見るとたしかに『男として』男を愛しているように見える。もちろんもともとお姉さんが攻め気質で弟くんが受け気質だっただけかもしれないけど、お姉さんの男っぷりもたぶん魔法のせいだし大丈夫。


うよね、ちゃんと相手をいたわる心もあるのなら、コジモとルイジだって相手を過度に傷つけるようなこともしなかったはず。それは奥様との今後も考えての思いやりだったと思う。


だとすると、『男として』なら・・・


「シモーナ、後は任せたわ!いいことを思いついたの!」


「なんですか?」


男女コンビを前にしてテンションの低いシモーナは、走り去る私を追ってこなかった。




「少将!少佐は受けなんですよね!」


ドアを開けた私は最高の笑顔で叫んだ。


「ついにか・・・ああ、経験がないのでわからないし、多分だが・・・」


「そうですか、それなら確かに、私を抱いても嬉しくないですよね・・・でも私がもし男だったら、きっと攻めだと思うんです。もちろん私は少将の好きな男にはなれませんけど、道具とかもあるし、だから・・・」


私は取り出した杖の先を自分に向ける。


「待て、ヴァレンティナ、杖を自分に向けたら危ない!」


言葉では止めようとするけど無理には杖を奪ってこない少将を制して、私は私に魔法をかける。


「『汝の隣人を狂おしく愛せよ』」


私は少将に笑顔を向けた。


「『男として』」


――――――――――――――――――――――――――――――





半年後、私のお腹が大きくなる前に、私達の結婚式があった。


もちろん夫に魔法をかけたことは一度もない。だからこの結婚式は、精神的に『男として』少将をちゃんと可愛がって、いっぱい鳴かせてあげた私の、愛の結晶なのだ。


式にはこられなかったけど、隣国へ双子の赤ちゃんルイジとコジモに挨拶にもいった。もちろんお母さんにはちゃんと謝ったからね。まだ困っている奥様方や泣き寝入りしている旦那様方はいるのかもしれないけど、いざ自分自身がかかってしまうと、なんだかすっかり罪悪感がなくなった。


私の魔法の本質は公式には秘密にされていたけど、結局は公表して『侵攻してきたらみんなBLになっちゃいます!』と隣国に通達した。それ以来侵攻は減ったと思う。うちは海に面してないから突然奇襲されることはないし、たぶん大丈夫なはず。


一度だけリミニ侯国の義勇兵がもう一度侵攻してきたから、みんなに魔法をかけたけど、そもそもそれが目的でやったみたいだから別に問題なさそうだった。ただ、自分にかけてみて安全安心だと気づいちゃったせいか、私は夫の頼みを聞いて、国を荒らすギャングとか山賊集団にもBL魔法を使ってしまった。


「ねえ、ヴィットリオ!」


結婚式が一段落して隣でくつろぐ、中将に進級した夫の名前を呼ぶ。


「どうしたんだい、私のパートナー?」


ヴィットリオには妻とはいわれたことがなくて、ときどきジェンダー・ニュートラルな言い方をされるのがたまに気になるけど、とりあえずすっかり私に優しくなった。呼び方はまあ、本人の意向を尊重してあげようと思う。


「今朝、いじめの記事を呼んでね、その後いじめられるほうにも非があるみたいな論調にイラッときて、また魔法を会得した感じがするのよね。まだ使ってなくて、名前だけつけたからテストしたいんだけど、でもかける対象を気をつけないと、いじめ問題については逆効果になっちゃうかも。」


私の旦那さんは少し不安そうな顔をした。


「なんていう魔法なんだい?」


「うん、Mの魔法って言うんだけど・・・」


「絶対に使わないでくれ。さあ、それよりも、遅れてきたみなに挨拶にいこう。」


中将閣下はすこし引きつった笑顔で私に笑いかけると、私に手を差し出した。




ありがとうございました。よろしければ評価・ブックマークを是非お願いします。長編「指魔法を使う魔女と恐れられているけど、ただの転生したマッサージ師です」もよろしくおねがいします。


以下オプションで、気になったことがあった人のための後日談です。少しもやっとするかもしれないので、飛ばしてもらっても大丈夫です。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふたりとも、結婚おめでとう!」


前を見ると、赤ら顔の少し太った元帥閣下が、見たことのある女性をつれてにこやかにグラスをもっていた。


「ありがとうございます、元帥閣下。私もパートナーも閣下にいらしていただいて嬉しいです。」


「ははっ、パートナーか、とうとうネタバラシをしなかったんだな、ヴィットリオ!君はカッコ悪さを耐えしのぐ、物凄くかっこいい男だ。」


「さて、なんのことだかわかりませんね。」


なんだか私の前で怪しいやりとりがあった。すごくきになる。


「元帥閣下、一体なんのお話ですか?それと、後ろの女性に見覚えがあるのですが、確か捕虜になっていたアッピアの女性兵士の方では・・・」


「捕虜なんて笑ってしまうね。これは私の娘ですよ。王都で演劇を学んでいてね。最初に質問には、ヴィットリオが言わないなら、応えられませんな。」


いたずらっぽそうに笑う元帥閣下の後ろに、娘さんは隠れた。半年も前だし、人違いかもしれないけど。


「元帥閣下、ヴァレンティナに余計なことを言わないでくださいね。」


「そう睨むなヴィットリオ、マルキオーネの森に行く役回りを代わってやった借りを忘れたのか。まあお前の功績のほうがはるかに大きいがな。いくらレビューを読んでも私はそこまでやる勇気はなかったしな。さあ、それでは、式をお楽しみあれ。」


元帥殿下が去っていったのを見計らって、私は旦那さまに詰め寄った。


「ヴィットリオ、何か隠しているでしょう?」


「気のせいじゃないかな。」


あやしい。


「ヴィットリオ、Mの魔法をテストさせて。」


「だめだよ。この国における快楽による拷問は、あの後ヴァレンティナが一切禁止したよね?」


「『汝・・・』むうっ!」


呪文を唱えようとした私の口がキスで塞がれて、私たちはまた招待客の冷やかしをうけた。


なんだか納得いかないけど、『まあいっか、幸せだし。』と私は思って、今度は私がヴィットリオに男らしいキスをしてあげた。


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