桜井実紀という人物
倉敷湊は、バカンスから帰り、ボスのところへ呼び出されていた。
「すまないね。バカンス中だったのに」
「しょうがないですよ。敵は私たちのことなんか考えて行動していませんから」
「きてくれてありがとう。本当に助かるよ」
今、この事務所には、ボスと湊しかいない。他の人のデスクのパソコンは、電源が落ち、閉ざされていて、静かにデスクの上に寝ている。小鳥のさえずりだけが外から聞こえ、また新しい日が始まるのだと感じさせる。
「これを見てくれないか」
ボスが湊にパソコンの画面を差し出す。そこには、多くの人々の名前がリストになっていた。そのリストの一番上には、「高級官僚、上級国民」と書かれていた。
「これは、私が総理秘書の部屋で見つけたリストじゃないですか。これがどうかしたんですか?」
「総理は逮捕され、計画Cは終わったと思っていた。しかし、それが終わっていなかったんだ。リストの上から、5番目に桜井要という人物がいるだろう。この人、製薬会社の社長なんだが、こいつが怪しい計画を遂行しているという情報が入ったんだ」
「ほう」
「核兵器ではなく、あるウイルスを使って戦争をしようと考えているらしいんだ」
「計画Cは、核兵器を使って戦争をし、武器を提供することでお金を儲け、そのお金で儲かった高級官僚や上級国民は、火星に移住するっていう計画でしたよね? それをウイルスを使って戦争をするということですか」
「そうなんだ」
「でもウイルスを使って、どんなメリットがあるんでしょうか」
「それはまだ分からない。桜井の情報がほしいということで湊ちゃんを呼んだ」
窓から、朝日が差し込んできた。眩しすぎるくらいに部屋に入り込んできて、湊は、目を細める。
「この人と仲良くなってくれないか? この人は桜井の妻なんだ。何かしらの情報は知っているはずだ」
ボスは、湊の携帯に桜井の妻の名前を送った。湊は、その名前を画面で確認した瞬間、顔が曇った。
「何かあったか」
「いえ、何でもないです」
湊は、ボスに悟られないように、顔色を一瞬で変え、いつもの可愛い気のある湊に戻り、ボスの前からすぐに去った。
「では、任務承りました。行ってきます」
湊は、事務所の玄関のドアを開け、一人、小鳥がさえずる外へと出て行った。
歩きながら、湊は桜井の妻のことを考えていた。
桜井の妻、桜井実紀……湊は、彼女のことを知っていた。