7話―良い人もいれば悪い人もいる
「んっ……よし、昨日の宿だな」
目が覚める。そしてタイムリープ系の主人公みたいなセリフを言う。
目が覚めたら自分の部屋で、全部夢でした──なんてことはなくて良かった。そんなことになってたら、もう一回死んでるとこだった。
体も女のまま。艶やかな黒髪も、控えめな胸も健在だ。あとさっき可愛い声出たな。気をつけなければ。
昨日床に脱ぎ捨てたズボンをはいて、一階に降りる。もう店長は起きていた。
「おう!レイちゃん、おはようさん!」
「おはようございます。ベルフさん」
言い忘れていたが、店長の名前はベルフさんという。あご髭がとても立派なおじさんだ。一瞬失礼ながらドワーフかと思った。
「まずは顔洗ってきな!裏庭にあるから!」
「はい、分かりました」
ベルフさんは50代なのにすごく元気だ。セリフにも!マークがついてる気がする。
裏庭に出てすぐにある井戸で顔を洗う。外はまだひんやりしているので気持ち良かった。水面に映る顔を見てみると、やっぱり美少女な自分の顔がある。いつ見ても眼福だ。ナルシストになってしまわないか心配だ。
店に戻るとベルフさんがテーブルを拭いていたので、俺も手伝うことにした。
「いいんだぞ?レイ嬢ちゃん。客なんだから」
「金を払ってない客は客と言いません。手伝いくらいさせてください。あと、俺
は男です」
この人は何度言っても俺を「嬢ちゃん」とか「レイちゃん」と呼ぶ。いい加減わかって欲しい。それとも茶化してるだけだろうか。
テーブル拭きと床掃除が終わると、黒パンにハムを挟んだサンドイッチと水を出してくれた。
「ほい、朝飯だ。手伝ってくれたお礼にハムの枚数増やしてやったぜ!」
「ありがとうございます。美味しいです」
「あたりめぇだ!俺の作る飯はこのアクロアで一番うめぇからな!わっはっは!」
アクロアというのはこの街の名前だ。この国、スーリア王国の中では三番目に発展している街だ。スーリア王国も、この大陸では強い方に部類される。
黒パンはがっちがちに固いと聞いたことあるが、この店の黒パンはフランスパン程度だ。全然噛みきれる。ハムもちょっと塩分強めだが、俺は好きだ。
「それで嬢ちゃん、今日はギルドに行くんだよな?」
「はい。早く自力で生活したいですしね」
「大丈夫なのか?あんな荒くれ者の集まりに飛び込んで」
「大丈夫ですよ。腕っぷしはありますから」
「そうか、なら安心だ!」
全力なら大木さえ両断できるんだ。少なくとも、からまれても負ける気はしない。喧嘩する気もないが。
食べ終わったら2階に引っ込んで、装備を整え、刀を腰につける。この服だと帯はないが、鞘をつける専用のホルダーがある。洋と和が混ざっていて非常に良い。どこまでも俺好みな装備だ。
「じゃぁ、行ってきます」
「おう!気をつけてな!」
店長の元気な声を背に受けて、店を出ると、すでに大勢の人が出歩いていた。冒険者も数人見かけた。
そこまで怖いイメージはない。あの隊長に比べればどうってことはない。
(さて、まずは……ギルドを探すか)
まずはそこからだ。どこに何があるか、なんて知らないし。
(この街、全体案内図でもないんだろうか。あったら便利なのに)
そんなテーマパークみたいな物はあるわけもなく、俺は地道に探した。キョロキョロ街を見ている姿は田舎者にそっくりだった。俺のことを見ている人も結構いたが。
ちなみに今の俺はフードを目深に被っている。この容姿じゃ、ナンパされてしまう。まぁ仮にされてもまともに聞く気はない。そしてこれならそもそも女形だとバレない。
……それでも、声をかけてくるバカ共はいるもので、
「なぁそこの嬢さん。俺と一緒に来ねぇか?飯おごってやるよ」
「俺は男だ」
「そこのお嬢さん、今からお茶しにいかないか?」
「俺は男だ」
「ヘイ、ガール!今空いてマースカ?」
「俺は男だ!そしてお前の国籍はどこなんだ!」
……そんな感じで、ギルドを見つける前に疲れてしまった。なるべく穏便に済ませたので余計に。最後のあれはなんだったんだ。
ようやくギルドを見つけた。門の前にある大通りをまっすぐに進んだらあった。
看板等はないが、冒険者たちが出たり入ったりしているので間違いないだろう。
(緊張するな……入った瞬間からまれるとかありませんように……)
意を決して扉を開けると、そこは──なんとも王道な感じだった。
(おぉっ……!)
酒場では鎧を着た戦士や、魔法使いらしき女性が話している。その横では軽装の男二人が口論している。受付では受付嬢さんと剣士らしき青年がクエストの精算をしている。
テンプレと言うべきか、実にラノベっぽいギルドだった。
(すごい……!ここまでテンプレだと逆に怖くなってくるな……)
とはいえ、そんな浮かれた気分も長くは続かなかった。いきなり入ってきた俺にガンを飛ばす奴が何人もいた。思わず後ろにたじろぎそうになった。
(ま、負けるな、俺!周囲の視線なんか気にするな!)
そう自分に言い聞かせて、俺は──下を向き、早足で逃げるように受付へ向かった。
だって怖いんだもの!視線だけで刺し殺せそうだったもの!仕方ないじゃん!
運良く何も言われることもなく受付に辿り着けた。受付嬢さんから同情のこもった目で見られた。
「えっと……なんかお疲れ様です。それで、今日はどのようなご用件でしょうか」
「あ、はい。冒険者登録したいんですが」
そう言うと、キョトンとした顔をされた。明らかに「何言ってんだこいつ」という目だった。
「その、冒険者は危険が伴う職業ですので、無理に言われなくても……」
「それは分かっています。例えそうでもなります」
そうキッパリ言うと、後ろで忍び笑いが……しかしちゃんと俺に聞こえるように響いた。
振り向くとそこには、三十代半ばの、目付きの悪い冒険者が座っていた。
「クッ、フフフ……お前、正気か?」
「何がだ?」
「お前みたいな女が、冒険者になろうってとこだよ」
周りの冒険者が「またロウゼンが新人いびりしてんのか……」「それも女の子だからね……」などと会話していた。こいつはロウゼンというらしい。新人いびりが趣味とはまた性格の悪い。
そして、隊長と同じようなことを言っているが、こちらには優しさなど欠片もない。ただの嫌がらせだ。
「言っておくが、俺は男だ。実力もある」
「体の線見りゃ、男か女かくらい分かんだよ。それに実力があるだ?冗談も休み休み言えよ」
まずい。こいつと話してると頭に血がのぼる。だが、相手も俺がキレるように誘導しているので押さえつけている。ここでキレタラ相手の思う壺だ。
ロウゼンは立ち上がり、俺に歩み寄ってきた。
「どうだ?冒険者じゃなくて俺の女になんねぇか?そっちの方が合ってると思うけどな」
「仮に俺が女だとしても、お前の女は勘弁だな」
俺の言葉を受け、ロウゼンの額に青筋が浮かぶ。どうやら癇に障ったようだ。さほどカッコいいビジュアルしていないくせに。
俺が挑発したのは、早く終わらせるためだ。ここで強硬突破してくれたら、取り押さえられて終了だ。
それを狙ったのだが……ロウゼンは割と冷静だった。
「ガキが……面白ぇ……そうか、実力があるってんなら俺に勝って見せろよ」
「別にいいぞ(よし、ここで襲いかかってこい!)」
「決まりだな。奥に闘技場がある。そこでならいいだろ?」
ん?闘技場?
ロウゼンの言葉に「はい。問題ありませんよ」と答える受付嬢さん。
「んじゃ、早く来いよ。言っとくが逃げんのはナシだぜ?」
そう言い捨てて、つかつかと奥の扉を開けて去っていくロウゼン。
これ、どうすんの?俺はどうすればいいの?
ポカンとしている俺に、受付嬢さんが言ってくる。
「闘技場というのは、進級の審査や、冒険者同士の模擬戦で使われます。ロウゼンさんも、そこでなら気にせず戦えます」
そんな良心的な喧嘩抑制装置があるのか⁉️知らないんだけど!
「ロウゼンさんは、C級冒険者です。一般人じゃ手に負えません。あなたも、けがする前に逃げてください」
そう心配そうに言ってくれる受付嬢さん。
マジか。あいつそんな強かったのか。全然そんな風に見えなかった。
確かに怪我するかもしれないが、それでは冒険者になれない。勝てるだろうか、あいつに。
考えていると、周りにいた冒険者たちも寄ってくる。そしてその全員がやめるように言ってくる。
「やめた方がいい。あいつは対人戦では卑怯な手ばかり使う。初見では勝てない」
「それにあいつ、絶対何か要求してくるよ。負けたらひどい目に合うよ!」
「別に逃げても、あいつは追ってきたりしない。今日のところはやめておいた方が身のためだぞ」
口々に心配の言葉をかけてくれる冒険者さんたち。良い人も中にはいるようだ。
……実際、俺は勝負を受けるべきか、少し迷っていた。
(冒険者にならなくとも、魔物は狩れる。だけど……)
このまま逃げるのは──なんか嫌だ。
あいつに目に物言わせてやりたい。そして、しっかり異世界を満喫したい。
指針を固め、心配してくれた受付嬢さんや、冒険者たちに言う。
「ありがとう。でも、俺は受けるよ。どうしてもなりたいからな」
「……分かりました。でも、安心してください。絶対に負傷はさせません」
「負傷どころか、怪我させたら今度は私たちがボコボコにしてやるから!」
本当にこの街は良い人が多い。ロウゼンを除いて。
それに、俺は結構強い。少なくとも《癒しの神》がある限り負傷しても死ぬことはない。
見事に勝ってやるさ。最初の戦いだからな。
みんなに笑って見せてから、俺は闘技場へ向かった。
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